写真で見るビクトリア刑務所(香港)「大館(Tai Kwun)」

香港島・中環(セントラル)の高層ビル群の中に、ひっそりと残されたレンガ造りの建物がある。かつて“域多利収押所”として知られたビクトリア刑務所だ。1841年8月に建設され、2006年に完全に廃止されるまで、香港初の刑務所として機能していた。
19世紀半ば、香港がイギリス統治下に置かれた時代に誕生したこの場所は、香港で初めて建設された西洋建築の恒久的な建物とも言われている。現在は文化施設「大館(Tai Kwun)」として蘇り、歴史を感じながらアートやカフェを楽しめる人気スポットとなっている。
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「大館(Tai Kwun)」には複数の入り口があるのだが、写真はHollyWoodRoad(ハリウッドロード)に面するPottinger Gate(ポッティンジャー・ゲート)。イギリス統治下に置かれていたこともあって出立ちは洋風である。

「大館(Tai Kwun)」の奥には、「監獄操場 PRISON YARD」と呼ばれる場所がある。囚人が運動・整列・点呼などを行うために使われていた場所。写真から見てわかるように、ビクトリア刑務所は市街地の中心地に位置し、周囲の住宅地からわずか数メートルの距離にある。セキュリティの強化と、囚人のプライバシーを守るために刑務所全体が高い壁で囲まれている。
壁をよく見ると三層構造になっており、警備の強化と逃走防止のために異なる時期に二度にわたって高さが増したと考えられている。

ビクトリア刑務所はいくつもの建物で構成されている。1910年に建てられたBホールは、赤レンガ造りで3階建ての長方形の建物。入り口のある正面には、鉄の門と2つの窓があり、1階、2階、3階に均等に配置されている。第二次世界大戦中に修復不可能な被害を受け、戦後に屋根だけ形を変えて再建された。屋根部分を除けば、元のままにほぼ保存されており、まるで20世紀初頭にタイムスリップしたかのような気分を味わうことができる。

Bホールには合計78の独房があり、いずれも非常に狭く、2畳ほどの広さしかない。当時のままの雰囲気、窮屈さを味わうことができる独房。

当時の囚人服と思われる服が展示されている。

当時、ビクトリア刑務所は過剰収容のため、1つの独房に3人の囚人を収容しなければならなかった。狭い2段ベッドとシングルベッドを置くと、独房には動き回るスペースがほとんど残らない。また、部屋にはトイレらしき設備がない。囚人はトイレ代わりにバケツへ用を足していたと言われている。

別の場所に、当時のトイレと思われる場所も展示されている。右側はトイレのように見えるが、左側は何の設備なのかはわからなかった。

遺体安置所は1970年代まで使われていた。刑務所で亡くなった人々の遺体は、検視官による検死のために遺体安置所へ運ばれる。当時、遺体安置所には冷蔵設備がなかったため、コンクリートのベッドに水をかけて遺体を一時的に低音に保つなど伝統的な方法で対処していた。

当時、放射線状に存在した建物のイメージ。

1858年から1862年に建設されたDホールと呼ばれる建物は、元の放射状計画刑務所の東棟だった。第二次世界大戦中に大きな被害を受けたものの、Dホールのみが無傷で残った。そのため、現存する数少ない初期の建物として、Dホールは「大館(Tai Kwun)」のなかでも最も注目に値する重要な歴史的遺跡のひとつである。独房の中に入って当時の囚人の気分を体感することができる。

廊下から独房の中を写したものだが、広さは2畳ほど。コンクリートで囲まれた部屋は非常に逼迫した空気感を感じる。


西洋と中国の建築要素が混在していたり、増築や修復が行われた時代の流れを感じられたり、時代背景や建築様式などの観点で訪れることも魅力のひとつ。


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