「紀州のドン・ファン」事件、二審も元妻無罪 大阪高裁が検察控訴を棄却

大阪地方裁判所

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家・野﨑幸助さん(当時77)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件の控訴審で、大阪高裁は3月23日、殺人などの罪に問われた元妻・須藤早貴被告(30)に無罪を言い渡した一審・和歌山地裁判決を支持し、検察側の控訴を棄却しました。これにより、一審に続いて元妻の無罪が維持される判断が示されたことになり、検察が最高裁に上告しなければ刑事責任を問えない形での幕引きとなる可能性が高まりました。

事件は2018年5月、野﨑さんの自宅で多量の覚醒剤成分が検出され、死因が急性覚醒剤中毒と判明したことから始まりました。覚醒剤は注射ではなく経口摂取されたとみられ、入手経路や摂取の経緯が長年の謎とされてきました。須藤被告は、野﨑さんに致死量の覚醒剤を何らかの方法で飲ませて殺害したとして逮捕・起訴されましたが、一貫して「殺していない」「覚醒剤を摂取させていない」と無罪を主張してきました。

一審の和歌山地裁は2024年12月、「被告が殺害したとするには合理的な疑いが残る」として無罪を言い渡しました。判決は、須藤被告が覚醒剤売人に連絡し、封筒を受け取った事実は認定した一方で、その中身が本物の覚醒剤だったとまでは断定できず、「氷砂糖だった可能性も否定できない」と指摘しました。

また、インターネット上で「完全犯罪」「覚醒剤 過剰摂取」「覚醒剤 死亡」などの検索履歴が見つかったものの、「殺害計画がなければありえない内容とはいえない」とし、行動全体から直ちに殺害の準備行為とは認めませんでした。さらに、野﨑さんと長年交際していた女性が「死亡の数週間前に、本人から『覚醒剤やってるで』と電話があった」と証言していた点について、裁判所は「死因が覚醒剤中毒である以上、冗談と決めつけることはできず、本人が自ら覚醒剤を使用した可能性もある」と評価しました。

そのうえで、野﨑さんは人脈や行動範囲が広く、経済的余裕もあったことから、自らまたは第三者を通じて覚醒剤を入手した可能性を排除できないとし、「自殺以外の目的で覚醒剤を使用し、誤って過剰に摂取した可能性がある」と結論づけました。こうした判断を総合し、地裁は「疑わしきは罰せず」の原則を貫いて須藤被告を無罪としました。

これに対し検察側は、一審判決には重大な事実誤認があるとして大阪高裁に控訴し、2025年12月の控訴審第1回公判で「状況証拠を個別に評価しすぎており、重ね合わせたときの推認力を過小評価している」と主張しました。

覚醒剤の密売人との接触、致死量を超える覚醒剤の注文と受け取りとされる行為、多数の検索履歴、死亡当日に1階と2階を何度も往復した行動などを総合すれば、「犯人は須藤被告以外にありえない」と訴え、一審判決の破棄と有罪認定を求めました。一方、弁護側は「この程度の証拠で有罪とされる社会であってはならない」として、裁判員裁判による一審の判断を支持し、控訴棄却を求めていました。

「疑わしきは罰せず」の維持と今後の焦点

大阪高裁の村越一浩裁判長は判決で、「野﨑さんに不審感を抱かせることなく、致死量を超える覚醒剤を覚醒剤と知られずに摂取させることは、不可能ではないが容易にやり遂げられるものではない」と指摘しました。須藤被告の検索履歴についても、覚醒剤による殺害を考えた行動とみる余地はあるとしつつ、「少なくとも明確な殺害計画を立てていたとまでは認定できない」と判断しました。

また、「多数の状況証拠が複雑に絡み合う事件だが、一審はそれぞれが持つ推認力を慎重に吟味し、『常識に照らして間違いない』といえる心証には達しないとして無罪を言い渡した」と評価し、一審の事実認定に「不合理な点はない」と結論づけました。

判決は、検察側が求めた新たな証人尋問や証拠調べの請求をすべて退けたうえで、一審同様に間接事実の積み上げだけでは有罪認定に必要なレベルの「合理的な疑いの排除」に至らないと明言した形です。刑事司法における「疑わしきは罰せず」の原則が、裁判員裁判の判断を含めて高裁レベルでも改めて確認されたともいえます。

一方で、野﨑さんの死の真相は依然として明らかになっておらず、覚醒剤の入手経路や摂取の経緯など、多くの疑問が残されたままです。検察側が最高裁に上告するかどうかが今後の焦点であり、上告が見送られれば元妻の無罪が確定し、事件は「犯人不明」のまま刑事手続き上の決着を迎える可能性があります。
長年社会の注目を集めてきた「紀州のドン・ファン」事件は、事実解明の困難さとともに、状況証拠をめぐる刑事裁判のあり方に重い課題を投げかけていると言えます。

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