
プロ野球界を揺るがせた阿部慎之助氏を巡る一連の報道には、現代社会が管理職や親に求める「怒り」と「管理能力」という組織マネジメントや現代コミュニケーションの課題が隠れています。親と子も含め、「力関係の非対称性」は上司と部下、教師と生徒といった立場や権限に大きな差がある関係において、共通しています。
<目次>
怒りによる支配が許されなくなった時代

近年、企業社会ではハラスメント対策が急速に浸透しました。かつては「怒鳴って育てる」「恐怖で動かす」といった指導法が一定程度容認されていた時代もありました。
しかし現在では、怒りを利用した支配や威圧は明確に否定されています。パワハラ防止法の施行以降、企業はハラスメントへの対応を強化し、管理職に対しても高いコンプライアンス意識を求めています。怒鳴る上司は「熱血指導者」ではなく、組織にリスクをもたらす存在と見なされるようになりました。
問題は組織内部だけではありません。SNSの普及によって、かつては社内や家庭内で完結していたトラブルが瞬時に社会へ拡散される時代です。一度の感情的な言動が、長年築いてきたキャリアや信用を失わせることも珍しくありません。現代のリーダーにとって、怒りのコントロールは精神論ではなく必須のマネジメントスキルになったのです。
もちろん阿部氏が巨人軍監督という特別な存在かつ、有名人であることも理由に違いありませんが、ごく普通の家庭内のことであっても、インターネットとSNSによって瞬時に全世界につながってしまう今の環境からは、誰も逃れることはできません。組織の管理をする立場の方にとっては、他人事ではないといえます。
「愛のムチ」と過去の栄光

阿部氏の件でも、「愛情によるしつけ」「厳しい教育は本人のために必要」といった擁護論は聞かれます。阿部氏を擁護する署名運動は5万筆に届くような結果となりました。
なぜ社会全体がハラスメントに厳しくなった現在でも、このような意見が残るのでしょうか。理由のひとつは、過去の成功体験だと考えます。現在の厳格なコンプライアンス環境が整う以前に成功した人々の多くは、自らも厳しい指導を受けて育ってきました。理不尽な叱責や高圧的な指導を乗り越えた経験が、自分の成功体験の一部になっています。
結果として、社会のルールが変わったことを頭では理解していても、感情的には受け入れられないことも少なくないと考えられます。しかし、昔はそれで成功したかどうかは、「今」のルールにおいて、認められません。教育やしつけについても、悲惨な児童虐待が現実に行われている以上、制度が厳格に運用されることを批判する方が無理筋です。
自分の子供であっても人権があり、親といえども子供を自由に扱うことなどできません。言葉や理想通りにはいかない現実もあることでしょうが、それでも原理原則を曲げて良い、コンプライアンスを無視して良いという判断は、もはやできない時代です。
「怒るより叱る」は本当に実践できるのか?

ビジネス書や育児書を読めば、決まって「感情的に『怒る』のではなく、理性的・論理的に『叱る』べきだ」というアドバイスが書かれています。しかし、現場で日々ストレスに晒されているリーダーや、思うようにいかない育児に追われる親からすれば、「そんなことは100万回分かっていても、いざその場になると本能が勝って抑えられないから困っている」というのが本音ではないでしょうか。
わかっていても抑えられない「怒り」という強大な本能と戦い、それに打ち勝つためには、以下の3つのステップを自分自身の脳に深く刻み込むことを提案します。
① そもそも「ダメなこと」を正確に理解する
第一に、現代の社会規範において「何が許されず、何が完全にアウトなのか」の境界線を、この機会に正確に再学習することです。「これくらいなら昔は普通だった」「相手のためを思ってやっている」という主観的な言い訳は、現代社会では一切通用しません。
② 築き上げた信用を失う可能性があることを認識する
第二に、感情に任せて行動した結果、自分自身が被る致命的なデメリットを冷徹に確認し、脳に恐怖を植え付けることです。パワハラを行えば、積み上げてきた社内の信用やキャリアは失墜します。
家庭であっても、子どもへの過度な怒りの噴出は、児童相談所や警察の介入を招き、最悪の場合は家族の離散、これまた社会的地位の喪失につながりかねないという現実を、平時のうちに強く意識しておくことは、本能を抑え込む強力なブレーキとなります。
③自省(セルフ・リフレクション)する
本能との戦いにおいて最も重要であり、多くのリーダーや親に不足しているのが「自省(セルフ・リフレクション)する」というプロセスです。これこそが、怒りをコントロールするための最大かつ本質的な鍵となります。
「怒り」は自身の指導力・コミュニケーション力の無さの裏返しとも言え、立場を利用した威圧感に頼らなければ、部下や子どもを指導できないのではないでしょうか。問題の根源は、自分自身の側にあります。
怒りによる衝動的な行動を防ぐための「クールダウン(冷却期間)」としても極めて有効に機能します。「相手が悪い」から「自分の能力不足だ」へと視点を変えることで、脳の興奮は急速に収まっていくのです。
かつてゼネラル・エレクトリック(GE)のCEOだった伝説の経営者、ジャック・ウェルチは、「部下が自分の現状や評価を正しく理解していないとしたら、それはマネージャーの恥だ」と言いました。
優れた管理者は、相手に対して、組織が求めている期待値や、現在の達成状況、進むべき具体的な方向性を「言葉」によってロジカルかつ明確に伝えることこそが、本来のマネジメントだとの考えです。部下が理解していないことを部下の責任にするのではなく、自分の説明責任として捉えるという、リーダーに問う言葉です。
ガンジガラメの環境で求められる管理能力とは

コンプライアンスが厳格化され、ハラスメントの網が四方に張り巡らされた現代は、一見するとリーダーや親にとって「何も言えない、教育しづらいガンジガラメの環境」に見えるかもしれません。しかし、暴力や威圧という「安易な手段」が禁止されたからこそ、本物の管理能力が試される洗練された時代になったとも言えます。
今、職場でも家庭でも強く求められているのは、一方的な命令や感情の押し付けではなく、双方向の「対話」です。「対話」によって、相手が何を考えているのか、なぜその行動をしたのかを深く聞き出すことです。この力は現代における「管理能力」の最も重要な要素です。
職場で見事にコンプライアンスを遵守し、部下を育成している優れたリーダーであれば、その高い管理能力と対話の手法を、ぜひ「家庭」という最も身近で、最も大切なコミュニティでも実践してみてはいかがでしょうか。
上司であっても親であっても共通することですが、力関係の非対称性に甘えることなく、一人の人間として相手と「対話」を重ねる。その誠実な姿勢と自己管理能力こそが、怒りに支配されない強固な信頼関係を築く唯一の道であり、これからの時代に求められる真のリーダーシップなのです。








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