
NISAやiDeCoは、本当に私たちの老後を守ってくれるのだろうか。日本では「老後2,000万円問題」をきっかけに資産形成への関心が高まり、新NISAやiDeCoを利用する人は年々増えている。しかし、投資制度が充実したからといって、老後の不安そのものが消えたわけではない。本稿では、日本のNISA・iDeCoの役割を整理したうえで、2027年から新たな年金投資制度を導入するドイツの年金改革を取り上げる。
かつて「福祉大国」と呼ばれたドイツでは、年金受給開始年齢の引き上げ、公務員年金との格差、高騰する介護費など、制度そのものの持続可能性が問われている。ドイツで起きている変化は、日本にとって決して他人事ではない。
老後を「国が守る時代」から「自ら備える時代」へと移り変わるなか、私たちは何を準備し、何を信頼すべきなのか。そのヒントをドイツの現状から考えてみたい。
<目次>
老後は「自己責任」の時代へ

筆者が先日スーパーで買い物をしていた時のことだ。私の前にレジに並ぶ初老の女性が買ったものに目をやると、全て30%の値引きシールが貼ってあった。もちろん、節約を楽しみ、質素な暮らしを選ぶこと自体は何も悪いことではない。
だが、もしその慎ましい買い物が、長年懸命に働いてきた末に「そうせざるを得ない」現実だとしたら――。そう考えた瞬間、胸の奥に言いようのない違和感が広がった。

2023年の朝日生命保険の行なった「自分の老後・介護についてのアンケート調査」によると、84.4%の人が「お金が足りなくなること」を一番の心配事として挙げている。
具体的に老後にはいくら必要かについて聞かれると、2,000万以上と答える人が半数を占める。実際行なっている老後預金の準備として、預貯金や個人年金保険のほか、NISAなどの投資信託、iDeCoをあげた。
世界状況が混乱し景気が悪化するなか、老後資金に不安を募らせるのは日本人だけではない。安心・安定をくれる貯蓄額は、良くも悪くも今後の人生に直結する。だが皮肉なことに、銀行に預けていれば安全という時代は既に終わった。世界のどこで暮らしていようと、不安はつきまとう。
日本では新NISAの開始以降、NISA口座数は大きく増加し、iDeCoの加入者も増え続けている。メディアが「老後2,000万円問題」を報道して以来、資産形成について議論することが身近になった。一生働けば老後は安泰とは言い切れない時代を迎え、お金や資産形成についての情報に関心を寄せる人は着実に増えている。
NISAは「投資」、iDeCoは「私的年金」
| NISA | iDeCo | |
| 目的 | 資産形成全般(投資) | 老後資金 |
| 歴史 | 2014年に誕生、新NISAは2024年 | 2001年に開始、個人型は2002年開始 |
| 運用 | 途中でいつでも引き出せる | 60歳まで原則引き出し不可 |
| 課税 | 運用益が非課税 | 掛け金・運用益・受け取り時の3段階で税制優遇 |
NISAとiDeCoは国の目的も制度も全く違うが、共通していることはある。それは「国が私たちの老後を守ってくれる主体的制度」から「自己責任」に切り替わったことだ。自発的資産形成を促す制度であり、任意加入である。
NISAの場合
NISAを推進する国の目的は投資を国民に普及させ、自立させること。日本では銀行預金が1,000兆以上眠っているとされ、政府はこの眠ったままの預金を投資に回させることで、株式や投資信託へ回すことを目的に開始した。
2024年には新NISAに大改革が行われ、5年間や20年間の期限が取り払われ、これらの非課税期間が無期限になる。生涯投資枠が1,800万円までになった。仮に将来300万円の利益が出ても、運用益が非課税なので、税金およそ60万円がかからない。
資産が増えやすいのだ。特に新NISAが始まった2024年以降、若い世代の利用が大きく伸びている。利息の増えない銀行口座にお金を預けるより、NISAに積み立てた方がよっぽど利益が取れると踏んでいるのだろう。
iDeCoの場合
一方iDeCoの場合は公的年金を補完することを目的に創設された制度だ。将来、公的年金だけでは十分な老後資金を確保できない可能性を踏まえ、個人でも年金を積み立てられる制度として誕生した。厚生年金や国民年金「上乗せ」する私的年金という位置付けである。
上記のように、税金が3回優遇されるのがiDeCoの最大の特徴。まず積み立てる時、月々の掛け金が所得控除になる。たとえば年収700万円の会社員なら、税金が数万円から十数万円安くなることもある。
運用中には、その利益にも税金がかからない。60歳を超えて貯蓄を受け取る際、退職所得控除、公的年金控除などが使える。60歳までは原則引き出せないのがNISAとの大きな違いだが、毎年所得税が安くなる。全く手をつけないことにより、老後に必要な数百万円から数千万円規模の資産になる可能性もある。
近年は急速に利用者が増えていて、NISA口座数は約2,800万口座(2025年末時点)、NISAの資産総額は約71兆円とされる。iDeCoの加入者は2025年前後で約370万人規模まで増加した。
「国が老後を全て支える時代」から、「資産形成を自己責任で担う時代」へのシフトチェンジを象徴する両制度。一方で本当にこれらの投資だけで老後は守れるのだろうか、その答えを考えるヒントが、私の住むドイツで起きている。
遠のく年金受給年齢──公務員と労働者を分かつ老後格差

2026年6月24日に年金制度見直し案が可決され、2027年1月から新しい年金投資デポー制度(Altersvorsorgedepot/年金口座)がドイツで導入される。たとえば1ユーロを預けると、その半分の50セントが上乗せられる「補助金」が国から出る。公的年金を補完するための自助制度という点では、日本のiDeCoに近い制度といえるのでないだろうか。
ドイツで老後の資産形成が大きく見直されている背景には、インフレだけでは説明できない事情がある。その根底には、公的年金制度が抱える「3つの不都合な真実」が課題として浮かび上がっているのだ。
第1として挙げられるのが「年金受給開始年齢の引き上げ」。かつてドイツの年金支給開始は「65歳」が当たり前だった。しかし、現在は段階的な引き上げがされる最中で、1964年生まれ以降の人は「67歳」からの支給となっている。それでも、制度を維持するには70歳への引き上げが必要だとして、経済学者や財界からはさらなる見直しを求める声も上がり始めている。
第2に挙げられるのが、市民の怒りの矛先となっている「公務員(Beamte)との圧倒的な不平等」である。一般労働者は毎月、給与から約18.6%もの高い年金保険料を労使で天引きされ、将来もらえる額面が現役時代の半分程度(年金水準約48%)。
一方、公務員は原則として公的年金(Rentenversicherung)には加入せず、独自の公務員退職年金(Pension)制度の対象となる。保険料の自己負担はなく、その財源は税金によって賄われている。支給額も、最終給与の最大約71.75%と一般労働者より手厚い。
「苦しい公的年金を支える側」と「昔から手厚く保護される特権階級」。この二重構造への不満は、景気悪化とともに今、明確な社会の分断と軋轢を生んでいるに違いない。 また、一部の州ではすでに公務員が公的保険に加入できる選択肢が導入され始めているが、義務化はしていない。
第3に挙げられるのが、どれだけ年金をテコ入れしても意味を成さなくさせる「介護保険(Pflegeversicherung)のブラックホール化」だ。ドイツでは今、老人ホーム入居時の自己負担額は上昇を続け、2026年1月時点で、全国平均「月額3,245ユーロ(約55万円)」という狂乱物価に達した。
日本人は介護保険があるから大丈夫だと思っているかもしれない。当然ドイツにも介護保険はあり、自身が今まで積み立てた公的年金で受け取れるおよそ月額1,500ユーロが給付されるが、生活が成り立たない。
入居した瞬間から赤字が確定し、補填するための残りの自己負担を支払うため、個人の資産・貯蓄は一瞬で溶け落ちる。必要とあれば子供の資産を調べられ、親のサポートを余儀なくされる。
もちろん、本人の資産が尽きれば、社会扶助による支援を受けることはできる。しかし、その支援は無条件の給付ではない。行政が立て替えた施設費は、本人の死後、遺産や持ち家などの資産から回収される仕組みとなっている。介護と年金は「連通管」のようだ。
さらに、国が推し進めるデポー(年金貯蓄口座)には留意すべき点がある。運用で資産を増やせば増やすほど所得控除という恩恵を受けるが、それはあくまで、税金の支払いを将来へ先送りしているだけに過ぎない。老後に年金として受け取る際、積み立ては「所得」とみなされ、より高い税率で課税されるリスクを孕んでいる。
加えて、銀行で口座を開けば「管理手数料」が差し引かれる。長期間の運用で複利が効くはずの利益は、その大部分が手数料として銀行が吸い上げる。制度を利用する際には、補助金や税制優遇だけでなく、受給時の課税や運用コストまで含めて総合的に判断する必要があるのだ。
福祉大国ドイツの過渡期から問いただす、本当の「豊さ」とは

かつて「福祉大国」として知られたドイツは、社会保険方式の先駆者として、手厚い医療や年金制度を構築し「働けば老後は国が支える」という安心感を国民に提供してきた。
しかし、現在はGDP世界第3位の経済大国でありながら、その福祉システムは崩壊しつつある。この衰退には外部環境の変化と内的な構造欠陥が複雑に絡み合っているが、特に深刻なのが「働くことのインセンティブ」が人々の間で失われている点だ。
日本とも共通する課題として、ドイツの現役世代が負担する社会保険料(健康保険、年金、失業保険、介護保険の合計)は給与の約40%に達しつつあり、家計への負担は年々重くなっている。
さらに、この不満を決定的にしているのが「公平性の崩壊」。移民社会化が進む中、住宅手当や児童手当、光熱費補助といった複数の公的支援を組み合わせた受給額が、低賃金労働者の手取りを上回るケースが見られる。
生活保護にあたるこの「市民手当 (Bürgergeld)」は世帯人数によって計算されるため、子供が多いほど世帯の必要生活費として家賃補助などの支給額も繰り上げられる。
そうした制度の「穴」を突くような運用が可視化されるにつれ、納税者の間には「働いても意味がない」という根深い不信感が広がりつつある。極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の台頭という形により、政治的な分断を招いている。
グローバル化した労働市場と移民社会という現実に対し、もはや従来の福祉モデルは制度の持続可能性や公平性という課題に直面しているといえるだろう。GDPの大きさだけでは測れない「豊かさ」とは何か──。ドイツが抱えるこうした問いは、日本にとっても決して無関係ではない。福祉のあり方や、私たちが目指す豊かさについて、改めて考える必要があるのではないだろうか。
ドイツで起きている変化は、日本の年金・福祉制度を私たちがどこまで信頼できるのかという問いを投げかけている。将来を正確に予測することは誰にもできない。しかし、不確実な時代だからこそ、できる備えは早いうちから始めておきたい。そのために意識したいのが、「3つの盾」である。いずれも明日から実践できる、現実的な備えだ。
1. 経済的な盾
「投資」を特別な行為だと思わないこと。まずは、銀行の預金口座からNISAやiDeCoへ、給与振込の翌日に自動で定額が振り替わる設定を完了させる。そして、そのお金を「最初からなかったもの」として生活設計を組み立ててみてほしい。数十年後、この自動化された小さな積み立てが、あなたの夢と選択肢を守る最強の防御壁になる。
2. 社会参加という盾
自分の「税金の使い道」にもっと関心を持とう。「政治は自分とは遠い世界の話」という思考こそが、最も危険なリスクだ。選挙のたびに、年金・介護制度について各政党がどのような方針を掲げているか、候補者の政策を一度検索してみるだけでも良い。歪んだシステムを黙って見過ごさず、一人の納税者として関心を持ち、意思表示をすることが制度を健全に保つための最初の一歩だ。
3. 健康という資産
最も利回りの高い「自分への投資」を今日からでも始めよう。 将来、医療制度がどう改革され、どれほどの自己負担を強いられるようになるかは誰にも分からない。
しかし、確かなことがある。それは「健康な肉体は、どんな経済的危機をも凌駕する資産である」ということだ。情報を精査し、自分にできる範囲で体を動かす。加工食品を減らしたり、口に入れるものに気を配る。そうした日々の健康への投資こそが、老後の治療費を削り、誰にも奪えない最後の盾となるのではないだろうか。
私たちの老後は、国や誰かに委ねるだけで守られるものではない。制度を知り、自ら備え、社会のあり方にも目を向ける。その積み重ねが、自分自身の暮らしと尊厳を支えることにつながる。将来は誰にも予測できない。だからこそ、「今日から始める」という小さな一歩が、未来を大きく変える力になると信じたい。





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