
生きた昆虫に電子機器を装着して遠隔操作する「サイボーグ昆虫」は、昆虫自身の高い運動能力と筋肉を移動の動力源とするため、電力消費を極限まで抑えられる革新的なロボット技術です。しかし、これまでの研究成果では活動範囲が陸上に限られており、水没した被災現場や排水管などの冠水エリアに進入すると溺死してしまうという大きな課題がありました。従来のモーター駆動の小型ロボットはバッテリーの重さや稼働時間の短さがネックでしたが、生体を利用するこのシステムは長時間の探索行動を可能にします。大雨や洪水後の被災地では瓦礫の内部が水没しているケースが多く、陸上専用機では進入できない領域へのアクセスが強く求められていた中、日本の早稲田大学とシンガポールの南洋理工大学による共同研究グループは、陸生昆虫を水陸両用化させる極小の「潜水スーツ」の開発に成功しました。
実験には、体長が5〜7.5センチメートルほどと大型で運搬能力に優れたマダガスカルオオゴキブリが採用されています。これは家庭に現れる害虫とは異なり、自然界に生息する翅を持たない草食性の昆虫です。新たに考案された潜水スーツは、電気を全く消費せずに機能する自給式の酸素供給システムを搭載しています。腹部を覆う柔軟なシリコン素材の防水シェルに超小型の酸素発生タンクが内蔵されており、そこに二酸化マンガンを分散させた多孔材を収め、過酸化水素水を注入する化学反応で酸素を持続的に発生させます。生成された新鮮な酸素は、4本の細いシリコンチューブを通じて、昆虫の体側にある4箇所の呼吸口(気門)へ直接届けられます。
そのまま水に沈むとわずか2分で反応を停止してしまうゴキブリですが、この衣服のような潜水スーツを装着することで、水中でも最長3時間にわたり正常に呼吸し、歩き回ることが実証されました。さらに、気体を通し水を遮断する特殊フィルターにより、水没環境にとどまらず、有毒ガスが充満した場所や二酸化炭素が多い極端な酸欠環境でも安定して活動を継続できることが確認されています。
災害現場での実績とインフラ点検への応用展望
水陸両用化という劇的な進化を遂げたサイボーグ昆虫は、すでに災害救助の実現場を見据えた運用が始まっています。実際に、2025年に発生したミャンマー大地震の際には、シンガポールのレスキュー隊が生存者捜索のためにこの技術を導入し、複雑に倒壊した瓦礫内部の調査にあたらせました。今回、水中に対応する防水機能が追加されたことで、その捜索能力は飛躍的に高まる見通しです。
今回の潜水スーツ開発にあたっては、操作用の電子部品を体内に埋め込んで背中の出っ張りをなくすことで、水中の高さわずか2センチメートルの極めて狭い隙間であってもスムーズに潜り抜けられることが確認されています。また、有毒ガス環境下での活動能力と併せ、過酷な条件下における機動性が大きく向上しました。
研究グループは今後、この小さく軽く軟らかい装着型システムの耐久性や防水性、酸素供給の安定性をさらに高め、より長時間の稼働を目指す計画です。各種センサー、無線通信機器、自己位置測定、およびナビゲーション技術を統合することで、水害現場での人命救助にとどまらず、将来的には下水道や配管といった都市インフラの点検業務への本格的な実用化が強く期待されています。












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