
オホーツク海に面した流氷の街にある網走刑務所。その管轄下にある冬の二見ヶ岡は雪と静寂に包まれている。しかし、そこでは更生に向けた日常が広がっている。冬の二見ヶ岡農場では、一面の雪原の中で受刑者たちが「監獄和牛」の肥育を行い、建設機械を操作する訓練に取り組んでいる。
マイナス10℃を下回る環境での作業は決して容易ではないが、その日常は計画的に管理され、社会復帰に向けた実務経験の場として機能している。冬の農場で行われる網走刑務所の取り組みの実態に迫る。
<目次>
「監獄和牛」が育む更生

二見ヶ岡農場では、和牛の飼育が重要な刑務作業のひとつとなっている。冬の間も母牛(繁殖牛)は放牧される。天気のよい日には、雪原の澄んだ空気の中で牛たちが日向ぼっこを楽しむ姿を見ることができる。

一方で、肉牛たちは牛舎の中で大切に育てられている。興味深いのは、飼育にあたる受刑者と牛たちの関係性だ。受刑者が牛舎に姿を現すと、牛たちは一斉に後を追い、餌の時間には頭を擦り寄せてくる。
ここで育てられた肉牛は、「監獄和牛」として全国で販売されている。美しい霜降りに仕上げるため、牛の成長段階に合わせて餌の配合を細かく調整する。職人のような繊細な見極めが求められる仕事だ。

この農場では、資源循環型の運営が行われている。牛舎に敷かれた牧草は、糞尿とともに丁寧に清掃され、農場の土と混ぜ合わされる。それが時間をかけて熟成し、堆肥として再利用される。「捨てられるものは何もない」という教えは、過去の過ちを糧にする受刑者たちの姿と重なるようにも感じられた。
白銀の農場、雪かきは春に向けた準備

二見ヶ岡農場には、刑務所を象徴する高い塀が存在しない。そのため、ここでの除雪は冬が終わったときに農業をすぐ開始するための「事前整備」としての意味合いが強い。
農場では建設機械の資格取得に挑む受刑者たちの姿が見られる。彼らは、深く積もった雪を「土」に見立てて、パワーショベルやブルドーザーの操作技術を習得する。この訓練自体が、広大な敷地の除雪を兼ねているという。機械が使えない細かな場所は手作業となるが、体を動かし続けていれば氷点下でも汗をかくため、厚着は必要ないのだという。

重機の台数には限りがあるため、外での実技訓練、室内での豆の選別、そして手作業の雪かきを交代でこなしていく。この作業は単なる除雪ではない。春の農作業に向けた準備の一環でもある。
二見ヶ岡のインフラを支える灯油ボイラー

二見ヶ岡の暖房や給湯を担うのは、灯油ボイラーだ。お湯を沸かし、蒸気を送り、冬の網走に適温をもたらしている。灯油ボイラーの管理は資格が不要のため、刑務官が管理している。一方でもし停電になれば、非常用電源で電気は通るが、牛舎への給水ポンプは止まってしまう。
万が一、給水設備が止まったら、 手作業でバケツを運ぶほかない。牛は、バケツ一杯の水を 瞬く間に飲み干してしまうので、給水が追いつかなければ命に関わる問題だ。寒冷地での施設運営は、プロ意識を持った刑務官の地道な業務によって支えられている。
こうした張り詰めた日常の一方で、受刑者の心に深く刻まれる瞬間がある。年に一度、受刑者たちが「流氷」を見に行く行事があるという。オホーツクの海を埋め尽くす白い大地。北海道外から来た受刑者の多くが、その壮大な景色に言葉を失う。流氷という自然の驚異を前に、 彼らは何を思うのか。
厳しい冬を越え、春の訪れを待つ二見ヶ岡農場。そこには「過酷」というイメージとは異なり、命と向き合い、技術を磨き、自らの過ちを糧にしようとする受刑者の姿がある。「監獄和牛」を育てる繊細な仕事や、重機を操る訓練の積み重ねは、社会へ戻るための確かな一歩となる。最果ての地に広がる白銀の景色は、静かに己を見つめ直し、更生への決意を固めるための大切な時間といえるだろう。
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