三十路も半ば過ぎ、結婚してしばらく経った頃、急に異性の友達ができた。元々一匹狼で友達は少ないし、年齢を重ねる毎にわずかな付き合いさえも減っていた。彼とはまだ一度しか会ったことがない。あまりにもお互いの距離が遠すぎるのだ。

S君は山口県在住のユーチューバーだ。最初に見たのは、視聴者情報を頼りに山中の廃車を撮影していたところを車上生活者に話しかけられる、という動画だった。

彼のチャンネルはアングラな雰囲気で、B級スポットや奇妙で好奇心をかき立てられるような場所に単独潜入する内容の動画が多い。編集に頼らず、シンプルな構成で臨場感を際立たせている。動画の中ではあまり話さず、声が特徴的でどこか惹き込まれる。冒頭で「今からここに行きます」と宣言するや危険な場所を次々と踏破していくが、登山に関しては素人だという。

「彼は一体何者なんだ?」という好奇心がおさまらず、彼が10年以上も続けているブログに辿り着いた。高校卒業後は地元の工場等で働いていたこと、20代でNPO団体を立ち上げたこと、ヘヴィメタルバンドのギタリストとして地元で活躍したこと、やがて動画撮影に興味を持ったこと。繊細な文章で綴られた日々からは、感受性豊かで傷つきやすい、複雑な内面を持った青年像が浮かび上がった。

どこかシンパシーを感じ、彼が公開しているメールアドレスに連絡した。撮影のため全国を旅している彼に、地元に来たら多くの面白い場所を紹介したいことと、都会に出て来て活躍の場を探したら可能性が広がるのではないかという率直な意見を伝えた。

チャンネル登録者や再生数の少ない中、突然のファンメールは青天の霹靂だったに違いない。すぐに丁寧な返事が送られてきた。そして彼の動画を知った2週間後には、旅先の彼と通話する運びとなった。生まれて初めて耳にする山口弁に会話の間合いがうまく取れず緊張したが、S君は「あなたは楽天的やなぁ」と私を評価し、1時間以上会話に付き合ってくれた。以来、S君は私の「推し」かつ一番近くて遠い友人となった。

私は、S君の住んでいる山間の小さな街から1000キロ程離れた、千葉県の海辺の街で育った。都会に出ていくチャンスもなく故郷を離れられなかった田舎者だという点は、東西こそ違えど大きな共通点であろう。

S君は慎重で「あんた、何者なん」と私を知りたがったので、お互いの地元や生い立ちのことはしばしば話題に上がった。S君が田舎の末っ子長男で両親と実家住まいなのに比べ、私の幼少時代は社会の底辺にあり、そもそも両親の望みどおりに生まれた子供ではなかった。両親だけでなく祖父母の不和という深刻な問題を抱えた家族の元に育ち、21歳で公務員になって自立するまで、心身ともに安定した生活を送れなかった。私は過去を固く封印し、家族について誰にも話さなかった。

ところが、自らの半生をスマートフォンの向こうの彼に語っているうち、私は自分が酷く傷ついていることを思い出した。そして、本当に大切なものまで過去と一緒に葬り去ろうとしていたのに気づいた。

彼と話していると、かつて好きだった音楽(私もヘヴィメタルが好きだった)やファッションの趣味も甦ってくる。結婚してからは夫に気を使って、清楚で従順なイメージで自分を塗り固めようとしていた。それは本当に心が求めるものではなかった。その証拠に、独身の頃好んでいたようなクールなデザインの服を久しぶりに着てみると、私の気分は高まり満ち足りた。

過去とは経験した事実であり、完全に捨て去ってしまうことはできない。どんなに思い出したくなくても今を生きている自分の根底に存在し、生涯にわたって少なからず影響を与え続ける。

私と反対にS君は過去を大切にしていた。友人と撮影した古い動画を10年以上も公開し続けており、時々新しい試みをしてはさらに投稿するため、1万本以上の動画を抱えた彼のチャンネルは雑然とした印象だった。

私はチャンネルの改善点や展望について自分なりに知恵を出し、数ページの企画書まがいの代物を作り上げ、S君に送った。返事を見る限り彼は感心したようで、私たちは2時間も電話で語り合った。私はありったけの熱意を込めてアイディアを語ったが、長年ユーチューバーを続けてきたS君には思いの外、ゆるぎないプライドやこだわりがあった。彼の見解は常に効果を見据え冷静そのもので、私は1才年下の彼にすっかり舌を巻いてしまった。

結局、S君は可能な範囲でチャンネル内を整理したにとどまった。それでも少しずつチャンネル登録者と再生数が増えているのは、彼の才能が成せる業であろう。その後全国ネットのテレビ番組から動画提供を依頼され、一瞬ではあるが彼の撮影した動画が放送されたこともあったのだ。

S君は人生の先を全く急いでいないと言う。とにかく47都道府県をすべて旅したい、名声を手に入れたり結婚したりするのは、その夢を叶えてからでも遅くないと言い張る。彼の話によると、早期退職することを「ファイアする」と言うらしい。

動画撮影している仲間の一人が、そのうち公務員の仕事をファイアするつもりなのだという。さらに、地元で再会した妻子持ちの同級生もS君のライフスタイルを羨みファイアしたがっている。安定した収入もなく独身で、着の身着のまま軽バン一つで旅している彼の影響力は計り知れない。

「俺は金と安定を捨てて、自由を取ったんよ。みんな好きに生きればいいけえ」

そのうち私もファイアかな、と思う。

かくいう私も夫の仕事の都合で、あと2年足らずで九州に移住する予定だ。山口県のS君と友人になったのも、西日本人の気質に慣れておきたかったというのもある。

コロナ禍で、かねてから趣味にしていた占いの資格もいくつか取った。商売を始めるには全くの素人だが、ありがたいことに某所で占いの練習の機会を得ることとなり、スピリチュアル系でSNSも始めた。S君には敵わないが、私は私で新しい人生をスタートさせたい。

人のために尽くしてきたのだから後半ぐらいは、思うままに自由に楽しく生きても良いと思っている。誰もが一度きりしかない人生、たった一つの命を生きていくのだから。

安全な道が目の前にあるのにドロップアウトしたS君と、自力で生きていくことを強いられ安定を求め続けた私。過剰に飛び交う情報や多種多様なコミュニケーションツールが存在する時代だからこそ、距離や生き方の違いを超え奇跡的に出会えたのだ。これからも私たちは協力し、影響し合いながら生きていくのだろう。遠くから、お互いの行く先に成功を願って。

群馬県まで旅してきたS君に会いに行った。彼のチャンネルを知ってから2か月後のことだった。すっかり旅に汚れ、くたびれた服を着ているが、驚くほど美しい顔をした男だった。遠くない未来、最愛の人を見つけた彼の結婚式に招かれたいと私はひそかに思っている。 

ライター名:カイロセイ

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