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- 網走刑務所とはどんな場所?現役職員に聞いた歴史と受刑者の今

強固な警備体制で知られていたり、凶悪事件の受刑者が収容されているというイメージがある網走刑務所。映画やドラマなどの影響で、どこか怖い印象を持っている方も多いかもしれませんが、「実際はどんな場所なんだろう?」と気になったことはありませんか?
「網走刑務所ならではの特徴は?」
「どんな受刑者が収容されているのか?」
「受刑者の生活の様子が知りたい」
そんな疑問に答えるべく、網走刑務所で働く現役の職員にお話を伺いました。
<目次>
網走刑務所の概要
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網走刑務所は、北海道網走市にある法務省矯正局北海道矯正管区に属する矯正施設です。女満別空港から近く、網走湖沿いの広大な敷地に位置しています。非常に長い歴史を持つ施設であり、老朽化に対応するための改修工事が段階的に進められているものの、建物、設備等の維持管理に課題も抱えている状況です。
網走刑務所の沿革

網走刑務所は、明治23年(1890年)に釧路監獄署のもと「網走囚徒外役所」として開設されたのが始まりです。その後も「網走囚徒宿泊所」「釧路集治監網走分監」「網走監獄」など、時代の流れとともに名称が変遷し、1922年(大正11年)、現在の網走刑務所に改称されました。2025年には、開設から135年を迎える歴史ある矯正施設です。
近隣にある「博物館網走監獄」には、昭和6年(1931年)当時の網走刑務所の収容棟などが移築されており、昔の姿を見ることができます。現在の庁舎は平成2年(1990年)に落成式が行われ、築30年以上が経過していますが、目立った老朽感は見受けられません。
ただし、外塀の老朽化が指摘されている箇所もあり、平成27年(2015年)に耐震改修工事が行われたほか、令和5年(2023年)から全9期での改修工事が計画されており、一度にすべてを解体できないため、仮設の塀を設置しながら部分的に進められています。
全9期計画のうち第2期が終了し、第3期工事は2025年度以降に再開される見込みです。外塀に加え、旧正門も耐震措置が必要とされており、今後、工事が予定されています。現在は別途建設された新正門から出入りすることができます。
中央道路建設の歴史的背景
網走刑務所の長い歴史を紐解いていくと、令和の現在では想像できないような過酷な背景が浮かび上がります。
北海道の北東沿岸に位置する網走は、海の向こうに大国ロシアを臨む地理的条件から、国防の観点で注目されてきました。そのため、道内の交通網整備、とりわけ中央道路の建設が急務とされていたのです。
網走刑務所は、その中央道路の建設を囚人労働によって進める目的で設置された側面を持っています。実際に、網走から北見峠に至る区間の道路工事は、同刑務所に収容された囚人たちが担っていました。
囚人を労働力として活用することで建設費を抑え、仮に過酷な環境下で命を落とす者がいたとしても、それを「経費の削減」として捉える考え方が、当時には存在していました。これは、現代の価値観からすれば極めて非人道的な対応ともいえます。
施設の全体像
網走刑務所は、大きく分けて「本所」と「二見ヶ岡農場」の2施設で構成されています。二見ヶ岡農場は本所から約6.7km離れた場所にあります。
敷地の総面積は1,640ヘクタール。塀の中だけでなく、周囲に広がる緑地なども網走刑務所の所有地です。非常に広い土地を有していますが、その多くは自然林となっています。
かつては、二見ヶ岡農場のほかにも、切通農場と住吉農場が存在していました。これらの農場はすでに閉鎖されていますが、旧農場用地の有効活用については平成30年(2018年)頃から検討が進められてきました。現在、切通農場は網走市に、住吉農場は大空町にそれぞれ貸し出され、地域資源として活用されています。
切通農場では、網走市のリエントリー委員会を通じて複数の業者がカボチャやワイン・ジュース用ブドウを栽培しており、近隣の日体大付属高等支援学校の学生も農作業に参加しています。住吉農場では、果物やイナキビなどが栽培されています。
網走刑務所の受刑者の処遇

網走刑務所の収容定員は1,216名ですが、実際の収容者数は近年だと約340名前後。令和6年(2024年)の1日あたりの平均収容者数は396人でしたが、その後さらに減少しています。刑務所に収容される人員は全国的にも減少傾向にあり、網走刑務所も例外ではありません。これは犯罪発生率の低下を反映しているとされるため、必ずしも悪いことではないと捉えられています。
受刑期間や犯罪傾向
網走刑務所に収容されている受刑者の平均刑期は3年7ヶ月。刑期3年以下が全体の約半分で、5年以下を含めるとおよそ8割に達します。一方で、職業訓練や各種教育などの理由から10年以上収容されている受刑者もいます。
網走刑務所は一般処遇課程3及び4(以前の収容分類級B)に該当し、犯罪傾向が進んだ受刑者の収容を主としています。罪名としては、覚醒剤の使用や窃盗が全体の約7割を占めており、暴力団関係者も多数服役しています。累犯受刑者も多く、なかには10回以上再入所を繰り返している受刑者が20人もいます(令和6年12月31日現在の統計)。
拘禁刑導入と処遇の柔軟化
2025年6月1日から拘禁刑が導入されたことは大きなニュースにもなりました。拘禁刑とは、従来の懲役刑と禁錮刑を一本化した新たな刑罰です。なお、混同されやすい点ですが、拘禁刑の適用は2025年6月1日以降に発生した犯罪が対象です。それ以前の犯罪に関しては、改正前の懲役刑あるいは禁錮刑が引き続き適用されます。そのため当面の間は「拘禁刑」と「懲役刑または禁錮刑」の受刑者が混在することになります。
従来の懲役刑では、受刑者に刑務作業が義務化されていましたが、拘禁刑では受刑者一人ひとりの特性に応じて、作業の必要性が判断されます。網走刑務所においても、新たな法に則って柔軟な処遇が進められています。
高齢化に伴う医療対応

網走刑務所の受刑者の平均年齢は50.4歳で、高齢化が進行しています。そのため体調不良を訴えたり病気を患ったりする受刑者も増加しており、医療対応は重要な課題となっています。
網走刑務所が属している北海道矯正管区においては、札幌刑務所が医療重点施設に指定されています。受刑者の容態が思わしくなければ、医療重点施設よりもさらに体制が整備されている医療刑務所や、市内の一般病院に移送されるケースもあります。なお、治療により症状が改善すれば、網走刑務所に再度戻って収容されます。
また、一部の受刑者が他の受刑者の介護を担うこともありますが、全体の収容者数が減少している影響で、こうした対応が難しくなってきているのが現状です。
網走刑務所での受刑生活

網走刑務所の収容人数は定員を下回る状態が続いており、受刑者は基本的に単独室で生活しています。ただし、入所直後は刑務所生活に慣れる目的で、おおむね2週間程度は共同室が使用されることがあります。共同室に入る基準は特段設けられておらず、入所時点で共同生活に支障がないと判断された受刑者が対象となります。
居室には冷房設備はありませんが、スチーム暖房(パネルヒーター)は設置されています。北海道は厳寒の地ではあるものの、現在の網走刑務所では、施設の整備によりかつてほどの厳しい寒さは感じられなくなっています。
受刑者の食事環境や娯楽

網走刑務所の受刑者の日中の食事は11時40分頃から始まります。また、刑務作業や個々の体格等に応じて、ご飯の量やパンの大きさでカロリー調整を行っています。パンのサイズは主にA・B・Cの3種類です。立ち作業や身長が180cm以上ある場合など、パンが大きくなります。パンにあんを塗ってあんパン風にしたり、コロッケを挟んでコロッケパン風にしたりと、食べ方を工夫している受刑者もいます。

また、作業場の休憩スペースには備付書籍や娯楽用の道具(将棋など)が置いてあります。これらの貸与を受けて単独室に持ち込み、余暇時間を過ごす受刑者もいます。道具そのものに危険性はなく、昔と違って現在の受刑者は比較的性質が安定しているため、これらの道具を用いた攻撃や脱獄等の違反行為の発生は考えにくいようです。
刑務作業の内容

網走刑務所の作業場では、木工や金属加工など多様な作業が行われています。木工作業においては、網走の伝統民芸品・ニポポ人形やフクロウの彫刻などが製作され、隣接する施設で販売されることもあります。また、一部の作業は企業からの委託によるものです。前述のとおり、拘禁刑導入後は処遇の柔軟化が進み、受刑者の必要性に応じた作業が実施されています。

さらに、網走刑務所は広大な土地を保有しているため、造林など、他の刑務所では行われていないような刑務作業もあります。造林作業では山林で木を伐採し、製材して材木として売りに出されます。チェーンソーの使用は危険性もありますが、受刑者の特性を見て慎重に判断しています。
外塀での作業には雑草の刈り取りなど農作業に近い内容も含まれます。この刑務作業は、刑務所の中から出しても心配ないと判断された、信頼のおける受刑者に限って任されており、逃走の心配はほとんどありませんが、必要な警備は行われています。
周辺地域との関わりについて
犯罪者が収容されている施設は、一般社会から切り離されたようなイメージを持たれるかもしれませんが、網走刑務所は地域交流も盛んです。
網走マラソンのスタート地点

毎年9月に開催されているオホーツク網走マラソン。網走市街を抜け、能取岬、能取湖畔、網走湖畔などを巡るコースで、網走刑務所がスタート地点として設定されています。このマラソン大会は地域の一大イベントであり、観光客が訪れるきっかけにもなっています。
なお、網走刑務所敷地内にある正門も、観光客に人気の写真スポットです。この正門は2代目にあたりますが、それでも約100年の歴史を持っています。初代は市内の永専寺に移設されています。


敷地内にあった「三眺幼稚園」
約30〜40年前、網走刑務所の敷地内には「三眺幼稚園」という幼稚園が存在し、刑務所職員の子どもだけでなく、周辺地域の子どもたちも通っていたそうです。現在では敷地内に幼稚園はありません。
職員の宿舎には敷地内に7棟あり、その多くが利用されています。宿舎の利用は強制ではなく、市内等の近隣地域に住んでいる職員も多いです。また、施設の広大な敷地内には「北山墓地」という墓地があり、ここには職員と受刑者の両方が祀られています。

この橋を渡った先に網走刑務所があるのですが、「観光客車両は通行を禁じます」と立て看板があります。博物館網走監獄と間違えて渡ってしまったり、敷地内に車両で乗り込んでしまう方がいるため、注意書きが出されているようです。

なお、刑務所作業製品展示場もこの橋を渡った先にあります。
慰問コンサートで心のケアを
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矯正支援官Paix2(ペペ)さんが網走刑務所を訪問
2025年6月13日、網走刑務所講堂で慰問コンサートが行われました。実施したのは、全国の刑務所や少年院を訪問し続けている矯正支援官のPaix2(ペペ)のお二人。再犯防止や社会復帰支援を目的に、長年にわたり現場で活動を続けてきた存在です。
当日は講堂に受刑者が集まり、トークと歌に耳を傾けました。会場の空気は徐々にほぐれ、笑い声や手拍子が自然と生まれていきました。施設側としては、受刑者の秩序ある参加を前提に実施しており、立ち歩きや不適切な声出しなどは禁止。職員は体調不良者の有無や不測の事態が起きないよう、細心の注意を払って対応しました。
施設のルールや状況により、声出しの可否やパフォーマンス内容には違いがありますが、網走刑務所では許容できる範囲での反応が認められており、終始穏やかな雰囲気で進められました。
受刑者たちの声
慰問コンサートは受刑者たちにとって特別なひとときとなり、感想は一様にポジティブなものばかりです。
「ペペさんの歌詞に、過去の自分を重ねました。支援を貫いている姿を見て、出所後に何か協力できたらと思いました」
「刑務所でしか会えない存在というのが少し複雑ですが、今度は社会でペペさんのライブを見たいです」
受刑者の中には、少年院時代からペペさんの活動に触れてきた人もおり、長年の取り組みが彼らの記憶にしっかりと刻まれていることがうかがえます。
網走刑務所では、こうした慰問や外部との交流も、受刑者の社会復帰を支える重要な一環と捉えています。笑顔や前向きな言葉の裏には、反省と希望の両方が込められているのです。

<TEXT/小嶋麻莉恵>



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