刑罰から自立支援へ。無期懲役の受刑者が3割を占める熊本刑務所が見据える未来

熊本刑務所の銘板

受刑者の約3分の1が無期懲役受刑者。全国でも有数の重い刑を背負う人々が集う場所が熊本刑務所です。この施設は、2025年の拘禁刑施行を受けて、規律や集団管理を過度に重視する体制から、社会へつながる施設として「地域共生」へと大きく舵を切っています。

出所というゴールが見えない「終わりのない更生」に、現場はどのように向き合っているのでしょうか。熊本刑務所を統率する所長、長期受刑者を支える刑務官、そして服役35年の無期懲役受刑者、さまざまな視点から話を伺いました。

<目次>

拘禁刑導入により「自立を促す」刑務所へ

熊本刑務所内にあるリフレクティングルーム
熊本刑務所内にあるリフレクティングルーム

2025年からの拘禁刑施行により、熊本刑務所はこれまでの規律を重視する体制を改めつつあります。リフレクティングを処遇の柱に据え、受刑者一人ひとりの特性に寄り添う方針へ転換しました。

現場での最も象徴的な変化は、受刑者の呼び方です。従来の苗字の呼び捨てを改め、受刑者を「さん」付けで呼ぶ試みが始まりました。導入当初、職員の間には強い抵抗感もありましたが、現在ではそれが当たり前の光景となり、現場の空気は以前よりも明らかに柔らかくなっているそうです。受刑者からも「自分を一人の人間として見てくれている」という声が上がり、受刑者の態度にも変化が見られるようになったといいます。

また、面談や対話の機会を増やすことで、受刑者の言葉の背景にある想いを汲み取る指導へシフトしています。ただ指示に従うのではなく、対話を通じて「自分の言葉にどのような意味があるのか」「他者の意見はどうなのか」を自発的に考える力を養うことを目指しているそうです。こうした機会の増加は、受刑者が自分自身で更生のヒントを見出す「考える力」の育成につながっています。

刑務作業も単なる義務ではなく「自律を促すための手段」と再定義しました。現在は、作業を一方的に課すのではなく、その作業が社会でどのような意味を持つのかを伝え、受刑者自身に具体的な目標を立てさせています。高い技術を要する製造作業から単純な梱包作業まで、自ら決めた目標に向かって取り組むプロセスは、受刑者が社会とのつながりを再確認する重要な契機となっています。

熊本刑務所の受刑者

さらに、所内にある工場のうち高齢化が進んでいる場所では、作業療法士が半年に一度、認知機能や身体機能のアセスメントを行っています。その結果に基づき、個々の能力に合わせてカスタマイズされた処遇が徹底されています。たとえばパズルのピースの大きさや塗り絵の細かさなどの調整をしているそうです。画一的な処遇ではなく、一人ひとりのできることに焦点を当てた緻密なサポートが、受刑者の尊厳を守り、自律的な更生を支えるための土台となっています。

出所の見通しが立たない受刑者と向き合う刑務官

無期懲役受刑者を担当する刑務官
無期懲役受刑者を担当する刑務官

このような方針を受けて、刑務官はどのように受刑者と向き合っているのでしょうか。

無期懲役受刑者を担当する刑務官にとって、出所を前提とした指導を行うことは困難です。現場では、将来の不確かな希望を軽々しく口にできない難しさがある一方で、受刑者が自暴自棄にならず、前向きに日々を過ごせるようなアプローチが求められます。そこで刑務官が意識しているのは、「頑張れば叶えられる、近い目標」を持たせることです。

具体的には、現在取り組んでいる刑務作業でより良い製品を作る、あるいは毎日の運動を継続するといった、一日単位で完結する小さな目標の積み重ねを促しています。特に熊本刑務所では、肥後象嵌(ひごぞうがん)や剣道防具といった高度な伝統工芸技術の継承が行われています。これらは長い年月をかけて作業に向き合う長期受刑者だからこそ成し得るものです。

自分の作った製品が社会で喜ばれることを通じ、受刑者は「誰かのために」という視点や、技術を習得したいという意欲を育んでいきます。こうした作業を通じて受刑者が人間としての誇りを取り戻し、自らの罪と向き合い続けられるよう、刑務官は日々伴走し続けています。

無期懲役受刑者の本音

無期懲役受刑者
無期懲役受刑者

熊本刑務所に収容されている無期懲役受刑者は、殺人や強盗致死といった重大な過ちを犯した人々です。彼らの中には何十年も服役し、一生をここで終える可能性と向き合い続けている受刑者も少なくありません。熊本刑務所に収容されている受刑者はどのようなことを考えながら生活を送っているのでしょうか。殺人という重大な過ちを犯し、服役生活が35年に及ぶ77歳の受刑者に話を聞きました。

その受刑者は逮捕直後、弁護士から「無期懲役か死刑しかない」と告げられました。そのため一生を塀の中で終える覚悟は当時から固まっていたといいます。「本当は社会復帰したい」という本音を漏らしつつも、被害者や遺族が味わった苦しみや心の傷を思えば、「自分はこの中で生活できるだけでも救われている」と静かに語ります。

彼にとっての更生とは、「まっとうな人間として周りから見られるような生活をすること」です。現在は刑務作業のミシン縫製に従事しており、その技術を活かして、困っている場所にハンカチやタオルを寄付するようなボランティア活動をしたいという願いを持っています。受刑者が抱く社会貢献への想いは、出口のない日々の中で唯一の光となっています。

地域と共に立ち直りを支える刑務所へ

熊本刑務所 石井弘幸 所長
熊本刑務所 石井弘幸 所長

かつて刑務所は、社会から隔離された場所であり、見えない存在であることが当たり前とされてきました。しかし、熊本刑務所は、刑務所を単に刑を執行する「最後の砦」で終わらせず、社会復帰後の居場所を見据えた「再犯防止を考える拠点」に変わりつつあります。

その歩みは、地域への還元として現れています。たとえば、熊本市内の中学校からの依頼を受け、教師や生徒指導担当者を対象とした「リフレクティング研修」を実施しています。刑務所で培ってきた対話の知見を教育現場へ提供しているそうです。

また、被害者支援団体が主催するチャリティイベントへの参加や、一般市民と共に語り合う「まちなかリフレクティングトーク」への職員の派遣など、塀の中の対話を塀の外へと広げる活動を積極的に展開しています。

こうした地域とのつながりは、一朝一夕に築かれたものではありません。2016年の熊本地震の際には、刑務所施設の一部を避難所として開放し、地域住民を受け入れた歴史もあります。熊本刑務所の石井弘幸所長は、「街の中にある刑務所として、地域住民の理解と信頼なくして自分たちの仕事は成り立たない」と断言します。

熊本刑務所
熊本刑務所

現在、熊本刑務所では「地域連携プロジェクト」を立ち上げ、大学院やNPO法人、保護観察所、地域生活定着支援センター、精神保健福祉協会といったさまざまな専門家や機関と強力なネットワークを構築しています。受刑者が孤独にならず、社会に頼れる場所があること。そして、地域社会が「排除」ではなく「対話」を通じて立ち直りを支えること。その双方向の歩み寄りが、今の熊本刑務所を動かす原動力となっています。

(TEXT/小嶋 麻莉恵)

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