
おはようさん。リーゼント刑事こと秋山です。
早いもので2026年も半分が終わろうとしています。梅雨の雨に濡れたアスファルトを見ると、私はよく現場へ向かっていた頃を思い出します。刑事という仕事は、人の怒りや悲しみ、憎しみと向き合う仕事でした。そして最近、テレビを見ても、SNSを見ても思うのです。「なんでこんなに怒っている人が増えたんやろう」と。
誰かを叩く投稿。店員への暴言。あおり運転。そして、信じられないような事件。私が刑事だった頃も怒る人は沢山いました。しかし今とは全然違います。ヤクザやチンピラ、暴走族…。周囲も「あいつは危ない!」とわかっていたのです。ところが今は違います。ごく普通の人が、ある日突然爆発する。そして、その怒りは時に大きな事件に発展します。
<目次>
凶悪事件の底に潜む怒り

私が特に印象に残っているのが、2008年の秋葉原通り魔事件です。犯人は静岡県にある自動車工場で派遣社員として働き、普通の人と変わらない日常を送っているように、周りからは見えていました。
しかし、犯人は職場への不満、人間関係への不満、将来への不安、そして強烈な孤独感があり、インターネットの掲示板へ数多く書き込みを残していたのです。誰かに助けを求めていたのかもしれません。しかし、その声は誰にも届かず、やがて怒りは社会に向けられ、トラックで歩行者天国へ突入し、通行人や警察官ら17人を次々とダガーナイフで刺し、7人が死亡し、10人が重軽傷を負う大惨事となりました。
犯人は死刑判決が下り、2022年に東京拘置所で死刑が執行されています。あの事件を見た時、私はこう思いました。「人を殺したかったのではないな。自分の苦しさを誰かにわかって欲しかったんやろな」と。
もちろん犯罪は絶対に許されません。しかし、その背景にある孤独や怒りを、周りの誰かが気付くことはできなかったのか。犯人自身も、誰かに胸の内を打ち明けることはできなかったのか。もし、一人でも本気で話を聴いてくれる人がいたなら、この事件は違う結末になっていたのではないか。と今でもそんなことを考えてしまいます。
そして2019年には、京都アニメーション放火殺人事件が起きました。犯人はガソリンをまいて火を放ちました。36人が亡くなり、34人が重軽傷を負う、日本犯罪史に残る凄惨な事件となりました。
犯人は長年にわたり、社会への不満を抱えていました。自分は認められていない。自分だけが不幸だ。などと、小説の落選をきっかけに、思いが膨らみ続け、やがて妄想と怒りが結びつき、何の罪もない人たちへ向けられてしまったのです。
怒りというものは本当に恐ろしい。最初は小さな火種です。しかし放置すると、自分自身も焼き尽くし、周囲まで巻き込んでします。まさに京都アニメーション放火殺人事件は、その恐ろしさを見せつけた事件でした。
さらに2022年には、安倍晋三元首相銃撃殺人事件が起きました。日本中が衝撃を受け死亡しました。元総理大臣が街頭演説中に銃撃されるなんて前代未聞です。多くの人が「なぜそんなことを…!」と思ったはずです。
捜査がすすむにつれ見えてきたのは、長年積み重なった怒りでした。犯人は特定の宗教団体への強い恨みを抱えていました。その怒りの矛先が、最終的に安倍元首相へ向けられたのです。ここでも私は感じました。事件とは突然起きるものではないと。長い年月をかけて積み重なった感情の終着点なのだと。
それぞれ事件の形は違います。動機も違います。しかし共通しているものがあります。それは「怒りを止められなかった」ということです。誰にも相談できなかった。誰にも理解されなかった。それがトリガーになり、感情を制御できなくなり悲劇な殺人に至っているのです。
仮出獄直後の惨劇。愛が狂気に変わった凄惨な殺人事件

私は徳島県警の刑事時代、数多くの殺人犯を取り調べてきました。その中で忘れられない男がいます。私はその男を「殺人鬼」と呼んでいます。その男は18歳の時、知人と口論になり、大きな石で相手の頭を何度も殴り殺しました。懲役20年。長い刑務所生活を送りました。
あと1年で満期という頃に仮出獄しました。仮出獄後すぐに、運転免許を取得する為に自動車学校へ通い始めました。そこで受付の女性と知り合いいます。その女性には夫と子どももいましたが、その男と肉体関係を持ち恋愛関係へ発展しました。
仮出獄中は、保護司の所に定期的に訪問しなければならないのにも関わらず、2人は、現実の世界から逃げるかのように逃避行する事を決断。しかし、逃避行を続けるなかで、女性は次第に自分たちがしていることの重大さに気づき始めました。
夫や子どもを置いて逃げている現実、そして殺人を犯した男と行動を共にしている恐怖。日に日に不安が大きくなり、ついに女性は男のもとから逃げ出します。その後、女性は徳島の自宅に戻り、逃避行は終わりを迎えました。男は仮出獄中の無断逃避が発覚し、再び刑務所へ戻されることになったのです。
信じて愛していた女性に逃げられたことで、男の心の中には強い憎しみが残りました。「裏切られた」という感情は次第に膨れ上がり、やがて復讐心へと変わっていったのです。再び刑務所に戻った男は、およそ1年の間、毎日のようにノートへ復習計画を書き続けました。
女性が自宅にいる時間帯、犯行に使う刃物の入手方法、現場までの移動経路、逃走ルート。さらには、帰り血を浴びた際の着替えや、検問を避けるために山道を通って高知方面へ逃走する計画まで、異常なほど細かく記されていました。
男は出所後、計画通り女性の自宅を訪れ、玄関の呼び鈴を鳴らしました。しかし、扉を開けたのは女性ではなく、女性の父親でした。男は一瞬もためらうことなく親父に襲いかかり、倒れ込んだ相手に何度も刃物を突き刺しました。
父親の叫び声を聴き、家の中から飛び出してきた交際していた女性の心臓を一刺し、さらに女性に馬乗りになり何度も何度も刃物でめった刺しし殺害。2人ともその場で命を落としました。犯行後、男は計画通りレンタカーで逃走しましたが、高知県との県境付近で確保され再び逮捕されました。
私は数多くの殺人犯を取り調べしてきましたが、ここまで1人の人間への恨みを捨てきれず、刑務所の中で毎日のように復讐計画を書き続け、育て続けた犯人はいませんでした。そのせいか、未だに強烈に記憶に残っている殺人犯の1人です。
殺人鬼は「特別な存在」ではない

私はこの事件を思い出すたびに考えます。怒りが憎しみに変わり、憎しみは復讐心へと姿を変え、最後には2人の命を奪いました。私の中で確信していることがあります。人は突然犯罪者になるわけではありません。怒りが積み重なり、孤独が積み重なり、誰にも止められなかった時に、一線を超えてしまうと。
怒りを甘くみないでください。自分の怒りも。相手の怒りも。「これくらいだいじょうぶだろう」「そのうち忘れるだろう」そう思っているうちに、怒りは恨みに変わります。そして恨みは、人の人生を壊します。時には自分自身をも壊してしまします。
今の時代の犯罪者は、特別な人ではありません。私たちのすぐ隣にいるかも知れません。
あるいは、あなた自身かもしれないのです。自分の心の違和感。家族の違和感。友人の違和感。その小さなサインを見逃さない事がとても大事です。犯人は捕まえることはできても、失われた命は戻りません。だからこそ私は今日も「違和感を見逃さないで欲しい」と伝え続けたいのです。


















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