
行政と仕事をしたことのある企業であれば、一度は下記のような戸惑いを感じたことがあるのではないでしょうか。
「行政は動きが遅い」
「いい提案をしているはずなのに、いまひとつ響いていない」
「なぜ、こんなに細かい報告が必要なのか」
「民間ならすぐに決められることなのに、なかなか話が進まない」
一方、行政側から民間企業を見ると、また違った景色が見えています。
「話は魅力的だが、本当に実現できるのか」
「自社の商品を売りたいだけではないか」
「期限や手続きを守ってくれるのか」
「事業が終わった後まで責任を持ってくれるのか」
つまり、行政と民間の間にある“ギャップ”は、どちらか一方の能力不足ではありません。そもそも仕事を<進める>際の前提や価値基準が異なっているのです。
行政と民間が本当の意味で共創を進め、官民連携によって地域課題を解決していくためには、相手を自分たちのやり方に合わせようとするのではなく、まずその違いを理解することが出発点となります。今回は、その“ギャップ”を乗り越えるための視点について解説し、官民連携促進の一助となれば幸いです。
<目次>
行政と民間は、それぞれ何を重視しているのか

民間企業では、売上や利益、顧客満足、意思決定のスピードが重視されます。「まずやってみる」「うまくいかなければ変える」という判断が合理的な場合も多々あります。
一方、行政が扱っているのは税金であり、サービスの対象は一部の顧客ではなく、市民・住民全体です。そのため行政には、成果だけでなく、プロセスの公平性、透明性、説明責任、適正な手続きが求められます。
民間であれば、経営者が「この会社の商品が良い」と判断すれば、その場で契約を進めることもできます。しかし行政では、「なぜその会社なのか」「他社にも機会はあったのか」「税金の使い方として適切なのか」を説明する必要があるのです。
行政が手続きを重視するのは、仕事を遅くするためではありません。誰かを特別扱いすることなく、公正に事業を進めるためなのです。また、時間軸にも違いがあります。行政の事業は、行政計画、予算要求、予算査定、議会での議決、事業実施という流れで進めていくため、担当者が良い提案だと感じても、すぐに実行できるとは限りません。
さらに行政は、失敗に対して慎重です。新しい取り組みで成果が出なければ、「なぜ税金を使って失敗したのか」と説明を求められるため、他自治体の事例や実績、リスクへの対応策を細かく確認するのです。
「行政は保守的だ」と決めつけるのではなく、そう判断する合理的な理由を理解することが、ギャップを越える第一歩となります。
行政との対話は「売る」ことから始めない

行政営業というと、自社の商品やサービスをどう説明するかを考えがちです。しかし行政側が知りたいのは、商品の性能そのものよりも、「その提案が自分たちの政策課題とどう関係するのか」ということです。
官公庁・自治体は、民間企業の「売り込もうとする態度」を<敏感に>感じ取るものです。自社の商品を買ってほしい、案件を受注したいという気持ちが前面に出れば、担当者はすぐに身構えてしまいます。
だからこそ、心から「行政課題の解決を一緒に考えたい」「それによって市民・住民の生活の質の向上に貢献したい」という思いを持って接していかなければなりません。その姿勢が伝わらなければ、ともに課題解決に向かうパートナーにはなれないのです。
そこで重要になるのが、まず相手を知ること。講演でも紹介してますが、自治体を理解するには、行政計画、予算書、報道発表を見ることが有効です。自治体が何を課題と認識し、どの政策を重視し、どの事業に予算を付けているかが見えてきます。
たとえば、自治体の総合計画に「観光客の滞在時間を延ばす」と書かれている場合、単に「当社の観光アプリを導入してください」と話すのでは弱いと思います。
「総合計画では滞在時間の延伸を目標とされているが、他都市では回遊施策によって成果が出ている。御市にも応用できるのではないか」と伝える方が、行政の課題に沿った対話になります。
行政との関係で大切なのは、「何を売るか」ではなく、「相手が何を実現したいのか」を理解することです。
「今、最も困っていることは何か」
「事業を進めるうえで難しい点はどこか」
「来年度に向けて、何を検討しているのか」
こうした質問から、本当の課題が見えてきます。そして、その課題に対して自社の技術や知識、他地域の事例を組み合わせます。営業ではなく、相談から案件が生まれるのです。
信頼は、小さな行動の積み重ねで生まれる

行政との信頼関係について、私は「恋愛に似ている」と話すことがあります。「相手の話を真摯に聞く」「約束を守る」「価値観を尊重する」こうした行動の積み重ねによって、信頼は少しずつ形成されます。
まず行政が企業を見る際に重視するのは、「この会社はきちんとしているか」という点です。
「打ち合わせ時間を守る」「提出期限を守る」「指定された様式で書類を出す」「問い合わせに早く答える」「受注した仕事を最後までやり切る」
民間企業からすれば当たり前のように見えますが、行政との仕事では非常に重要です。契約書や報告書、提出期限は、税金を適正に執行したことを説明するための証拠だからです。
逆に言えば、「あの会社に任せれば、最後まできちんとやってくれる」という評価が蓄積すれば、それ自体が大きな信用になります。行政との信頼は、一度の大きなプレゼンで生まれるものではありません。小さな約束を、何度も守ることで生まれるのです。
行政から業務を受託すると、定例会議や中間報告、進捗確認が多いと感じる企業もあるでしょう。「任せてもらったのだから、最後に成果を出せばよい」と思うかもしれません。しかし行政担当者は、事業を委託しても責任まで委託できるわけではないのです。
予定どおり進んでいるか、予算が適切に使われているか、仕様に沿っているか、想定外のリスクが生じていないかを把握し、上司や庁内、議会へ説明する責任があります。中間評価や進捗確認は「監視の場」ではなく、行政と民間が現在地を共有し、より良い成果に向けて軌道修正する場なのです。
特に重要なのは、悪い情報ほど早く共有すること。
「計画より二週間遅れている」
「原因はここにある」
「このままでは、この影響が出る」
「対応策としてA案とB案を考えている」
このように早い段階で共有すれば、行政側も一緒に対応を考えることができます。実際の行政事業では、予期せぬトラブルが発生することもあれば、庁内の別部署、議会、地域団体、関係事業者などから、さまざまな意見や“横やり”が入ることもあります。計画どおりに進まないこと自体は、決して珍しいことではないのです。
大切なのは、そうした局面で行政側を責めたり、契約範囲だけを盾に距離を置いたりしないこと。トラブルが発生しても、あるいはさまざまな横やりが入ってきたとしても、丁寧に、真摯に寄り添って対応していくことで、頼られる存在になれるのです。
そうした姿勢を積み重ねていくと、役所に顔を出した時に、「〇〇さん、いいところに来てくれたね。ちょっと相談があるんだけど……」と、胸襟を開いてくれる関係性になれます。これこそが営業の醍醐味です。
これは単に「仲が良い」ということではありません。「この人なら、難しい状況でも一緒に考えてくれる」「この会社なら、途中で逃げずに最後まで伴走してくれる」という信頼が生まれた状態です。問題を起こさないことよりも、問題が起きた時に誠実に向き合うことの方が、信頼形成には重要なのです。
「受注企業」から「政策パートナー」へ

これからの官民連携で求められるのは、単なる受注企業ではなく、行政と一緒に政策を前へ進めるパートナーです。
行政には、地域課題を把握し、公平性や公共性を担保する力があります。一方、民間には、専門性、技術、市場感覚、スピード、他地域の事例といった強みがあります。互いの違いを理解し、それぞれの強みを持ち寄ることで、初めて共創が成立するのです。
「当社の商品を導入しませんか」ではなく、
「この地域課題を一緒に考えませんか」
「発注予定はありませんか」ではなく、
「来年度、どの課題を重点的に解決しようとされていますか」
「当社には実績があります」ではなく、
「他地域ではこの方法で成果が出ていますが、御市でも応用できると思います」
前者の主語は自社であり、後者の主語は地域です。自治体案件を継続的に獲得する企業は、単に営業が上手いのではなく、行政にとって「一度相談してみよう」と思える存在になっているのです。
行政と民間のギャップは、完全になくす必要はありません。役割が違う以上、違いがあるのは当然だからです。重要なのは、その違いを対立の理由にするのではなく、互いの強みとして理解することです。
行政が手続きを重視する理由を理解する。時間軸を理解する。担当者が背負う説明責任を理解する。そのうえで民間は、情報、技術、専門性、実行力を提供する。そして、約束を守り、こまめに報告し、問題があれば早く共有し、事業後には改善策を一緒に考える。この積み重ねによって、関係は「発注者と受注者」から「相談相手」へ、さらに「政策パートナー」へと変わっていきます。
「行政とのギャップを越える」とは、行政を民間のやり方に変えることではなく、互いの違いを理解し、その間をつなぐことです。つまり自治体営業とは、案件を追いかける仕事ではなく、自治体と一緒に政策を育てる仕事なのです。


















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