なぜ野犬トレーニングが受刑者に向いているのか。殺処分ゼロを目指すピースワンコが尾道刑務支所に託した理由

ボールで遊ぶ犬

特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパンが運営する「ピースワンコ・ジャパン」。日頃は殺処分ゼロを目指し、保護犬や保護猫の保護や譲渡活動に力を入れている団体ですが、実は保護犬のトレーニングを通じた「受刑者への更生プログラム」を提供していることはご存じでしょうか。

刑務所生活と動物福祉をつなぐ新たな試みは、広島県・尾道刑務支所にて始まっています。そのような、全国初となる本格的な取り組みの舞台裏を、同団体の岡田さんに取材しました。

<目次>

野犬を救うのは受刑者?担い手不足を解決するプログラム

受刑者の手

ピースワンコ・ジャパンは、広島県の殺処分機を止めるきっかけを作った動物福祉の先駆的団体です。現在は広島県神石高原町の本部を中心に全国でシェルターを展開し、これまで9,000頭以上の犬を保護してきました。

そのうち5,500頭以上を里親のもとへ送り出していますが、保護する犬の多くは山で生まれ育った「野犬」です。家庭犬としての再生には根気強いトレーニングが必要ですが、同団体では1頭1頭に家庭犬のような十分な時間を割くことが難しく、慢性的な「担い手不足」という課題があります。

「野犬は人に懐かないという理由で、長年にわたって殺処分の対象とされてきました。私たちはその子たちを引き取り、時間をかけて心を通わせる活動を続けています。保護が必要な犬は減りつつありますが、それ以上に、彼らを見守る支援者の数が圧倒的に足りないのが現状です。」

そこで、解決の糸口として注目したのが、欧米の矯正施設で普及している「更生プログラム」でした。

「言葉の通じない犬と過ごす時間は、受刑者の心の傷を癒やす力があります。同時に、人を知らない犬にとっても、人の温かさに触れるかけがえのない経験になります。日本の刑務所はこれまで厳格な管理が前提でしたが、このプログラムは受刑者と犬の双方に『再生の機会』をもたらします。日本での導入を目指し、現在、法務省などへの要望を重ねてきました。」

尾道刑務支所で始まったこのプロジェクトは、新しい更生の形につながる可能性を秘めています。

「人を知らない野犬」と「傷ついた受刑者」の共鳴

走る犬

尾道刑務支所に迎えられたのは、人間への強い不信感を抱く野犬たちです。人を恐れて不信感を抱く犬と、過ちを犯して社会から隔絶された受刑者のふれあいが始まりました。

岡田さんは、当時の様子をこう振り返ります。

受刑者の多くは犬の飼育経験がなく、最初はとても緊張していました。しかし、犬たちの無垢な姿に触れるうち、自然と笑顔がこぼれるようになっていきました。」

「驚いたのは、彼らを監視する『刑務官』にも変化があったことです。当初は管理上の懸念の声も懐疑的な空気もありましたが、今ではどうすれば犬が人に慣れるのかを、受刑者と共に真剣に議論しています。管理する側・される側という壁を超え、一頭の命を救うチームのような絆が生まれました。この一体感こそが、刑務所全体を更生へと向かわせる、新しい風と言えるでしょう。」

2025年に施行された「拘禁刑」では、受刑者一人ひとりの立ち直りに適した柔軟な処遇が求められています。犬とのふれあいによる更生プログラムはまさにその理想形ですが、全国展開への課題は山積みです。

現在、シェルターには約2,000頭の保護犬がおり、スタッフの手だけでは一頭ずつに十分な時間を割くことができません。ピースワンコ・ジャパンは、このプロジェクトの意義と支援を訴えています。

「受刑者の皆さんがトレーニングを担ってくださることは、一頭でも多くの犬を幸せな譲渡へつなげる大きな力になります。しかし、活動を全国へ広げるには、専門スタッフの派遣費や飼育費などの多額の資金が欠かせません。受刑者の再犯防止と殺処分ゼロを同時に叶えるため、皆さんの力を貸してください。」

このプロジェクトの現場を支える岡田さんは、受刑者が持つ可能性に大きな期待を寄せています。

「殺処分をゼロにするには、野犬を家庭犬へと導く訓練が欠かせません。受刑者の皆さんの規律正しい生活は、実は犬のトレーニングに適しているのです。彼らの力が大切な命を救い、その犬たちが社会へと送り出されていく。その成功体験は、受刑者自身の社会復帰への強い動機になるはずです」

殺処分ゼロと再犯防止を両立する循環をつくる

お手をする犬

受刑者の手が犬の体温に触れることで始まった新たな更生への道。尾道の地で産声を上げたこの試みは、これからの「更生」のあり方を優しく、そして力強く変えようとしています。人を信じられなかった犬が心を開くとき、同時に受刑者の心にも「誰かに必要とされる喜び」という変化が芽生えます。

ピースワンコ・ジャパンの活動以外にも、民間プログラムの導入は全国の刑務所でも広がりを見せていますが、2025年に始まった「拘禁刑」がどのような成果を生むかは、いまだ未知数です。

これらの取り組みを単なる「訓練」で終わらせず、確かな再犯防止へとつなげていく。そのためには、私たち社会の側が関心を持ち、支え続けていくことが不可欠です。更生を終えた人と、トレーニングを積んだ犬。彼らが再び社会に戻ったとき、私たちはそれを温かく迎え入れる準備ができているでしょうか。

壁の向こう側で起きている変化に、私たちはどう向き合うか。その眼差しこそが、新しい刑事司法制度の成否を握っています。

取材協力:ピースワンコ・ジャパン(運営:特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン) 
広島を拠点に「殺処分ゼロ」を目指す保護犬事業を展開。2025年には受刑者の更生プログラムを全国へ普及させるべく活動を強化している。

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岩田いく実ライター・インタビュアー

投稿者プロフィール

法テラス、法律事務所勤務後、法人事業としてライター業を展開。年間60人を超える弁護士・税理士を取材。2冊出版中:第一法規「弁護士のメンタルヘルスケアの心得」、自主出版「ルポ豊田商事」

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