熊本刑務所「リフレクティング」の導入で変わる刑務官と受刑者の関係性

熊本刑務所は、無期懲役受刑者をはじめとする長期刑受刑者が多く収容される刑事施設です。しかし今、熊本大学大学院との共同研究による「リフレクティング」を通じ、従来の厳格な集団管理から対話や相互理解を重視した更生支援へと、組織の在り方が大きく転換しています。
閉ざされた塀の中で、対話はどのように人と組織を変えるのか。熊本大学大学院で教授を務める矢原隆行氏、熊本刑務所の現役刑務官、そして実際にプログラムを受ける受刑者に、さまざまな観点から話を聞きました。
<目次>
長期刑受刑者が集う熊本刑務所の新たな取り組み

熊本刑務所は、収容者の約3分の1が無期懲役受刑者や長期刑受刑者で占められる刑事施設です。規律を最優先する厳格な管理体制に加えて、現在は対話を軸とした管理体制が整えられています。その象徴が、熊本大学大学院との共同研究によるリフレクティングの導入です。
これは、受刑者を一方的に指導・改善させるための単なる技法ではなく、職員と受刑者の対話によるプロセスを重視しています。この取り組みは法務省が主催したコンテスト「ミッションビジョン2025」でグッドチャレンジ大賞を受賞しています。リフレクティングの広まりは、所内の受刑者処遇にも少しずつ変化をもたらしています。
管理体制を変更した成果は数値にも現れました。導入から3年間で、受刑者による不服申し立ての件数は約500件から150件へと激減。さらに、受刑者の規律違反に対して科される懲罰件数も、以前の3分の1程度にまで低下しています。矢原氏は、「リフレクティングを単なるセラピーや改善プログラムではなく、壊れた関係を修復し、繋がりを密にする「平和活動」である」と位置づけています。
しかし、こうした数値的なデータは特定の目標として追い求めるものではありません。矢原氏は「組織全体の風通しが良くなり、関係性が変容したプロセスに付随して後からついてくるものである」と指摘しています。

ではどのような順番で矯正施設のリフレクティングを進めればよいのでしょうか。矢原氏は「対話に注目するのではなく、そこに至るまでの組織の土台作りこそが重要だ」と指摘します。
多くの矯正施設では、受刑者を更生させるためのプログラムとしてリフレクティングの導入を計画します。しかし、矢原氏は「順番を間違えてはいけない」と強調します。まず取り組むべきは、指導する側である刑務官同士の関係性の構築です。
職員同士が話しにくい環境では、受刑者との真の対話も成立しません。熊本刑務所では、熊本の方言で「連れ立って」といったニュアンスを持つ「つんのって」ミーティングを定期的に開催しています。幹部から現場の若手が車座になり、上下関係を超えて今の悩みやアイデアを自由に語り合える場を作ることで、組織全体の風通しを改善してきました。
組織内のコミュニケーションが変容し、職員が自分の言葉を持てるようになるプロセスこそが、受刑者と向き合うための不可欠な土台となります。このような組織の内側からの広がりが、形式的なプログラムのコピーに留まらない、熊本刑務所独自の強みを生み出しています。
刑務官と受刑者が紡ぐ「対話」の力

リフレクティングにおいて重要なのは、相手を特定の目標に導こうとする介入ではなく、相手の話に丁寧に耳を傾けようとする姿勢です。従来の矯正教育は「改善させる」ことを重視する傾向にありましたが、リフレクティングでは「何を話したいか」「誰と話したいか」という受刑者の主体的な意思を尊重します。
専門家がマニュアルに従って正解を教えるのではなく、相手の言葉をよく聴き、その背景にある想いに寄り添うこと。この「介入しない」姿勢が、一人の人間として尊重されているという感覚を受刑者にもたらし、結果として自律的な内省や態度変容を促すのです。技法としての対話ではなく、目の前の相手と繋がり続けるための姿勢こそが、塀の中の人間関係を根本から再構築する力となります。
しかし、リフレクティングは従来の管理方法とは方向性が異なります。リフレクティングの導入当初、現場の刑務官の間には「本当に意味があるのか」という率直な戸惑いがあったそうです。最大の課題は、刑務所の規律秩序を維持するための厳格な管理と、受刑者の本音を引き出すケアの距離感です。受刑者と近くなりすぎれば規律が緩み、遠すぎれば真意を汲み取ることができません。

職員が受刑者の話を聞き、真摯に接することを試行錯誤した結果、受刑者側も「自分も丁寧に接するようにしよう」と態度が変容し、相互作用を実感しているといいます。また、高齢受刑者の場合、対話を通じて自ら考える時間を少しでも長く持たせることは、認知機能の低下を少しでも抑える効果が期待されています。
その期待は成果として現れつつあります。16年間の独居生活を送り、気が短くトラブルが多いと自認する86歳の無期懲役の受刑者は、信頼する刑務官から勧められて、リフレクティングの場に参加しました。当初は戸惑いもありましたが、自分の話が他者にどう響くかを客観的に聞く体験を重ねるうちに、カッとなる回数が減ったといいます。
出所が叶わない現実、そして死を待つ日々という過酷な状況下で、彼にとってこの対話の時間は、1日を何事もなく無事に過ごすための心の支えとなっています。また、他の受刑者が話したエピソードを通じて、改めて被害者遺族の言葉にできない無念さに想いを馳せるなど、独りでは辿り着けなかった深い内省の機会をもたらしました。
社会全体が「リフレクティブ」であるために

熊本刑務所の事例は、塀の中という閉ざされた世界だけに留まるものではありません。矢原氏は「刑務所が組織風土を変容させ、受刑者との関係を再構築していくためには、それを受け入れる社会の側の変容も不可欠である」と説きます。
これまでの社会は、犯罪という見たくないものを刑務所に閉じ込め、隔離することで安心を得ようとしてきました。しかし、厳罰化や排除を求める社会の声は、結果として刑務所を孤立させてきた側面があります。
真の多様性とは、自分とは相容れない考えを持つ相手を「自分は自分、相手は相手」と切り離して無関心になることではありません。たとえ許しがたい罪を犯した相手であっても、繋がりを断たずに話を続けることこそが対話の本質です。熊本刑務所の取り組みを一つの事例として、私たち社会の側もまた、立ち直りをいかに支え、他者とどう繋がり続けるべきかを問い直す「リフレクティブ(内省的)」な姿勢が求められています。
(TEXT/小嶋 麻莉恵)
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