
SNSやネットで頻繁に目にする「弱者男性」という言葉。「モテない男性」「魅力がない男性」といったニュアンスで語られることも多いですが、その実態はほとんど理解されないまま、レッテルや侮蔑語として消費されている側面があります。
しかし、その背景には「男性の貧困」という社会問題が隠されています。「弱者男性」と「男性の貧困」の関係性とは。そして、なぜ今これほどまでに議論を呼んでいるのでしょうか。『弱者男性1500万人時代』(扶桑社新書)を執筆したトイアンナさんに詳しくお話を聞きました。
<目次>
「弱者男性」とは“状態”を指す言葉である

トイアンナ氏がこのテーマに関心を持ったきっかけは、自身の過去にあります。かつて「自分が夫へのモラハラ加害者ではないか」と悩み、加害者更生プログラムに参加しようとしました。しかし、窓口で「男性しか参加できません。女性が加害者になるわけがない」と断られた経験があります。「男性の被害者や弱者は存在しない」と扱われる歪さに、強い衝撃を受けました。
現代社会でも、「男性は稼ぐべき、女性を守るべき」という規範は根強いです。「男性も弱くていい」と言うのは簡単ですが、実際に弱くなった男性は、世間から見えないものとして扱われ、差別される恐怖と隣り合わせにあります。
これまでも「弱者男性」とされる人は存在していました。ただ、個人の事情として処理され、社会問題として語られることは多くありませんでした。男性が弱さを表に出しにくい傾向にあることも影響しています。言葉の誕生と広がりによって、初めて男性の抱える問題が認識されるようになりました。
では「弱者男性」とはどのような男性を指すのでしょうか。トイアンナ氏は自身の定義として、人生のある局面で弱い立場に置かれている男性のことだと説明します。
「生まれながらに弱者と強者が決まっているわけではありません。誰もが人生の中で、弱い立場に置かれる可能性があります」
たとえば、失業や病気、家族の介護、人間関係の破綻。こうした出来事の結果として、ある時期に「弱者性」が表出した男性を指すのが本来の意味です。かつてネット上では「キモくて金のないおっさん」という差別的な言葉で消費されていました。それがメディアなどでも使える言葉として言い換えられ、広がった背景があります。
しかし、なぜ「モテないこと」ばかりが取り上げられるのでしょうか。トイアンナ氏は、本質的な要素として「年収」すなわち経済的な問題を挙げます。
「男性の場合、年収と結婚の相関は非常に強いです。モテないのが弱者男性なのではなく、弱者である結果としてモテない。雨が降ったからカエルが鳴く、という関係と同じです」
収入が低ければ結婚の可能性は下がり、結果として人間関係や社会的なつながりも希薄になります。その延長線上に「モテない」という状態が現れているにすぎません。
自己責任論が招く生きづらい社会

弱者男性をめぐる議論では、必ずと言っていいほど「本人の努力不足ではないか」という自己責任論が指摘されます。トイアンナ氏はこの単純な図式に疑問を投げかけます。
「貧困や持病、家族からの虐待による複雑性PTSD(心の病気)に苦しむ人に、それはお前の努力不足だと言えるでしょうか」
深刻なのは、この自己責任の意識が外部から押し付けられるだけでなく、当事者自身の内面にも強く根付いている点です。実際にアンケートを取ると、多くの人が“自分のせい”だと答えるのだといいます。
「社会が悪い」と思えれば他者に助けを求められますが、「自分が悪い」と思い込むことで問題がさらに見えにくくなっています。そのまま社会とのつながりが薄れ、人生を諦めてしまうケースが少なくありません。
この孤立を深める要因が、「弱者男性=犯罪予備軍」という偏見です。近年、孤立した個人による凶悪事件が報じられるなかで、このようなイメージが語られることもあります。しかし、トイアンナ氏は「そんな単純な話ではない」と警鐘を鳴らします。
「事件のデータを見ると無職の人が圧倒的に多いですが、無職の人がみんな犯罪を犯すわけではありません。働く男性の3人に1人は何らかの弱者性を持っていると言われています。もし全員が犯罪に走るなら、日本の治安はとっくに壊滅しているはずです」
一部の極端な事例が過度に一般化されることで、偏見の強化につながっています。弱みを見せることが不利に働く社会では、人は自らの困難を隠そうとします。結果として生きづらさが不可視化され、問題の解消から遠ざかります。
抽象的なラベルではなく、個別の「人」の事例を見る

では、この問題にどう向き合えばよいのでしょうか。トイアンナ氏は「“弱者男性”という言葉でまとめず、個別の事例で考えることが大切」と強調します。
たとえば、家族に重度の障害があり介護を担っている人や、持病のためフルタイム勤務が難しい人。こうした具体的なケースを抱えた人と向き合ったとき、「自己責任」という言葉は簡単には出てこないはずです。
トイアンナ氏が執筆した本の読者は、50代以上の男性が最も多いといいます。しかし、寄せられた感想の多くは「勉強になりました。でも自己責任ですよね」というものでした。本を読んでもなお、自己責任論から抜け出すのは難しいという根深い現実があります。
一方で、希望のある事例もあります。取材対象者の一人は、双極性障害を抱え、家族の問題もあり生活保護を受給していました。その後、本人の粘り強い努力によって正社員になり、生活保護を脱却して結婚に至りました。
「本当に稀なケースです。これほどメンタルが強くないと一回弱者になった後に立ち上がれない社会は、おかしいと感じます。これを『当たり前』にしてはいけません」
抽象的な言葉で現実を単純化するのではなく、その裏側にある異なる人生の複雑さに目を向けることが、理解の第一歩です。
最後にトイアンナ氏は、こう語ります。
「まずは『いる』と認識することです。弱者だと名乗る男性はほとんどいません。牙をむかれるリスクがあるため、職場などでは周りに隠しているだけです。実は身近に普通に存在しています」
制度的な支援はもちろん不可欠です。働けない状態にある男性への就労支援は、社会全体の経済的利益からも迅速に行うべきです。それ以上に重要なのは、社会の認識の変化です。弱者男性という言葉の背後にあるのは、個人の失敗ではなく、社会の構造が生み出した結果でもあります。
それを「自己責任」として切り捨てるのか、あるいは「社会全体の課題」として捉えるのか。一人ひとりの事例を想像し、対話のきっかけを持つことが、今後の社会のあり方を大きく左右することになります。

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