
「家族がある日突然、行政に連れ去られる」
そんな出来事が現実に起きていると言われても、にわかには信じがたい。しかし近年、成年後見制度を利用した高齢者の「連れ去り」ともいえる事案が次々に発生し、大きな波紋を呼んでいる。
東京都港区に住む90代の男性は2022年3月、突然、行政の管理下に置かれた。都外に住む娘のもとに区から後見人選任の通知が届いたのはその2カ月後のことで、問い合わせても父の入院先すら教えてもらえなかったという。娘は都内近郊の病院に100件近く電話をかけ続け、ようやく父の居場所を突き止めた。後に東京家裁は区の申立てを退け、「後見を開始する要件を満たしていない」との判断を示している。
同じ港区では、80代の女性が自宅での軽い口論をきっかけに行政に保護され、その後、精神科病院への入院が長期化し、娘との面会がおよそ2年8カ月にわたり許されなかったケースもあった。
成年後見制度は、本来、判断能力が不十分でない高齢者らの財産と権利を守るために設けられた制度である。それなのになぜこのような家族を引き裂くような事態が発覚しているのだろうか。
今回は元裁判官であり、現在は弁護士としてこの問題に警鐘を鳴らし続ける森脇 淳一弁護士に、制度の歴史的背景から「連れ去り」の実態、そして家族の絆を取り戻すための抜本的な解決策について、詳しく話を聞いた。
<目次>
なぜ弁護士や司法書士が成年後見人を務めるようになったか

――森脇先生は裁判官時代に成年後見事件に携わっていたそうですが、現行制度が発足した当初(平成13年頃)はどのような状況だったのでしょうか。
当時はまだ親族が後見人に選ばれるケースがほとんどでした。そのなかで問題となっていたのは、良くも悪くも「親族間の距離の近さ」に起因するトラブルです。
たとえば、被後見人(後見が必要なご本人)の財産から「孫の入学祝いに100万円を渡してもよいか」「節税のために空き地に建物を建ててもよいか」といった相談が家庭裁判所に持ち込まれ、その判断の是非には頭を悩ませていました。
さらに、より深刻な問題となったのが、親族後見人による財産の横領です。家族が本人の預貯金を私的に使い込むケースなどの事態を受け、最高裁判所や家庭裁判所は、一定以上の資産額がある事案については、弁護士や司法書士などの「専門職後見人」を選任するという方針へ舵を切ったのです。
裁判所としては親族に任せて横領が起きると監督責任を問われかねません。一方、弁護士などの専門職を付けておけば、万が一横領があってもそれは専門職個人の責任に帰せられます。定期的に提出してもらう必要がある報告書も、一般人である親族後見人より要領を得たものが提出されます。こうした裁判所の業務効率化のために、特に高額の資産をお持ちの方には、専門職を重用する流れが定着しました。
――弁護士に転身されてから、制度の運用に対して強い危機感を抱くようになったきっかけは何ですか。
弁護士になってから「後見人がついて、被後見人(親)に(特定の)子が会わせてもらえない」という切実な相談が相次ぐようになりました。
その背景にあるのは、主に2つのパターンです。1つは「親族間の相続争いの前哨戦」として成年後見制度が利用されるケースです。たとえば、資産を持つ高齢の親を一人の子どもが献身的に介護していたとしましょう。すると他の兄弟が「財産を独り占めされるのではないか」と危惧し、後見人の申立てを行うケースがあります。
このケースでは、介護に専念するために仕事を辞めていた子どもが、親の財産で生活費を賄っていたことを理由に、他方の親族などから「経済的虐待者」として一方的に仕立て上げられてしまいます。 その結果、親を「保護」するという名目で接触を完全に遮断され、親がどの施設に移されたのかさえ教えてもらえなくなります。
もう1つのパターンが、「行政による連れ去り」です。近年は、成年後見利用促進法などで予算がつくようになり、自治体の首長(市区町村長)による職権申立てが急増しました。ここで利用されているのが「高齢者虐待防止法」です。
たとえば、同居する親子の間で口論や小競り合いがあり、その情報を第三者や行政が把握した結果「虐待の疑いがある」と判断され、高齢者を施設に「措置入所」させてしまう事例が発生しています。
いま報道されている連れ去り事案の多くも「虐待が疑われているので行政で保護して後見申立てを行いましょう」という流れから発生しているものです。問題なのは、行政が後見申立てを行ったことすらも、家族に通知されていないケースもあることです。
家族からみれば、ある日突然行政に親を連れ去られ、理由も分からぬまま「虐待者」の烙印を押される…。さらには、次に対面できた時は「お骨」になって帰ってくるという、信じがたい悲劇が公然と行われているのです。
成年後見制度が人権侵害につながっているのはなぜか

――なぜそこまでして、行政や後見人は家族を遠ざけるのでしょうか。
弁護士の数が急増した結果、仕事に困窮する若手や一部の弁護士が、後見人報酬を安定収入として当てにしている側面は確実にあります。後見案件を数十件抱えれば、それだけで月に数十万円の固定収入になるためです。
もちろん、後見人として真摯に対応しているケースもあります。しかし、事務を完全にフォーマット化し、機械的に面談するだけで本人の意思や家族の心情には寄り添わず耳を傾けないケースも見受けられます。行政側にも、専門職後見人が就任した案件に家族が関与すると手続きが煩雑になるとして、家族との距離を置こうとする傾向があります。私はこれまで、後見人の不当な対応をめぐって何度も裁判を起こしてきましたが、裁判所は専門職側を守るためか、驚くほど頑なにこちら側の訴えを退けている印象です。
特に東京の港区など、一等地に莫大な不動産資産を持つ高齢者が狙われるケースでは、もはや「財産の乗っ取り」と勘ぐられても仕方のない不透明な運用が行われているのが現状ではないでしょうか。
現在の成年後見制度は本人の預貯金や不動産といった「財産を減らさないこと(安全に管理すること)」を最優先に据える傾向があります。その結果、被後見人が「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」「お気に入りのお店で外食したい」と望んでも、弁護士や司法書士などの専門職後見人は「資産が減ってしまう」「管理が煩雑だ」といった理由でその支出を認めないケースも少なくありません。
もちろん、親族による使い込みを防ぐことは大切ですが、福祉的な視点が現在の硬直化した成年後見制度の運用のなかで抜け落ちてしまっているのです。
――成年後見制度は民法改正が予定され、従来よりも運用が柔軟になる見込みです。しかし、連れ去りのような事案を明確に打破するためには、どのような制度改正が必要だとお考えですか。
私が提唱しているのは、「被後見人の推定法定相続人(子供など)全員を、原則として法律上の後見人にする」という方法です。まずは家族全員を後見人とし、本人の生活や療養方針、財産管理について十分に話し合う。もし意見が割れて揉めてしまうのであれば、そこで初めて裁判手続き(家事審判)に持ち込めばいいのではないでしょうか。
現行の後見制度の最大の欠陥は、財産管理ばかりにクローズアップし、本人の意思尊重や福祉の視点が抜け落ちている点です。
さらに、裁判官は福祉的視点を備えてはいません 。審判の場には裁判官だけでなく、福祉やケアの専門家2人を加えた「合議制(参審制)」のような仕組みの導入を検討すべきでしょう。「本人が本当はどうしたいのか」「自宅にいたいという意思をどう叶えるか」を、家族を排除せずに真剣に議論するべきです。
もちろん、仮に家族全員が「親を施設に入れて財産だけを残そう」という考え方で一致しているのであれば、それは長年にわたる家族関係の積み重ねの結果であり、制度だけで解決できる問題ではないでしょう。しかし、現状は「親を丁寧に看取りたい」と願う親族が多いと思います。
本来あるべき姿は、日常の身上監護、および「身上監護に伴う日常的な財産行為」の権限を全面的に家族後見人に返すことでしょう。そして弁護士は、後見人として財産を囲い込むのではなく、一歩引いた「後見監督人」という立場から大局的な財産管理のチェックのみを担う。こうした明確な役割の整理こそが、親子の尊厳を守るために不可欠です。
成年後見制度に苦しめられた家族の悲痛な訴え

今回の取材では、実際に母親を行政に連れ去られた経験を持つ野倉さんにも、過去の経験や現在の心情を語っていただいた。
「母はある日デイサービスに出かけて行ったきり、4年間も行方不明となりました。 そして、死亡した後に 母がどこの 病院にいるかがわかりました。 母の後見人だった弁護士が死亡してからやっと連絡してきたのです。突然行政に連れ去られ、4年間行方不明のままお骨で帰ってきました。私が虐待したという証拠もありません。本人が拒否したはずの延命治療まで勝手に施されていました。家族の絆を切り裂き、人の命や尊厳を何とも思わないこの成年後見制度は、国や司法が加担する凄惨な人権侵害だと思っています。」
森脇 淳一(広島弁護士会)

弁護士。1980年司法試験に合格、1981年京都大学法学部卒業。1983年司法研修所第35期修了。1983年広島地裁(判事補)任官後は名古屋地裁、大阪地裁堺支部、奈良地裁(特例判事補)、奈良地裁葛城支部(以降判事)、津地裁伊賀支部、広島高裁、広島地裁福山支部、名古屋高裁、大阪高裁を経て、2018年依願退官。同年、森谷・森脇法律事務所に合流。成年後見制度の連れ去り事案等に尽力。













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