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少年院への送致を弁護士はどう回避するのか。家裁調査官を味方につける“逆算”の戦略

とかく世間からバッシングを受けることも多い少年法。しかし、その少年法が適用される少年事件において、どのようなことが行われているか知っている人は少ない。
本記事では、個人情報に配慮して事案を抽象化させながら、特に子供が逮捕されたという、親から見ても危機度の高い場面の実態を、少年事件にかかわる弁護士目線で紹介する記事の続きである。
今回は、諸々の活動を経ながら、事件が家庭裁判所に移行した後の場面について、具体的な活動エピソードを交えながらお伝えしようと思う。
<目次>
法律記録との正しい向き合い方

手続が警察・検察から家庭裁判所に移って一番の違いは、これまで収集された事件記録を閲覧できるところにある。大人の事件であれば、起訴されても当然に事件記録を見ることはできず、検察官が裁判に用いる証拠を選んでからそれを確認し、必要に応じて開示手続を行うことで、閲覧できる記録が増えていく。
これに対して、少年事件では基本的にすべての記録が家庭裁判所に送られ、弁護士もそれを閲覧し、謄写することができる。警察が作成した資料は、必然的にすべて裁判所の検討対象となる。情報不足に陥りやすい弁護士にとって、特段の手続きを要さずに広範な情報を閲覧できるのは、極めて有用なものだ。
なお、「基本的に」という言い方をしたのは、本来送られるはずの証拠が、実際には家庭裁判所に提出されていなかったという事態を、私自身が経験しているためだ。
理想としては、警察署での接見を通じて得た捜査状況に基づき、事件記録(法律記録と呼ばれる)の内容について十分に想定できていることが望ましい。ただし、どうしてもずれてくる場面がある。
たとえば供述調書について、少年から聞いていたのとは異なるものが作成されていることがある。少年はそのような認識がなかったのかもしれないが、少年の言葉として記録されてしまっている以上、裁判所には少年の言葉として認識されてしまう。
更生にマイナスな要素があれば、対応を少年に確認しなければならない。発言自体を意図せぬものとして否定するのか、あるいは「当時は口にしたが、現在は考えを改めている」と主張するのか、方針の選択が必要となる。
警察が作成した報告書として、少年に悪評価がつきそうなものが出てくることもある。たとえば、自室に所持していたり、電子上保管していた性的なコンテンツや、検索履歴などである。
そもそも少年というのは思春期真っ盛りなのだから、性的なものが周囲にあっても本来は不自然ではない。しかし、犯罪にあたる行為を行ってしまったという前提の中で、その犯罪と親和性のありそうな興味関心、性的選好を感じられるものがあると、どうしても印象はよろしくない。
このような場合、少年として当該コンテンツや特定の検索における関心などについて、それが特に強くこだわっているものなのか、数多くあるスケベなもののひとつに過ぎないのかを確認する。
このような些末な点についても、少年に対する理解を深め、課題の発見・克服に努めることは、真摯な取り組みの証左となる。むきになって否定したり、このような決めつけは人権侵害だと主張するより、悪影響が生じていないかをチェックして、マイナスを打ち消す活動を加えていく方が有益だ。
時には担当検察官に連絡し、特定の刑事記録の作成経緯や、文書化されていない印象や情報を聞き出すことも有効である。そのためには、捜査段階からこうしたヒアリングが可能な関係を構築しておくのが望ましい。もちろん、捜査機関と対峙すべき事案もあるため、事件の性質に応じた使い分けが必要だ。
少年事件において重要なのは、手続き期間中に少年の更生を促し、重い処分を科す必要性をいかに低減させることだ。法律記録の精読は、そのための具体的な課題(宿題)を発見するプロセスであると捉えるのが良い。
調査官との関係構築が少年事件の成否を分ける

少年事件において、最終的な判断を下すのは裁判官である。裁判官は事件記録を精査したうえで、必要な措置について調査官へ指示を出す役割も担う。このように重要な存在であることは疑いようがないが、裁判官が表舞台に現れるのは、手続きの最終盤である審判の場に限られる。
そして審判を開く時には、家庭裁判所の調査官は自ら少年を調査し、分析した報告書を提出する。これは捜査機関の「法律記録」に対し、「社会記録」と呼ばれている。
調査官が「審判まで開かなくて良い」という報告書を出せば、基本的に裁判官が登場することなく事件は終わる。逆に、保護観察や少年院送致が必要だと報告されれば、審判でも同様の結論に至る可能性が高い。
鶏が先か、卵が先かという話にもなるが、裁判官が検討する処分の内容に沿って
報告書が作成されるという言い方もできる。そして、この「社会記録」と呼ばれる報告書が提出されるのは、審判が開かれる直前である。
つまり、審判の直前には、すでに結論と同等の重みを持つ報告書によって方向性が決定づけられているのが少年事件の特徴と言える。そして、報告書が作成されるまでの期間、少年や弁護士が相対するのは、報告書を作成する調査官である。いかに調査官の存在が、少年事件において重要かわかるのではないだろうか。
警察や検察、少年鑑別所もそれぞれ意見を提出するが、裁判官の判断に及ぼす影響力は、調査官の意見が最も高い。だから、事件が家庭裁判所へ送致された後は、まずは担当調査官を特定し、常に状況を把握しておくべきだ。早期に調査方針を提案し、意見を交わせる関係を築いておくことが望ましい。
少年鑑別所へ行くのを回避しようと考えている場合はもちろん、在宅事件や釈放済みの事案であっても、それまでに収集・作成した資料を速やかに共有し、調査官の判断材料に供することが重要である。
調査官が報告書を作成し、構想を練り始めてしまう前に、まずはこちらの情報を提供すべきだ。完成した報告書に後から反論するよりも、当初から弁護側の考えを十分に反映させる方がスマートである。
調査官すら「少年院送致」を主張する厳しい局面であっても、裁判官に法的意見を述べて戦わせ、回避を勝ち取る弁護士もいる。
ただ私自身は、調査官とだけは意見が一致してきている。警察・検察・少年鑑別所が揃って少年院送致を主張する事件であっても、調査官から「家庭での更生の機会を与えるべきだ」との意見を引き出し、審判で強力な後押しを得てきた。こうした協力関係を構築することこそがベストだと考えている。
調査官の思考プロセスを逆算した報告書作成と弁護活動

調査官からの信用を得るには、彼らと同じ視点を獲得することが不可欠だ。心理学や社会学など、調査官が専門として学んできている領域について、書籍などを通じて自らも理解を深めておくべきである。
報告書を作成する際は、①事象の存在(言動や反応)、②事象の分析(思考特性や事件への影響)、③具体的なアプローチ(問題の解消に向けた働きかけ)という三段構成を意識すべきだ。この構成は、調査官をはじめとする家庭裁判所の思考プロセスと親和性が高く、肯定的な評価を得やすい。
前記事で述べた「観護措置の回避」という場面はもとより、長期的な指導を伴う少年院送致を回避する場面でも、この手法が極めて有効であることは言うまでもない。
「本来、少年院で行われるべき指導や働きかけを、自主的な集中プログラムとして短期間で遂行した」という実績は、画一的な処分基準を覆すべき正当な理由として説明しやすい。
究極的には、弁護士もまた家庭裁判所の一員であるかのように活動すべきだ。調査官主導の進行に委ねるのではなく、弁護士自身も手続きの主体として役割を担うことが、最善の結論を導くのに有効だと感じている。
観護措置や保護観察、少年院送致に加え、「試験観察」という制度も存在する。これは観護措置と同様に中間的な措置のひとつであり、即座に最終的な結論を出さず、3カ月から6カ月程度、経過の観察期間を設けるものだ。
特に試験観察が検討されるような重大事案では、少年が観護措置によって鑑別所に収容されているケースも多い。この場合、収容から4週間が経過した段階で一度審判が開かれる。そこで直ちに処分を確定させず、いったん帰宅させたうえで「家庭での更生が可能か否か」を実地で検証するのが、試験観察の本来の意義である。
警察段階からいかに尽力したとしても、わずか2カ月程度の期間で、少年の抱えるすべての問題を解決できるとは限らない。特に重大な非行事案では、解決すべき宿題が依然として残っていることが多い。
そうした宿題を少年院でこなすのではなく、最終判断を下す前に、社会内で取り組む機会を確保すべきだ。事案によっては、弁護側から「試験観察」による更生の機会を積極的に提案していく姿勢が極めて重要となる。
そのために不可欠なのは、「家庭に戻しても安全である」という信用と、「さらなる時間をかける価値がある」という確信を裁判所に与えることだ。その具体的な手法については、すでに述べてきた内容に集約されている。
また、事件現場と少年の自宅が近い場合、示談交渉において安全確保の具体的な方策を取り決めておくことも有効である。少年事件においては、単なる賠償額よりも、被害者がある程度の納得を示している「家庭生活の基盤」を構築する方が、はるかに重要だといえる。究極的には、少年事件とは「子供を家庭に戻して良いか否か」を問い続けるプロセスなのである。
事前準備こそが少年事件の本質

これまで述べてきた内容は、すべて裁判の前段階において検討され、資料として提出され、時には調査官らと議論を交わしてきたプロセスそのものである。少年事件の本質は、当日の審判ではなく、そこに至るまでの過程にあるといえる。
もちろん、審判当日にも予期せぬ事態は起こり得るし、細心の注意を払うべき点は多々ある。それらについてはまた別の機会に書く予定だが、家庭裁判所において少年事件を扱ううえでの核心的な部分は、本記事に集約されている。




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