さらば少年北海丸!日本で唯一、船舶を保有する函館少年刑務所の職業訓練

少年北海丸

北海道にある函館少年刑務所は、全国の矯正施設のなかでも、実践的な職業訓練を重点的に行う「総合訓練施設」のひとつに指定されています。その象徴的な存在が、日本で唯一、刑務所が保有・運用する職業訓練船「少年北海丸」です。これまでも受刑者が、船上で航海技術や機関整備、安全管理などを学び、社会復帰に必要な技能と責任感を身につけてきました。

しかし、この少年北海丸は令和9年1月で運航を終えることが決まっています。約80年にわたり更生支援を支えてきた唯一無二の訓練船は、長い歴史のなかで一体何を育み、何を残してきたのでしょうか。

<目次>

日本唯一の職業訓練船「少年北海丸」

函館少年刑務所が保有する「少年北海丸」は、日本で唯一、刑務所が運用する船舶として知られています。一般的な刑務所内作業とは異なり、海という現場そのものを学びの場にしている点が大きな特徴です。また、技術習得にとどまらず、社会で働くための姿勢や責任感を身につける場として、少年北海丸は長年にわたり重要な役割を果たしてきました。

船上で学ぶ職業訓練の実態

職業訓練の様子

少年北海丸の歴史は、昭和19年頃までさかのぼります。当初は、北海道の食糧事情や雇用対策を背景に、漁業を目的とした船として運用されていました。初代〜2代目の少年北海丸の時代は、受刑者の労働力を活用しながら実際に漁を行うことが主な役割だったといいます。

その後、昭和39年に3代目の少年北海丸が就航すると、少年北海丸の役割は大きく変化しました。漁獲を主目的とする船から、受刑者に船舶関係の資格取得や実務経験を積ませる職業訓練船へと転換したのです。

現在運用されているのは5代目の少年北海丸で、刑務所が独自に船を保有し、継続的に職業訓練を実施している例は、全国でも函館少年刑務所のみとなっています。

少年北海丸で行われる船舶職員科の職業訓練は、船員として働くために必要な知識と技能を総合的に学ぶ内容です。航海に関する法規、安全管理、操船の基礎、機関整備、ロープワークなど、船の運航に関わる幅広い分野を座学と実習の両面から習得していきます。年間およそ100日前後の乗船実習が組まれており、実際の海上で経験を積める点が大きな強みです。

訓練生がチームワークを取りながら実務をこなす操縦室
訓練生がチームワークを取りながら実務をこなす操縦室
複雑な機械や配線が並ぶエンジンルーム
複雑な機械や配線が並ぶエンジンルーム

また、この訓練で重視されているのは、資格取得だけではありません。船の仕事は、一人の気の緩みが全体の安全に直結します。そのため、時間を守ること、指示を正確に聞くこと、仲間と協力すること、自分の持ち場に責任を持つことなど、働くうえで欠かせない基本姿勢が徹底して求められます。

だからこそ、指導を行う作業専門官たちは受刑者を訓練生としてだけでなく、一人前の船員候補として接しているといいます。厳しく指導しながらも、社会に出た後に長く働ける人材へ育てることが目標です。少年北海丸の訓練は、技術と同時に、人としての土台を鍛える場でもあります。

「少年北海丸」で指導を行う作業専門官が明かす、現場の葛藤と受刑者の変化

「少年北海丸」で指導を行う作業専門官

少年北海丸の現場を語るうえで欠かせないのが、受刑者と日々向き合い、船上訓練を支えてきた船長を始めとした指導を行う作業専門官の存在です。海の仕事を知り尽くした者として、技術指導だけでなく、人を育てる役割も担ってきました。そこで見えてきたのは、受刑者に対する世間の固定観念とは異なる実像、そして更生や就労支援を進めていくうえで立ちはだかる制度的な壁でした。

現在の船長は、北海道の積丹町出身です。幼い頃から海が身近な環境で育ち、水産高校へ進学したのち、二級海技士を取得しました。その後は北海道の漁業取締船に勤務し、長年にわたって海上の最前線で経験を積んできた人物です。漁業取締船では、漁場の監視や取り締まりといった緊張感のある現場も多く、厳しい判断力と統率力が求められる仕事に従事してきました。

そうしたキャリアを経て、令和4年に函館少年刑務所の少年北海丸船長として着任しました。当時はコロナ禍の影響や人員不足もあり、訓練環境は決して順調とはいえない時期でした。それでも、海で培った知識と経験を生かし、停滞していた訓練の立て直しに尽力してきたといいます。

船長自身は、受刑者を特別視するのではなく、現場で働く若い船員を育てるという感覚で接してきたと語ります。目指しているのは、船員として社会で通用する力を身につけさせること。その姿勢は、一般企業の現場教育にも通じる実践的なものです。

広がる就労支援の輪

座学の様子

受刑者と接するなかで強く感じてきたのは、「人は環境と関わり方によって変わる」ということでした。少年北海丸に来た当初は、表情が硬く、自信を失っている者も少なくないといいます。しかし、毎日の訓練を通じて役割を与えられ、できることが増えていくにつれ、少しずつ姿勢や言葉つきが変わっていくのだそうです。

船の仕事は、一人で完結するものではありません。誰かが手を抜けば仲間に迷惑がかかり、安全にも関わります。そのため、責任感や協調性が自然と求められる仕事です。少年北海丸で指導を行う作業専門官たちは、技術以上に「逃げないこと」「言い訳しないこと」「自分の持ち場を果たすこと」を繰り返し伝えてきました。そうした厳しい指導の背景には、社会に出たあと本当に通用する人材になってほしいという思いがあります。

夜間航海実習など、普段とは異なる環境で受刑者が本音を漏らす場面もあったといいます。将来への不安、家族への思い、やり直したい気持ち…そうした声に触れるたび、単なる指導ではなく、更生に関わる仕事なのだと実感してきたそうです。

少年北海丸の訓練は、資格を取ること自体をゴールにはしていません。本当に目指しているのは、社会に出たあと、安定して働き続けられる人材を育てることです。船長も「就職して終わりではなく、辞めずに続けられることが大事」と語っており、現場ではその視点を重視してきました。

一方で、以前は訓練担当者が就職支援に深く関わることが難しく、やっとの思いで意欲と技能を身につけた訓練生を仕事に十分につなげられない時期もあったといいます。現場としては歯がゆさを抱えながらも、制度上の壁が存在していました。

近年は状況が変わり、社会復帰支援や就労支援の体制が整い始めています。企業側から直接問い合わせが入ることも増え、船長が訓練内容や本人の適性を説明しながら、受け入れ先との橋渡しをする機会も増えました。業界内では人手不足もあり、真面目に働ける人材への期待も高まっています。

さらに、住居の確保まで含めて支援する企業も現れるなど、受刑者の再出発を社会全体で支える流れが少しずつ広がっています。少年北海丸は、今や人を育てる場であると同時に、新しい人生への出発点にもなっているといえるでしょう。

「かつての少年」が少年北海丸に志願した理由

座学を受ける受刑者たち

少年北海丸で訓練に励む受刑者たちは、ただ刑期を過ごすためにこの船へ来たわけではありません。今回、実際に少年北海丸で訓練を受ける2名の受刑者に話を聞くと、それぞれ異なる背景を抱えながらも、この場所に再出発の可能性を見いだしている姿が伝わってきました。

揺れる船内の共同生活で芽生えた協調性

取材対象の受刑者

ある受刑者が少年北海丸の訓練を志願した最大の理由は、被害者への弁済でした。弁護士と将来について話し合うなかで、漁業は船上生活のため生活費を抑えやすく、収入を弁済に充てやすい仕事だと知ったといいます。現実的に責任を果たせる道として船の仕事を意識し、「どうせ乗るなら資格を取って乗りたい」と考え、訓練への応募を決めました。

それまで従事していたのは、約90人規模の洋裁工場での作業です。一方、少年北海丸での訓練は15人前後の少人数で行われ、一人ひとりと向き合い、密に意思疎通を図る必要があります。船長からは「船の上ではコミュニケーションができなければ成り立たない」と教えられたといいます。

共同生活や、揺れる船上での作業に不安がないわけではありません。少年北海丸船内の受刑者の寝室は、刑務所と同様に外側から鍵がかかり、マジックミラーとなっている小窓から夜間も刑務官が見守りをしています。

マジックミラー越しに見た受刑者の寝室
マジックミラー越しに見た受刑者の寝室

それでも、対応力や協調性を身につけたいと語る姿が印象的でした。資格取得だけでなく、人と働く力そのものを学ぼうとしている姿が言葉の端々から伝わってきました。

また、別の受刑者にも話を聞いたところ、彼が船の仕事を知ったのは、川越少年刑務所で服役していた頃でした。調べるうちに、給与面の魅力だけでなく、資格と実力で評価される世界であることに惹かれたといいます。少年北海丸での職業訓練の受講を目指し、2〜3年かけて生活態度の改善や筋力トレーニングを重ね、ようやく訓練の機会をつかみました。

船舶職員科の訓練中は、航海科、機関科で知識及び技術を学び、現在は指導補助係として後輩を導く立場を任されているそうです。そのなかで、仕事に向き合う目的意識も大きく変わっていったといいます。当初は「稼ぐために船に乗る」という思いが強かったものの、魚を獲ることは市場、物流、飲食店など多くの暮らしを支える仕事だと実感し、「社会のために船に乗る」という思いへ変化したそうです。

訓練を通じて安全意識も高まり、危険箇所の改善提案を行った経験もあるといいます。まさに少年北海丸は、職業訓練の場であると同時に、社会とのつながりを学び直す場所にもなっていました。

少年北海丸が残した遺産と、これからの更生

少年北海丸と作業専門官

少年北海丸は、令和9年1月をもって運航を終えることが決まっています。日本で唯一、刑務所が保有し、受刑者の船員育成を担ってきた職業訓練船が、その歴史に幕を下ろそうとしているのです。だからこそ今、少年北海丸が果たしてきた役割と、その先に必要な支援の形が問われています。

少年北海丸の運行終了で問われる、更生支援のかたち

作業専門官と受刑者

少年北海丸の運航終了は、単に一隻の船が役目を終えるという話ではありません。それは、船上でしか得られない責任感、緊張感、協調性、判断力といった学びの場が失われることを意味しています。

シミュレーターや民間船の活用といった代替策もありますが、実際に生活し、働き、仲間と時間を共にする訓練環境を完全に再現するのは容易ではありません。

少年北海丸の最後の航海は、長年続いた制度の終わりであると同時に、更生支援の貴重な実践知が失われる転換点でもあります。

一方で、少年北海丸が示してきた本質は、実社会に近い環境で人を育てることの重要性でした。責任ある役割を与えられ、努力が評価され、社会との接点を持ちながら再出発を目指す。その仕組みは、船以外の分野にも応用できるはずです。

たとえば、農業、建設、物流、介護、海運などの分野で、実践型の職業訓練を広げることも考えられます。現場で必要とされる技能だけでなく、働き続ける姿勢や協調性を育てる視点は、どの業界でも共通しています。

実際、人材不足が深刻な業界は少なくありません。福祉・介護職では有効求人倍率が7倍前後。なお、船舶分野の需要は高く、2024年3月時点の内航船員の有効求人倍率は4.41倍とされています。

少年北海丸の歴史を終わらせるだけでなく、そこから得られた知見を次世代の更生支援へどう生かすか。いま必要なのは、制度の終了を惜しむこと以上に、その理念を未来へつなぐ発想です。

<TEXT/小嶋麻莉恵>

関連記事

コメントは利用できません。

最近のおすすめ記事

  1. SOMPO、「キャプテン翼」とグローバル提携 海外収入15%増へIP戦略を加速
    SOMPOホールディングスは2日、世界的な人気を誇るサッカー漫画「キャプテン翼」とのグローバルパート…
  2. 立民・古賀氏「自衛隊発言」に波紋 与野党から相次ぐ批判と党の対応
    立憲民主党の古賀千景参院議員が参院決算委員会で「経済的に厳しい子どもたちが自衛隊に行く。豊かな子ども…
  3. 改正ドローン規制法の対象のドローン
    ドローン(無人機)の飛行規制を大幅に強化する改正ドローン規制法が6月17日、参院本会議で可決、成立し…

おすすめ記事

  1. 東京報道新聞が取材した青森刑務所でムショ飯の献立を考える管理栄養士さん

    2024-1-29

    刑務所の食事ってどんなもの?青森刑務所の管理栄養士に聞く令和の「ムショ飯」

    刑務所の中の食事というと、”臭い飯”というイメージを持っていた人もいるかもしれませんが、最近では「務…
  2. 日本最南端・沖縄刑務所の知られざる歴史と現在。激動の時代を歩んだ矯正の軌跡

    2025-11-17

    日本最南端・沖縄刑務所の知られざる歴史と現在。激動の時代を歩んだ矯正の軌跡

    日本最南端の刑務所・沖縄刑務所。本土とは異なる独自の歴史を歩み、他の刑務所に類を見ない道を辿ってきま…
  3. 雑踏イメージ

    2025-9-25

    罪と向き合い更生を支える。保護司の知られざるリアル

    保護司は、仮釈放者や非行少年の更生を支える市民ボランティアとして、無報酬で地域に寄り添う大切な役割を…

2026年度矯正展まとめ

2026年度 矯正展まとめ

【結果】コンテスト

【結果発表】ライティングコンテスト企画2025年9-10月(大阪・関西万博 第4回)

アーカイブ

ページ上部へ戻る