
「出世したいとは思わない」
「高級車にもブランド品にも興味がない」
「結婚やマイホームも急がない」
かつては「豊かさ」の象徴とされたものに、若い世代が以前ほど価値を見いださなくなっています。一方で、推し活や旅行、趣味など、自分が本当に好きなことには惜しみなく時間やお金を使う人も少なくありません。
では、本当に欲望そのものが失われてしまったのでしょうか。今回は、40年以上にわたり若者の価値観や家族社会学を研究してきた、中央大学文学部教授の山田昌弘さんに話を聞きました。
<目次>
「一番」を目指さなくなった若者たち

「最近の若者は欲がない」と言われることがあります。しかし、山田さんは「若者から欲望が消えたのではなく、向かう先が変わっただけだ」と指摘します。
「平成以降、特にバブル崩壊後から、高いものを買おうとか、人と競争して一番になろうという意識は弱くなってきました」
昭和からバブル期にかけては、「いい大学に入り、いい会社へ就職し、出世して豊かな暮らしを手に入れる」という成功モデルが広く支持されていました。高級車やブランド品、大きな家を持つことは努力の成果であり、確かな社会的ステータスだったのです。
しかし、バブル崩壊後の平成に入ると、その価値観は大きく変化していきます。山田さんは、当時の状況を次のように分析します。
「高いものを買おう、人と競争して一番になろうという意識は徐々に弱くなっていきました。その象徴と言えるのが、SMAPが歌った『世界に一つだけの花』です。ナンバーワンではなく、オンリーワン。他者と競争して勝つことよりも、自分らしさを追求する方向へ価値観がシフトしたのです」
他者との比較ではなく、自分が納得できる生き方を選ぶこと。この価値観の変化は、現代の消費行動にも色濃く表れています。たとえば、お気に入りのカフェや旅行先での体験をSNSに投稿し、周囲からの「共感」を得ることに価値を見出す若者が増えました。
「高いものだから価値があるのではなく、自分らしいものだから価値がある。そういう時代になっています」
では、なぜ競争そのものを避ける若者が増えたのでしょうか。その背景には、社会環境の大きな変化があると山田さんは指摘します。
「頑張っても、それほど意味がないのではないか。今の若者の間には、そんな感覚が広がっています」
かつての高度経済成長期は、努力がそのまま生活水準の向上に直結する時代でした。
「当時は社会全体が成長していて、上の世代を追い越すことも難しくありませんでした。『頑張れば報われる』という確かな実感があったのです」
しかし、長引く経済の停滞や人口減少、将来への不透明感のなかで、「頑張れば報われる」という前提は揺らいでいます。「頑張っても意味がないなら、自分らしく生きよう」と
考える人が増えるのも自然な流れと言えるでしょう。
もちろん、すべての若者が競争を避けているわけではありません。能力が高く向上心を持つ層は、今でも海外に挑戦したり、起業して高収入を目指したりしています。ただ、多くの若者はそうした相手に対しても、強い嫉妬や競争心を抱かなくなりました。「自分とは違う世界の人」と冷静に受け止め、自分の幸せとは切り離して考える傾向があるといいます。
「たとえば、結果を出すために必死で頑張ったとしても、大谷翔平選手のような特別な才能を持つ人にはかなわない。それならば、一生懸命に競争するのはコストパフォーマンスが悪い。そう考える若者も増えているのです」
「期待しない方が楽」という心理

若者の中には「欲しいものがない」というより、「期待しない方が楽」「望まない方が傷つかない」と答える人も少なくありません。この背景について山田さんは、「若いうちから自分の立ち位置を理解していること」が大きいと分析します。
「たとえば、恋人が欲しくても、難しいと感じれば、『別にいなくてもいい』と考えるようになります。これは諦めというより、自分の実力を見極めた結果とも言えます。いわゆるスクールカーストのような環境のなかで、自分はどの位置なのかを早くから理解しています。だから高望みをせず、自分に合った欲望の大きさを選ぶようになるのです」
かつてのように「努力すれば誰でも上を目指せる」という感覚は薄れ、「無理に競争しなくてもいい」という価値観が自然と身についているのです。
こうした「低欲望化」は、日本社会にとって良いことなのでしょうか。それとも悪いことなのでしょうか。
「社会学では、社会全体にとって良いことと、個人にとって良いことは一致しないと考えます。経済成長という大きな視点から見れば、消費や競争意欲の低下は確かにマイナスです。新しい挑戦をする人が減れば、社会全体の活力も失われていくでしょう」
一方で、個人の幸福を追求するという視点ではプラスの側面もあります。無理に競争せず、自分らしい生活を送り、犯罪も少なく、平和に暮らしている。個人にとっては必ずしも悪いこととは言えません。つまり、「低欲望化」は善悪ではなく、「誰の立場から見るか」によって評価が変わる現象なのです。
「欲望が弱い」のではなく、「幸せの形」が変わった

「若者は欲がない」
この一言で、現代の価値観を片付けることはできません。
ブランド品より趣味を楽しみ、出世よりもワークライフバランスを重視する人もいます。大きな成功を追うのではなく、日常の小さな満足を積み重ねることを選ぶ人も少なくありません。決して「競争から降りた」わけではなく、そこに根付いているのは、時代に合わせた新しい幸福観です。
ただし、個人の幸せが多様化する半面、国全体で見れば消費や挑戦の意欲が低下しているのも事実です。それが経済成長の停滞につながるという側面も否定できません。
だからといって、「最近の若者は」と一括りにするのは早計です。低欲望化の背景にあるのは、経済的な不安やSNS社会の疲弊、「自分らしさ」を模索せざるを得ない社会構造に他なりません。若者の姿は、決して個人の問題ではなく、いまの日本社会そのものを映し出す鏡だといえます。

山田 昌弘(やまだ まさひろ)さん
中央大学文学部教授。専門は家族社会学。「パラサイト・シングル」や「婚活」などの言葉を世に送り出し、日本の少子化や未婚化、格差社会の実態を鋭く分析し続けている現代家族問題の第一人者。内閣府・男女共同参画会議の民間議員などを歴任。主な著書に『希望格差社会』『新・家族のゆくえ』など。





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