
「あなた名義のクレジットカードが犯罪に利用されています」
そんな一本の電話から始まり、やがて自宅の郵便受けには「逮捕状」と書かれた書類が届く。
かつて特殊詐欺といえば、高齢者を狙った「オレオレ詐欺」のイメージが強くありました。しかし近年、急増しているのが、警察官や検察官を装って被害者をだます「ニセ警察詐欺」です。犯人たちは、電話やSNSだけでなく、ビデオ通話やオンライン送金、さらには偽の逮捕状までも巧みに利用して被害者を追い込み、多額の金銭をだまし取っています。
しかも被害者は高齢者だけではありません。最近では20代、30代の若い世代にも被害が広がっていることが問題視されています。
なぜ人は、冷静に考えればあり得ないはずの話を信じてしまうのでしょうか。そして、なぜ犯人たちはこれほど巧妙に人を操ることができるのでしょうか。
そこで、今回は特殊詐欺や社会心理学を専門とする、日本大学危機管理学部危機管理学科の木村敦教授に、その実態と背景について話を伺いました。
<目次>
現代の詐欺を象徴する手口

木村教授は現在急増しているニセ警察詐欺について、「現代の詐欺を象徴する犯罪のひとつ」だと指摘します。近年はSNS型投資詐欺やロマンス詐欺が大きな社会問題となっていますが、それと並行して、警察官を装った特殊詐欺も急速に増加しています。
「2025年はSNS型投資詐欺やロマンス詐欺が大きく伸びて注目されました。しかし、その後はニセ警察詐欺も急激に増加しています。投資詐欺やロマンス詐欺が多発する状況に加え、特殊詐欺も再び増えてきたという印象です。現代の詐欺を象徴するような手口だと思います」
従来のオレオレ詐欺では、現金を手渡しで受け取るケースが多くみられました。しかし現在は、犯人がSNSへ誘導し、Zoomなどのビデオ通話を使いながらやり取りを続けます。金銭の受け渡しも、銀行振込や暗号資産など、電子的な手段が主流となっているそうです。
対面での受け渡しが不要になったことで、犯人側のリスクは大幅に低下しました。その結果、犯罪グループにとって活動しやすい環境が生まれ、被害の拡大につながっているのです。
2026年に入り、新たな手口として注目されているのが、「偽の逮捕状」を使った詐欺です。この詐欺に対し、愛知県では70代の女性が被害に遭ってしまったことが報告されています。
女性のもとに、東京中央署の警察官を名乗る人物から電話がかかってきたのは今年5月のこと。その数日後、自宅に届いたレターパックの中には、「逮捕状」と記された書類が入っていました。女性の氏名や住所、生年月日が記載され、罪名欄には「組織犯罪処罰法違反」と書かれていたといいます。
犯人はその後も「資金調査が必要だ」などと説明を続けました。女性はその言葉を信じ、預金口座から現金を引き出した結果、およそ2600万円をだまし取られました。
同様の手口は東京都内でも確認されています。都内に住む70代の女性のもとに、「総合通信局職員」や「検察官」を名乗る男から電話がありました。男は「あなた名義の携帯電話がマネーロンダリングに使われている」と説明したうえで、「逮捕状の写しを郵便受けに入れる」と告げました。
その後、実際に女性が郵便受けを確認すると、「逮捕状(緊急逮捕)」と書かれた書類が入った封筒が置かれていたといいます。幸い、この女性は不審に感じて警察へ相談したため被害を免れましたが、こうした偽の逮捕状を利用した手口は全国で相次いでおり、警察庁は「逮捕状を郵送することは絶対にない」と強く注意を呼びかけています。
なぜ若者もだまされるのか

特殊詐欺というと、高齢者が狙われる犯罪というイメージを持つ人も少なくありません。しかし、近年増加を見せている「ニセ警察詐欺」では、20代や30代の若い世代の被害も目立っているのが特徴です。木村教授は、その背景のひとつに「知識不足」があると指摘します。
「若い世代ほど、この手口を知らない傾向があります。特殊詐欺は高齢者が被害に遭うものだというイメージがあり、自分事として捉えていないケースもあります」
実際、民間調査でも若い世代ほどニセ警察詐欺の認知度が低いという結果が出ています。
さらに興味深いのは、スマートフォンやSNSを使い慣れていることが、必ずしも詐欺への強い防御策にはならないという点です。
また、若い世代はECサイトや各種オンラインサービスを日常的に利用しています。その結果、何らかの形で流出した個人情報が犯罪グループの手に渡り、ターゲットとして狙われるケースもあると考えられています。
「自分は大丈夫」という思い込みこそが、ニセ警察詐欺につけ込まれる隙になるのかもしれません。若者は今や「だまされない世代」なのではなく、「新たな標的になっている世代」だといえるでしょう。
「警察から電話が来るなんておかしい」
「逮捕状が郵便で届くわけがない」
ニュースで被害事例を目にすると、多くの人がそう感じるでしょう。しかし木村教授は、「実際の被害者は最初から犯罪者扱いされているわけではない」と指摘します。
典型的なニセ警察詐欺では、まず「あなた名義のクレジットカードが不正利用されています」といった連絡から始まります。この段階で、被害者は容疑者ではありません。むしろ、犯罪の被害に遭った可能性がある立場として接触されます。
犯人は親身になって相談に乗り、「警察に相談した方がいいですよ」と助言することさえあります。つまり、最初は捜査対象ではなく、“味方”として近づいてくるのです。そして十分な信頼関係が築かれた後、ストーリーは大きく転換します。
「犯罪グループの拠点からあなた名義のカードが見つかった」
「あなたも事件に関与している疑いがある」
そう告げられた被害者は、今度は一転して容疑者として扱われるようになります。それまで親身に対応してくれていた相手だからこそ、被害者はその説明を疑いにくくなります。こうして犯人たちは、巧みに築いた信頼関係を利用しながら、被害者を少しずつ追い込んでいくのです。
木村教授は、詐欺の本質は、「信頼関係の構築」だと語ります。ロマンス詐欺では恋愛感情を利用し、投資詐欺では最初に利益を出して信用を得ます。ニセ警察詐欺では、警察官や検察官という社会的な権威が利用されていることが特徴です。手口こそ異なりますが、犯人たちの目的は共通しています。それは、相手に「この人は信用できる」と思わせることです。
さらに犯人は、「誰にも相談しないでください」と指示したり、「警察内部にも情報が漏れている」「あなたを守るために秘密にしている」といった説明をしたりして、被害者を周囲から切り離そうとします。
こうして被害者は、家族や友人、本物の警察ではなく、犯人との関係だけを頼る状態へと追い込まれていきます。その結果、たとえ家族や本物の警察官から「それは詐欺です」と指摘されても、その言葉を受け入れられなくなってしまうことがあるのです。
なぜ詐欺に「警察」が使われるのか

私たちは日常生活のなかで、分からないことや不安なことがあれば、その分野の専門家を頼ります。病気なら医師、法律なら弁護士、そして犯罪に関わる問題なら警察です。犯人が警察官を名乗る理由について、木村教授は、「社会的権威を悪用している」と指摘します。
さらに警察という権威に加え、「逮捕状」という強い心理的圧力を利用します。ほとんどの人は実際の逮捕状を見たことがなく、逮捕された後にどのような手続きが行われるのかも詳しく知りません。そのため、「あなたに逮捕状が出ています」と告げられると、自分の身に何が起きるのか分からないまま、大きな不安や恐怖に襲われます。信頼と恐怖が組み合わさることで、被害者は冷静な判断を失い、犯人の指示に従いやすくなってしまうのです。
巧妙なストーリーと心理操作によって被害者を追い込んでいくニセ警察詐欺ですが、木村教授は、今後この手の詐欺が増加すると警鐘を鳴らします。その背景にあるのはAI技術の進化。音声生成や動画生成の技術によって、有名人や実在人物になりすますことは以前よりはるかに容易になりました。また海外の犯罪組織であっても、高精度な翻訳ツールを利用すれば自然な日本語でやり取りできます。
SNSやAI、オンライン送金といった技術は、私たちの生活を便利にする一方で、犯罪の手口も大きく変えています。ニセ警察詐欺は、まさにそうした現代社会の環境を利用した犯罪だといえるでしょう。
最大の対策は「接触しないこと」
では、私たちはニセ警察詐欺からどのようにして身を守ればよいのでしょうか。その対策について、木村教授は2つのポイントを挙げました。
・最新の手口を知ること
・不審な相手と接触しないこと
知らない番号からの電話には安易に応じない、身元の分からないSNSアカウントには反応しない、怪しいメッセージのリンクを開かない。一見当たり前のように思えますが、木村教授は「とりあえず話だけでも聞いてみよう」という考え方こそ危険だと指摘します。
ニセ警察詐欺が広がる今、必要なのは犯人を見抜く特別な能力ではありません。「誰でもだまされる可能性がある」という前提に立ち、不審な相手と決して接触しないこと、そして迷ったときには、一人で抱え込まず周囲に相談することです。それが、巧妙化する詐欺から身を守るための最も確実な一歩なのです。


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