生成AIなどの技術革新がもたらすものとは。テクノロジーの是非をアートで読み解く、森美術館「マシン・ラブ」展をレポート

キム・アヨン《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》2022年

2022年11月にChatGPTが公開されて以降、生成AI技術は急速な進化を遂げながら社会へ浸透していき、私たちに大きな影響を与えた。そうした現代社会を背景に制作されたメディア・アートの展覧会「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」が、六本木・森美術館で開催されている。

デジタル技術が日常のあらゆる領域に浸透し、拡張していく一方で、いつの時代も最新テクノロジーの登場と同時に浮かび上がるのが、技術を利用する側の道徳観や環境問題への課題、歴史的解釈、多様性などが置き去りにされていないかという疑問だ。さらに、飛躍的な成長を見せるテクノロジーはこれまであった人の職業を奪い、人智を超える能力を発揮する可能性には、脅威を感じるものもいるだろう。

こうしたテクノロジーと人間の関係を問い直す場として、メディア・アートの展覧会が果たす役割はますます重要になっている。身体性や空間との対話を軸に構成されるインスタレーションや、観客の動きに応じて変化するインタラクティブアートなど、体験を通じて思考を促す作品が増え、見る者の解釈や感情を引き出す仕掛けとして機能しているように思える。

本記事では、注目のメディア・アート展から、今の時代だからこそ生まれた表現を読み解き、テクノロジーとアートの新たな接点を探る。

<目次>

最新テクノロジーを用いたアート作品は、普遍性を写し出す鏡

「マシン・ラブ」展では、ネット空間にあるデータを素材にしたイメージメイキング(図像や画像を生成すること)や、デジタル空間で活動するアバターを用いた作品、ゲームエンジンや、AI、仮想現実(VR)を採用した作品など、さまざまなテクノロジーを用いた現代アートが約50点、展示されている。

アーティストが新しい表現を模索するなかでテクノロジーを用いて創造したメディア・アート作品は、人間の根幹にある普遍的な課題と向き合う感性を刺激し、人間とテクノロジーとの関係性について思索する想像力と視座を与えてくれる。

本展での展示内容は、純粋な現代アート作品のみならず、生物学、地質学、哲学、ダンス、プログラミングといった専門領域とのコラボレーション作品などと幅広く、デジタル社会が象徴するテーマを通じて、ジェンダー、人種差別、環境汚染といった社会課題にまで、問いを投げかけるものとなっている。

ビープル《ヒューマン・ワン》2021年
ビープル《ヒューマン・ワン》2021年
展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年
撮影:竹久直樹
画像提供:森美術館

会場に入るとすぐに目に入ってくるのが、デジタルアーティスト、ビープルによる作品《ヒューマン・ワン》(2021年)だ。4面のスクリーンで構成されたビデオ彫刻で、宇宙飛行士のような格好をした人物が、カラフルなデジタル空間を直進し続けている。一見ポップな作風だが、なぜこの人物は歩き続けているのか。

ビープル《ヒューマン・ワン》2021年
ビープル《ヒューマン・ワン》2021年
展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年
撮影:竹久直樹
画像提供:森美術館

この作品の特徴のひとつは、NFTの変化と同期した映像であり、その更新は永続しているという点だ。ビープルによると、「メタバースで生まれた最初の人間が、変わり続けるデジタル世界を旅する様子を表現している」という。有限な命と身体と共にある人間に対して、変わり続けるデジタル世界に生を受けたこの人物は、永遠に歩みを止めない。2次元の映像を立体的に表現したことで、物質性を伴っている点も興味深い。さまざまな示唆に富んだ作品である。

サンプリングした映像が、ネット社会への違和感を映し出す

ゲームエンジンによる制作を行っているのが、1999年生まれ、北海道出身のアーティスト、佐藤瞭太郎だ。Z世代ならではの感性で、インターネット上に流通しているデータ「アセット」を素材にした作品を制作している。

佐藤瞭太郎《アウトレット》2025年
佐藤瞭太郎《アウトレット》2025年

映像作品《アウトレット》は、本展の中でも際立ってシュールな世界観を放っている。都市郊外にあるアウトレットを舞台に、兵士や少女、動物などが繰り返し登場するのだが、不自然な立ち振る舞いや無機質な表情は、リアルな造形とのギャップで、より異質さが際立っている。

同映像作品に登場する3Dのキャラクターは、ネット上で入手できる、均一化され記号された素材だ。それを再構成することで、安部公房の作品性を思わせる不条理で非現実的な物語が生み出されている。日常的にインターネットを利用する現代においての、身体性の意義や人間の存在意義、あるいはマニュアル化・画一化された社会への批判的な眼差しとも取れるだろう。

佐藤瞭太郎《アウトレット》2025年
佐藤瞭太郎《アウトレット》2025年 展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館

現実と非現実が交錯する。仮想現実をつなぐ装置である空間へ

台湾出身のシュウ・ジャウェイ(許家維)による作品《シリコン・セレナーデ》(2024年)は、展示スペースに入ると、円弧状に配置された複数のディスプレイと、揺れるVRヘッドセットが設置されていて驚かされる。ジャウェイは、各地域の政治や産業の歴史を、ときには地質学的なスケールで掘り下げ、リサーチした内容を作品に反映している。

シュウ・ジャウェイ(許家維)《シリコン・セレナーデ》2024年
シュウ・ジャウェイ(許家維)《シリコン・セレナーデ》2024年 展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館

本作は、現代のデジタル・テクノロジー製品には不可欠な半導体集積回路(IC)の素材となる、半導体ウエハーシリコンが砂浜から採取できることに着想を得た作品で、最新テクノロジーを素材レベルから考察するものだという。

シュウ・ジャウェイ(許家維)《シリコン・セレナーデ》2024年
シュウ・ジャウェイ(許家維)《シリコン・セレナーデ》2024年 展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館

ヴァーチャルな海辺の映像に、水中のチェロの演奏シーン、AIチップの研究場面などと共に、生成AIによる音楽が流れている。ゴーグル自体の揺れと映し出される映像は同期しており、現実と非現実をシームレスにつなぐような感覚をもたらす。一目しただけで作品テーマを察することは難しいが、VR(仮想現実)を通じて、空間自体が体験する装置として機能している。その没入感によって作品性を直感的に感じ取れる、魅力的なインスタレーションとも言えるだろう。

総括するにふさわしい。壮大なチャートが展示を締めくくる

本展は森美術館の高い天井と、広い会場を生かした展示構成となっている。これだけの大型の映像作品やインスタレーションを、都内の美術館で一挙に鑑賞できる機会はそうない。メディア・アートの権威ある賞を受賞した作品など、話題作が一堂に会した充実した内容だ。

これらの展示の最後を締めくくるのは、AI研究を国際的にリードするケイト・クロフォードと、情報通信技術(ICT)の研究者でアーティストのヴルダン・ヨレルが協働し、科学やデザイン、アートにまたがる調査を視覚化した《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》(2023年)だ。16世紀以降のテクノロジーと権力の関係性を「地図」として描いた、壮大なスペクタクルが広がっている。

ケイト・クロフォード、ヴラダン・ヨレル《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》2023年
ケイト・クロフォード、ヴラダン・ヨレル《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》2023年 展示風景:「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」森美術館(東京)2025年 撮影:竹久直樹 画像提供:森美術館

多分野を越境してまとめられた系譜は、多様な生態系を見ているようでもあり、進化の痕跡と紐付いた宇宙の神秘を追体験するようでもあり、歴史的、政治的な権力構造を批判するもののようでもある。会場全体の振り返りの場としても機能しているのだろう。

アートをどう見るか。違和感が解釈の手がかりに

現代アートに接するとき、「よく分からない」という感想を抱くことは決して珍しくはない。単に視覚的な快楽を提供するエンターテインメントとは異なり、多くの現代アートを鑑賞するにあたって必要になってくるのが、各々による“解釈”だ。ではアートで感じた違和感や驚きを、どのように解釈するか。その鍵となるのが、自身の経験や知識、価値観を作品に投影する想像力だ。

たとえば、フランスを代表するアーティスト、クリスチャン・ボルタンスキーは、ユダヤ系の父を持ち、幼少期に強制収容所の話を聞いて育った。その生い立ちから、「ホロコースト」の歴史は、作品制作に大きな影響を与えている。

過去のインタビューでボルタンスキーは、「私の生命と芸術はホロコーストに結びついています」「日本人が実体験していない過去なので、震災など他の経験を通して、私の作品を読み取るでしょう」と語っている。つまり、鑑賞者自身が経験した記憶や個人的な関心などを作品に投影することで、作品から感じる印象や驚き、違和感についての、その人なりの解釈を得ることができる。

その際、前提として知っておきたいのが作品のテーマやコンセプトだ。実用的な製品と違って、アートには必ず作者が設定したコンセプトがある。そこから作品のメッセージを読み取り、自由な解釈を通して、想像力の羽を広げられるようになると、アート体験は俄然面白いものになる。音声ガイドの貸し出しも行っているため、それを参考にするのもいいだろう。

デジタル社会を迎えて久しいいま、ハイテクなメディアを使った作品を会場で直接体験するというアナログな行動自体が、最新技術へのアンチテーゼとも言えるだろう。不安定な時代に生きる私たちに多角的な視座を与えてくれる機会となるはずだ。なお、会期は2025年6月8日(日)まで。

##参考資料

・総務省 寄稿論文「AI 脅威論の正体と人とAIとの共生」栗原 聡(慶應義塾大学)

・『日本メディアアート史』(馬定延 著/出版社:アルテスパブリッシング、発売日:2014/12/20)

・『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。—未来を思索するためにデザインができること』(アンソニー・ダン (著), フィオーナ・レイビー (著), 久保田 晃弘 (監修), 千葉 敏生 (翻訳)/出版社:ビー・エヌ・エヌ新社、発売日:‎2015/11/25)

・「Christian Boltanski(クリスチャン・ボルタンスキー)インタビュー「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち展」(東京都庭園美術館、2016年)

##展覧会情報

■会期
2025.2.13(木)~ 6.8(日)
会期中無休

■開館時間
10:00~22:00
※火曜日のみ17:00まで
※ただし4月29日(火・祝)、5月6日(火・休)は22:00まで
※ただし3月20日(木・祝)は17:00まで
※最終入館は閉館時間の30分前まで

■会場
森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)

■チケット料金
※専用オンラインサイトでのチケット購入は、( )の料金が適用
※本展は、事前予約制(日時指定券)。「日時指定券」は専用オンラインサイトにて購入
※当日、日時指定枠に空きがある場合は、当日、窓口にてチケットを購入の上、事前予約なしでの入館が可能

※音声ガイド付チケットはチケット代+500円
※音声ガイドは自身のスマートフォンを使ったウェブアプリを利用するため、希望する場合は、スマートフォンおよびイヤフォンの持参の上、受付にて申し込み

[平日]
一般 2,000円(1,800円)
学生(高校・大学生)1,400円(1,300円)
子供(中学生以下)無料
シニア(65歳以上)1,700円(1,500円)

[土・日・休日]
一般 2,200円(2,000円)
学生(高校・大学生)1,500円(1,400円)
子供(中学生以下)無料
シニア(65歳以上)1,900円(1,700円)
※表示料金は全て消費税込

■問い合わせ
050-5541-8600(ハローダイヤル)

石水典子ライター・編集

投稿者プロフィール

扱う分野はアートや演劇、マンガ、機械式腕時計、江戸時代に使われていた数㎝の彫刻“根付”等。

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