「それ、もう犯罪です」2026年施行カスハラ対策法が変える、クレーム対策の新しい常識

屋上でカスタマーハラスメントについて悩んでいる女性

2025年6月4日、改正労働施策総合推進法が参議院本会議で可決・成立しました。2026年10月1日の施行をもって、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)対策は企業の法的義務となり、適切な対策を講じないことは「企業の法令違反」とみなされることになります。

「お客様の声」として曖昧に受け流されてきた過度な要求は、今後はカスハラとして、事業主が毅然と対応すべき対象となります。しかし、実際に事業主や働く人たちは、どのように対応していけばよいのでしょうか。

本記事では、実際に起きたカスハラ事例をもとに、労働問題のスペシャリストである旬報法律事務所の新村響子弁護士にお話を伺いました。法改正によって何が変わるのか。もし被害に遭ったらどうすべきか。現場で役立つ具体的な対処法を解説します。

<目次>

全国で発生しているカスタマーハラスメント

クレームに頭を悩ませる男女

大阪府内にある食品スーパーでレジ業務などに従事するAさん(40代)は昨年、閉店間際の夜、レジを通した直後の男性客(70代)から突然怒鳴りつけられました。理由は「ラップに穴が開いた惣菜を売りつけられた」というもの。

Aさんはその場で謝罪し、別の商品との交換を申し出ました。しかし、時間帯の関係で同等の商品は売り切れ。結果、男性の怒りは収まらず「詫び金を払え」「上司を連れて家まで謝りに来い」とエスカレートしたのです。

後日、上司が男性に連絡を取り、店頭で惣菜代を返金する形で決着しましたが、男性はその後も定期的に来店。Aさんは「顔を見るたびに気持ちがつらくなり、動悸がする」と話しており、精神的な負担は今も続いているそうです。

カスタマーハラスメントは、客と従業員の関係だけで起きているものではありません。企業間取引(BtoB)の現場でも同様の被害が報告されています。

愛知県内で運送会社に勤めるBさん(30代)は、前任者の異動に伴い、取引先の担当を引き継いだ直後から、先方の担当者に怒鳴られるようになりました。

「前の担当者がよかった」
「お前が担当になってから配送が遅れている、もっと安くしろ」

こうした叱責が繰り返されたといいます。やがて行為はエスカレートし、丸めた新聞紙で頭を叩かれることもありました。しかし実際には、配送の遅延は前任者の時よりも少なかったといいます。

Bさんは社内で前任者に相談しても「自分のときはそんなことはなかった。あなたに問題があるのでは」と言われ、孤立無援の状態に。最終的には担当者の変更で解決したものの、Bさんは「精神的なダメージは今も残っている」と振り返ります。

現場の声を反映した「実効性のあるマニュアル」を作るべき

握手を交わす人

2026年10月以降はパワハラ防止法の施行により、企業にはカスタマーハラスメント(カスハラ)への防止策を講じることが法的に義務付けられます。これまで各企業の裁量に委ねられていた対策が「必須事項」へと変わるなか、4月の新年度を機に、現場ではどのような準備を進めるべきなのでしょうか?

労働問題に詳しい新村響子弁護士に、企業として整備すべき体制や具体的な備え、そして働く人が知っておくべきポイントについて話を聞きました。

――いよいよ10月からカスハラ対策が義務化されます。これまでの状況と何が変わるのでしょうか。

施行後は、これまで「企業の努力」に委ねられていたカスハラ対策が、「法的な義務」へと変わります。事業主側に求められる対策としては、働く方々からの相談窓口の整備や、被害が生じた際の迅速な対応などです。

これまでは「お客様は神様」という風潮もあり、現場の担当者が一人で問題を抱え込み、追い詰められてしまうケースが目立ちました。しかし、今後は「労働者を守るための対策」が法律で義務として定められたため、現場で働く方々への危害やストレスを減らす大きな一歩と言えます。

今は「人を大切にしなければならない」時代です。毅然とした対応を取れる体制を整えることは、従業員の離職防止につながり、働きやすい職場づくりに直結します。

最近ではスーパーなどに「カスハラ対応中」というポスターが貼られる光景も増えました。これは、企業側も「法律で決まったことですから」と、説明しやすくなったことが背景にあるでしょう。これまでカスハラ対応に苦慮していた企業にとっても、無茶なクレームを減らせる大きな後押しとなるはずです。

――BtoB(法人間取引)の現場でも、恫喝を受けたり叩かれるような悪質な事例があると伺いました。労働者は今後、どのように対処すべきでしょうか。

カスハラは顧客と労働者間だけで起きるのではなく、企業取引間でも起こります。そのため、企業側としては「組織対応の整備」が重要です。企業間で起きるカスハラは、売上に影響する取引を盾に恫喝されるケースもあり、労働者個人の力ではどうしようもないことが多いと考えられます。

大切な取引先だから会社に報告しずらいと悩む方も、これまでは多かったでしょう。もしも理不尽な暴力や暴言を受けたら、決して泣き寝入りせず、まずは会社に相談してください。 暴言や暴行は刑法に抵触する可能性があり、きちんと犯罪として対応すべきです。

また、職場全体で「こういう時はどうするか」というマニュアル作りを提案していくことも有効です。労働組合や従業員代表という制度を使うことも検討するとよいでしょう。現場で働く人たちの声をあげていくことで、実態に即した会社独自のマニュアルを作成できます。

カスハラはレジや窓口だけでなく、電話対応や営業先でのやり取りなど、さまざまな場面で発生します。実際に現場で対応している方にしか分からない苦労があるはずです。

マニュアルを作る際には、「30分経っても話が終わらない時はこう切り出す」「この言葉が出たらすぐに上司へつなぐ」といった、予防的かつ具体的なルールを事前に作成しておくことが有効です。

「特に悪質」という限定を超えた、さらなるカスハラ対策を

職場で談笑する人々

――新村弁護士は以前から「今回の法整備は第一歩である」と述べておられます。今後の課題はどこにあるとお考えですか。

最近公表された法改正の指針では、カスハラの対処方針を定める対象が「特に悪質と考えられるもの」に限定されてしまいました。この点を残念に感じています。

現場で問題となるのは、刑法に触れるような明らかな悪質事案だけではありません。どこからが「特に悪質」なのか、実際に働いていると現場で判断するのは難しいでしょう。だからこそ企業にはこの限定にとらわれず、広く「カスハラ全般に対する対処方針」を定めてほしいと願っています。

カスハラ対策の義務化はあくまできっかけに過ぎません。大切なのは、この義務化を機に、それぞれの職場で「私たちの働き方をどう守るか」を社内全体で話し合う空気を作ることです。

一人ひとりが声をあげ、実務に即した環境を整えていく。その積み重ねが、健全な社会を築く礎になるでしょう。

新村 響子(東京弁護士会)

新村響子弁護士(東京弁護士会)

弁護士。日本労働弁護団事務局次長。東京都労働相談情報センター民間労働相談員。2002年一橋大学法学部卒。2005年弁護士登録。主な著書に『ケーススタディ 労働審判』(法律情報出版、2010年共著)、『働く人のためのブラック企業被害対策Q&A』(弁護士会館ブックセンター出版部LABO、2013年共著)、『未払い残業代請求 法律実務マニュアル』(学陽書房、2014年共著)、『会社で起きている事の7割は法律違反』(朝日書店、2014年共著)。

岩田いく実ライター・インタビュアー

投稿者プロフィール

法テラス、法律事務所勤務後、法人事業としてライター業を展開。年間60人を超える弁護士・税理士を取材。2冊出版中:第一法規「弁護士のメンタルヘルスケアの心得」、自主出版「ルポ豊田商事」

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