「ミスタープロ野球」長嶋茂雄氏が逝去 日本球界の象徴的存在が89歳で永眠

日本プロ野球界の象徴的人物として愛され続けた長嶋茂雄氏が6月3日午前、肺炎により都内の医療機関で息を引き取りました。89歳でした。

長嶋茂雄氏は1959年の天覧試合でのサヨナラ本塁打、2,000本安打達成、そして球団の日本シリーズ9連覇への貢献など、数々の偉業を成し遂げています。

指導者転身後も王貞治監督との歴史的な「ON対決」を制するなど、勝負の世界で結果を残し続けました。近年は2004年の脳梗塞により表舞台から退いていましたが、野球殿堂入り、国民栄誉賞、野球界初の文化勲章受章など、その功績は国家レベルで評価されていました。

同氏の社会的影響力は球界の枠を超えて広がっていました。セコムのブランドアンバサダーとして長年活動し、「セコムしてますか?」のキャッチフレーズは国民に親しまれています。

林芳正官房長官が「太陽のような存在」と表現したように、その明るいキャラクターは多くの人々に希望と夢を与え続けました。

1974年の引退セレモニーで残した「我が巨人軍は永久に不滅です」という名言とともに、長嶋茂雄氏の偉大な足跡は日本野球史に永遠に刻まれることでしょう。

ソフトバンクの王貞治氏は球団を通じて、「長嶋さんには色々と教えていただきました。一緒に野球ができたことを本当に感謝しています。今は只々心よりご冥福をお祈りします」とコメントを発表しました。

長嶋茂雄氏とは? 昭和野球界を代表するスーパースター

1936年千葉県生まれの長嶋茂雄氏は、戦後日本野球界において最も輝かしい足跡を残した人物の1人です。立教大学時代から頭角を現し、首位打者2回、ベストナイン5回獲得など六大学野球史に残る記録を樹立しました。

1958年の読売巨人軍入団は、日本球界の歴史を変える転換点となりました。ルーキーイヤーから4番打者として本塁打王と打点王の2冠を達成し、新人王に輝いた同氏は、その後17年間にわたって球界の顔として君臨しました。

特筆すべきは個人タイトルの豊富さです。MVP5回、首位打者6回、本塁打王2回、打点王5回、ベストナイン17回という驚異的な数字は、その実力の高さを物語っています。

王貞治氏とのON砲コンビで1965年から1973年まで球団の日本シリーズ9連覇(V9)の中核を担い、「ミスタージャイアンツ」の称号を不動のものとしました。

現役引退後の指導者キャリアも華々しく、1975年の監督就任後は1976〜1977年のリーグ連覇を達成。1992年の復帰後には3度のリーグ優勝と2度の日本一を果たし、指導者としても一流の手腕を発揮しました。

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