「売れるわけない」から年商7,000万円へ。函館少年刑務所の受刑者が作る「マル獄」は、なぜ全国で愛されるのか

北海道函館市、海を隔てて函館山を臨む位置に函館少年刑務所があります。
“少年刑務所”という名称から、少年のみが収容されていると認識してしまいそうですが、再犯リスクの少ない(初犯を主とした)20歳未満の少年受刑者、20歳以上26歳未満の若年受刑者、26歳以上の受刑者を収容することが可能な刑事施設であり、現在は20〜80代まで幅広い受刑者が収容されています。
函館少年刑務所といえば、刑務所作業製品「マル獄シリーズ」がよく知られています。全国各地で開催される矯正展でも高い人気を集めている製品です。今回は、この「マル獄シリーズ」の誕生秘話や生産現場の裏側をたどりながら、実際に製品づくりに携わる受刑者の声を取材しました。
<目次>
20年愛されるマル獄シリーズ誕生秘話

「マル獄シリーズ」の生みの親である川村成昭氏は、20年前の誕生当時を振り返り、少し照れくさそうに笑いました。
当時は、今以上に過剰収容の状況にありました。実働で220名ほどの受刑者がおり、担当していた主な仕事は3月に終わり、6月まで仕事がない時期があったそうです。せっかく高い技術を持っていても、簡単な仕事で埋めてしまうと腕が落ちてしまいます。技術を維持するために大量生産の仕事も受けていたものの、海外生産に押されて仕事がどんどん流れてしまいました。
「これはまずい、何か自分たちで仕事を考えて作業量を確保しなければ」――そう思い悩んでいた時、川村氏はテレビのラーメン屋対決番組でお揃いの前掛けを偶然見かけました。
当初は、法務省の紋章を入れたデザインとして押し出していましたが、思うように案が通らず、そこで「監獄」を連想させる「獄」の文字を丸で囲んだロゴを考案。しかし、「こんなの売れるわけない。お前んとこだけでやれよ」と、しぶしぶ下りた許可は、そんな冷ややかなものだったと川村氏は振り返ります。
ところが、2006年の函館矯正展で状況は一変します。職員も前掛けを着用して販売したところ、用意した20枚は午前中に完売。年配客は「懐かしい」と目を細め、若者は「可愛い」と手を伸ばしていました。
その様子がメディアで取り上げられると評判は一気に広がり、マル獄シリーズは全国的なブームへと発展していきます。現在(※令和7年度のデータ)、マル獄シリーズの売上は年間約7,500万円(税抜・他施設製造分含む)に達し、全国の刑務所作業製品の全体売上額の内10.3%を占めるまでの巨大ブランドへと成長を遂げています。

ブームの陰で、現場を支える川村氏や作業専門官の荒氏は、受刑者に対して徹底した「品質」を求めてきました。そこには、更生に向けた厳しい哲学があります。
「品質に関してはうるさく言っています。不良品を見て『これ、あなたが社会に出たら、お金を払って買いますか? 買わないものを作ってどうするの』と必ず聞きます。『刑務所で作るからこのくらいでいい』と言う受刑者には、『それであなたのプライドはいいの? こんなに素晴らしいものを作っていると認めてもらった方がいいんじゃないか』と常に伝えています」
荒氏もまた、厳しく、かつ情熱を持って受刑者と向き合ってきました。
「私も別の刑務所で指導していた時、『買わないようなものを作るのはおかしい。できないからやりたくないというのは逃げだ。しっかりしたものを作って、それが今のあなたの力なのだから、ちゃんとできるように一緒に頑張ろう』とよく話していました」
その結果、受刑者たちの意識は糸を紡ぐごとに変化していきました。一人の受刑者が最後まで責任を持って仕上げるため、完成時の達成感は大きいです。出所が近づく頃には、「自分が作ったものを買って帰りたい」と申し出る受刑者が後を絶たないそうです。
かつて社会を傷つけた彼らが、自らの手仕事を認め、社会と繋がっている実感を得る。その経験こそが、「マル獄」が持つ真の価値なのかもしれません。

順風満帆に見える「マル獄シリーズ」ですが、運営の苦労は絶えません。
4月は受刑者の入れ替わりや職業訓練の参加で指導係が抜けてしまうことも多く、そのたびに、新しく配属された受刑者に一から技術を教え直さなければなりません。川村氏自身も、新作の企画や試作にじっくり取り組む時間を確保しにくい状況が続いているそうです。
受刑者や再犯者が減少することは好ましいですが、マル獄シリーズのニーズが高まっているジレンマもあります。
それでも荒氏は、受刑者たちの変化にやりがいを感じていると話します。
「受刑者たちがマル獄を『ブランド』と言い始める時がある。価値観が変化していくのを目の当たりにするのが一番やりがいです」
さらに川村氏も「やはり受刑者の更生とやる気がメインです。いい加減な仕事はせず、マル獄が彼らの更生の役に立ってくれればというのが一番の思いです。私が退職した後も、その志を持って受刑者に接していただきたいですね」と語りました。
現在、マル獄シリーズの製品数は100種類を超え、そのすべてを川村氏が一人で考案してきました。サコッシュやデニム製品など、時代のニーズに合わせた新作の構想は尽きません。しかし、常にその根底にあるのは、受刑者たちを更生して送り出すという教育者としての情熱です。
函館少年刑務所の作業場では、今日もミシンの音が途切れることなく響いています。そのリズムは、更生に向けて歩き出した者たちの、再出発へのカウントダウンのようにも聞こえました。
マル獄シリーズが完成するまで

布をどのように裁断するかを、専用のパソコンで設定します。パソコン経験のある受刑者が主に担当します。

裁断設定されたデータが、裁断機へ転送されます。

生地を引いて裁断機でカットしていきます。1枚1枚、柄を合わせていく必要があります。

さまざまな種類の柄があり、裏地や色違いもあって製品のバリエーションがあります。ほとんどの生地が、川村氏が考案した函館少年刑務所オリジナルの柄です。「こういう柄が欲しい」とイメージを言語化し、デザイナーに依頼して一から生地を起こしてもらっているといいます。

裁断されたパーツは、すべて番号が振られて各担当の班へ流れるように割り振ります。

それぞれの班で担当するアイテムが違うため、間違いがないよう受刑者同士でも確認しながら作業を進めます。

製品は応用が利く(作り方が似ている)ものが多いそうです。デザインが違っていても工程が似ているもの同士を同じ班にまとめることで、効率的に作業が進むよう工夫されています。

川村氏や作業専門官の代わりに仕事を教える「指導係」を務める受刑者が、班ごとに1人ずついます。作り方を確認し合ったり、指導係が教えたりすることも拘禁刑が導入されたことによってある程度刑務作業の実施時間における受刑者の会話に関する制限が見直されました。

シワができないように丁寧にアイロンがけをします。工場内には複数のアイロン台があり、熱気が漂っていました。夏場は相当暑くなるようです。

各班で縫製された製品は、検査場に集まってきます。縫い方に問題がないか、仕様にしたがって作られているかなど一点ずつチェックが行われます。

たとえば、「縫い不良」があれば、チェックリストや仕様書に従って確認し、やり直しに回します。

袋詰めする前に、コロコロで埃や糸くずなどを取ります。

最終的に問題がないかを確認し、手作業で袋詰めをして完成です。


函館少年刑務所のすぐ横には、函館刑務所作業製品展示場があり、マル獄シリーズをはじめとした刑務所作業製品を購入することができます。
マル獄シリーズを手作りする受刑者の変化

洋裁工場で検査場を任されて5年になるAさんは、「マル獄シリーズ」の品質を守る最後の砦です。班長として製品の仕上げや梱包を担う彼は「適当にやれば品質に現れる。こだわりを持って真面目にやれば良い出来になる」と話しており、刑務作業を単なる義務ではなく、自分の誇りへと変えつつあるようでした。
検査の現場では、納期に追われる製造工程と品質維持のあいだで、受刑者同士の意見が衝突することも少なくありません。Aさんは「妥協して通せばブランドの価値が下がる。譲れない部分がある」と語り、相手のやる気を削がないよう塩梅をみて調整する力も、この場所で培いました。
何よりもイベントでの完売報告が最大のやりがいだというAさん。
「丁寧に務めれば信用され、役割を任される。ここで学んだコミュニケーション能力は社会でも通じる」と前を見据えます。その誠実な手仕事が、ブランドの信頼を支えていることでしょう。

アイロンがけの指導係を経て、現在は衛生係として工場を支えるBさんは、冷静な分析力と強い責任感を備えた存在です。「受刑者全体の1%にも満たない人数で、刑務所作業製品の大きな売上を支えている」という自負が、彼の原動力になっているといいます。
かつては何事も雑に済ませがちでしたが、消費者の存在を意識するようになってからは「1ミリの差が使用感を変える」と、細部を重んじる姿勢へと変化しました。
また、指導の難しさについても「自分の基準を押し付けず、相手がどう受け取るかを考えることが大切」と、失敗を糧に工夫を重ねてきました。「仕事は一人ではできない。相手の視点に立つ意識を得られたことが最大の収穫」と語るその表情には、再出発への確かな自信が漲っています。
「少年刑務所」は社会の縮図そのもの

「少年刑務所」という名称は、今や一つの象徴に過ぎません。実態は、20代から80代までの受刑者が共に生きる、社会の縮図そのものです。
ここでは、犯罪傾向が低い受刑者を対象に、若年層への手厚い個別指導や、知的・精神的支援を要する層への「支援工場」の設置など、一人ひとりに光を当てる緻密な処遇が続けられています。
全国唯一の職業訓練船「少年北海丸」による伝統の継承、そして「マル獄シリーズ」を通じた労働ややりがいの提供。こうした取り組みの積み重ねが、2025年の拘禁刑導入による「個に応じた更生」という新たな航路へと繋がっています。
世代間の価値観の違いを抱えながらも、現場の刑務官たちは「どうすれば心に響くか?」を問い続け、受刑者の自立を支えています。函館の海風を背に、伝統を守り、同時に変革を厭わないその姿勢こそが、再び社会へと漕ぎ出す受刑者たちの確かな羅針盤となっているのです。

函館少年刑務所
住所:〒042-8639 北海道函館市金堀町6-11
函館刑務所作業製品展示場
営業時間:10時~16時(土日祝日を除く)
詳細や最新情報は公式ページをご覧ください。
https://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei05_00051.html
マル獄シリーズ(刑務所作業製品オンラインストアでも購入可能)
https://www.e-capic.com/SHOP/44225/list.html

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