食卓から始まる未来——万博が見せた「鑑賞」という名のテクノロジー

当選作品|ライティングコンテスト企画2025年9-10月(大阪・関西万博 第4回)

 2025年、大阪・関西万博が世界に問いかけるテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だ。壮大なテーマを前に、私は一つの小さな記憶を思い出す。それは、私が初めて作った、少しだけ焦げてしまっただし巻き卵のことだ。

 私の人生は、常に「評価」のまなざしに晒されてきた。ヤングケアラーとして精神疾患の叔父の世話をしていた子供時代、私は家事から隔離され、「何もできない子」と評価された。逆に、幼い頃から家族の家事一切を担わされてきた妻は、「できて当たり前」という減点評価の中で心をすり減らしてきた。私たちの経験は特殊ではない。現代社会は、学業、仕事、そして「多様性」という概念さえも、「良いか悪いか」で評価し、序列化する「評価疲れ」の深い霧に覆われている。

 この霧を晴らすヒントは、どこにあるのか。私はその答えを、万博のパビリオンの一つに見出した。

 大日本印刷(DNP)が出展する「静嘉堂文庫美術館 DNP Multisensory Museum™」は、単に国宝を「見る」だけの場所ではない。公式の発表によれば、このパビリオンは「鑑賞者と作品の『対話』を生み出し、多角的な『鑑賞』体験を提供する」ことを目的としている。最新のデジタル技術を用いて、作品が持つ歴史や、細部の質感、そして作り手の想いまでをも、五感で「味わう」ことができるのだという。
 これは、まさに私たちが家庭という最も身近な場所で実践しようとしていた哲学、そのものだった。

 私たちは、互いの家事を「評価」することをやめた。代わりに、ただひたすらに「鑑賞」し合うことにしたのだ。私が作った焦げただし巻き卵を、妻は「形が悪い」と評価せず、「苦手な料理に挑戦した、その一歩」として鑑賞し、「ありがとう」と言ってくれた。その一言が、私のコンプレックスを学びの喜びへと変えてくれた。
 この「鑑賞」という心のツールは、私たちの働き方、そして生き方を劇的に変えた。そして私たちは、この実践を社会に広げるため、小さな活動を始めた。家事を減点評価のタスクから、家族の生活を豊かにする創造的な技術へと、その価値を転換させる試みだ。

 私たちの活動は、万博が掲げるもう一つの大きなテーマにも繋がっている。それは「食」の問題だ。
 現在、日本では年間523万トンものフードロスが発生している。その多くは、形が不揃いな「規格外野菜」など、「評価」の基準から外れたものたちだ。しかし、「鑑賞」のまなざしで見れば、曲がったキュウリは「個性的」であり、見切り品は「どうすれば最高に美味しく救い出せるか」という創造力を掻き立てる最高の素材となる。家事を楽しむ文化は、フードロスを削減し、ひいては世界の食料問題という、万博の根幹をなす「いのち」の課題に直接貢献するのだ。

 大阪・関西万博の基本計画書には、目指す未来像として「一人ひとりが、自らの望む生き方を考え、その可能性を最大限に発揮できる社会」と記されている。私がDNPのパビリオンに見たのは、テクノロジーが人間の能力を代替する未来ではない。テクノロジーが、私たち人間が、他者の努力や挑戦、そして存在そのものを、深く「鑑賞」することを助けてくれる未来だ。

 万博は、世界中の最新技術が集う場所だ。しかし、私がそこで見た最も革新的な技術は、冷たい「評価」のまなざしを、温かい「鑑賞」のまなざしへと変える、心のテクノロジーだった。
 世界との繋がりとは、遠い国の文化に触れることだけではない。私たちが家庭の食卓で始めたこの小さな「鑑賞」の実践が、万博が示す未来像と、そして世界の誰かの「いのち」と、確かに繋がっている。その気づきこそが、私にとっての万博。さあ、次はあなたの番だ。そう実感できたことこそが、私にとっての、最高の万博体験なのである。

ライター:四つ足ライオン

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