
牛丼チェーン「すき家」などを展開するゼンショーホールディングスの創業者で会長の小川賢太郎(おがわ・けんたろう)氏が、4月6日に心筋梗塞のため死去しました。 77歳でした。 同社によりますと、葬儀は家族葬で執り行い、後日「お別れの会」を開く予定だとしています。 小川氏は1948年に石川県で生まれ、都立新宿高校を卒業後に進学した東京大学を中退し、牛丼チェーンの吉野家での勤務経験を積みました。 そこで得たノウハウを生かし、1982年に横浜市で「すき家」1号店を開業したのがゼンショーグループの出発点です。
2000年代前半のBSE(牛海綿状脳症)問題で米国産牛肉の輸入が停止されると、小川氏はオーストラリア産牛肉の採用に踏み切り、安定供給を確保しながら店舗網の拡大を進めました。 この対応が功を奏し、「すき家」は牛丼チェーンとして国内トップクラスのシェアを確立するに至りました。 一方で、グループ全体では「なか卯」や「ロッテリア」などの外食チェーンを相次いで買収し、牛丼以外の業態にも広く進出することで事業を多角化しました。 積極的なM&A戦略と標準化されたオペレーションを組み合わせることで、ゼンショーHDは外食企業として国内最大級の売上高を誇るグループへと成長しました。
成長の陰で問われた労務・品質問題と、残された課題
急成長の一方で、グループの店舗運営を巡っては、深夜・早朝に従業員1人で店舗を切り盛りする「ワンオペ」体制が象徴するように、過重な労働環境への批判が高まりました。 また、店舗での異物混入事案が相次いで発覚し、品質管理や安全対策の不備も指摘されました。 こうした問題を受け、同社は人員配置の見直しや研修強化などの改善策を打ち出し、現場の負担軽減と信頼回復に取り組んできました。
経営面では、2025年に小川氏が社長職を退き、次男の小川洋平氏が社長に就任し、創業家内での承継を進めました。 小川氏自身は会長としてグループ全体の方向性を示しながら、次世代への経営移行を支える立場に移っていたとされています。 一代で外食最大手グループを築き上げた小川氏の死去は、ゼンショーHDにとって大きな節目となります。 同社は、M&Aを軸とした成長モデルを維持しつつ、労務や品質といった足元の課題にどう向き合うのかが問われる局面です。 消費者の信頼と従業員の働きやすさを両立させながら、創業者が築いた基盤をどう発展させるのか、今後の経営のかじ取りが注目されます。








の看板-280x210.jpg)



-300x169.jpg)