事実婚夫婦の遺産相続認めず 大阪高裁が1750万円返還命じる

事実婚夫婦の遺産相続認めず 大阪高裁が1750万円返還命じる

夫婦別姓を希望し30年にわたり事実婚関係を続けた夫婦をめぐる遺産相続訴訟で、大阪高等裁判所は2026年1月16日、事実婚の配偶者に相続権を認めない判断を示しました。谷口安史裁判長は、がんで亡くなった姉名義の口座から夫が引き出した1750万円について、一審の神戸地方裁判所判決に続き全額の返還を命じました。この判決は、現行法における事実婚カップルの法的保護の限界を改めて浮き彫りにしています。

訴訟の経緯は2021年1月にさかのぼります。大東文化大学教授だった姉(中野亜里氏)が膵臓がんで死去したことを受け、1991年から約30年間事実婚関係にあった夫(川根真也氏)が、姉名義の口座から1750万円を引き出しました。夫婦は夫婦別姓を希望したため、法律婚ではなく事実婚という形態を選択していました。しかし姉の妹が「事実婚の夫には相続権がない」として、引き出した全額の返還を求めて提訴したことで、この問題が法廷に持ち込まれることになりました。

夫側は、がんの告知を受けた姉が残した自筆の遺言書に「預金を妹と夫に2分の1ずつ承継させる」旨が記載されていたとして、相続権があると主張しました。また、夫婦別姓を希望したために事実婚を選択せざるを得なかった状況を踏まえ、法律婚の夫婦が死別した場合と同じ財産分与規定を適用すべきだと訴えていました。

しかし大阪高裁は、2025年2月の一審神戸地裁判決と同様の判断を下しました。裁判所は、姉が残した遺言書について、遺言要件である押印がなく、具体的な遺産の分割方法も記載されていないため無効であると判断しました。自筆証書遺言は、民法968条により全文の自書、日付、氏名の自署、そして押印が必須要件とされており、これらの要件を一つでも欠くと原則として無効となります。姉の遺言書は押印を欠いていたため、法的な効力を持たないと判断されたのです。

さらに裁判所は、事実婚の配偶者に対して法律婚の夫婦と同じ財産分与規定は適用されないと判断しました。日本の民法では、法定相続人は法律上の配偶者と血族に限定されており、事実婚のパートナーは配偶者として認められません。そのため、長年連れ添った夫婦であっても、婚姻届を提出していなければ相続権は発生しないのが現行法の立場です。

この判決において特に注目すべきは、事実婚カップルの「離婚」時と「死別」時の法的扱いの違いです。事実婚カップルが生前に関係を解消する場合、判例上、財産分与が認められています。つまり、事実婚を解消すれば財産を分け合えるにもかかわらず、一方が死亡した場合には残された配偶者に財産分与が認められないという矛盾した状況が生じています。最高裁判所も平成12年の判例で、死別による関係解消の場合には財産分与の規定を適用しないという判断を示しており、今回の大阪高裁判決もこの判例に沿ったものです。

夫側の代理人を務めた白倉典武弁護士は判決後、「事実婚夫婦でも財産を得る方法があるのにその方法をとらなかったのが悪い、という冷たい判決だ」と批判しました。そして「離婚したら財産が得られるのに、添い遂げたら分けられないというのは極めて不合理。この区別は憲法違反だと訴えたが、何も判断が示されなかった」と指摘し、最高裁に上告する方針を明らかにしました。

事実婚を選択する理由と法的リスク

この訴訟が提起する重要な問題は、夫婦別姓を希望する人々が直面するジレンマです。日本では民法750条により、婚姻時に夫婦が同姓となることが義務付けられています。そのため、夫婦別姓を維持したい場合、法律上は事実婚という選択肢しかありません。今回のケースでも、大学教授としてのキャリアを築いてきた妻が姓を変更せずに専門的活動を継続するため、夫婦は事実婚を選択したと考えられます。

しかし事実婚を選択することには、重大な法的デメリットが伴います。最も顕著なのが相続権の不存在です。法律婚の配偶者であれば民法890条により常に法定相続人となり、他の相続人の有無にかかわらず相続権を持ちますが、事実婚のパートナーには一切の相続権が認められません。

相続権の不存在に加え、事実婚カップルには税制上の不利益も生じます。法律婚の配偶者には配偶者控除や扶養控除が適用されますが、事実婚ではこれらの優遇措置を受けられません。また、仮に遺言などにより遺産を相続した場合でも、事実婚のパートナーは「被相続人の配偶者および一親等以内の血族」以外の者として扱われ、相続税が2割加算されます。さらに、法律婚の配偶者に適用される配偶者控除も利用できないため、経済的負担が大きくなります。

事実婚のパートナーに確実に財産を残す方法は限られています。最も確実なのは、有効な要件を満たした遺言書を作成することです。自筆証書遺言の場合、全文の自書、日付、氏名の自署、押印という4つの要件を必ず満たす必要があります。今回のケースでは、妻が遺言書を作成したものの押印を欠いていたため無効とされましたが、これは膵臓がんの診断から死亡までわずか1カ月程度という短期間であったことが影響した可能性があります。より確実性を求めるのであれば、公証人が作成する公正証書遺言を選択することが推奨されます。

遺言書以外の方法としては、生前贈与、生命保険の受取人指定、そして法定相続人が全くいない場合に限り特別縁故者制度の活用などが考えられます。特別縁故者制度は、被相続人と生計を同じくしていた者や、療養看護に努めた者、その他特別の縁故があった者に対し、家庭裁判所が財産を分与する制度です。事実婚のパートナーは「生計を同じくしていた者」として特別縁故者と認められる可能性は高いものの、この制度は法定相続人が一人もいない場合にのみ適用されるため、活用できる場面は限定的です。

現在、選択的夫婦別姓制度の導入をめぐる議論が国会で進められています。2025年5月には、立憲民主党と国民民主党がそれぞれ選択的夫婦別姓を導入する民法改正案を国会に提出し、28年ぶりに衆議院法務委員会で審議入りしました。しかし、夫婦同姓を原則としつつ戸籍上の通称使用を認める案と、戸籍上でも夫婦別姓を認める案との間には大きな隔たりがあり、法案は継続審議となっています。

公明党は人権を守る観点から一貫して選択的夫婦別姓制度の法制化を主張してきました。2001年には独自の民法改正案を国会に提出し、その後も政府への提言や国政選挙の公約に制度導入を掲げてきました。日本弁護士連合会も2024年6月、民法750条を改正し選択的夫婦別姓制度を導入するよう国に求める決議を採択しました。自民党と日本維新の会は、旧姓の通称使用を法制化する案を2026年の通常国会に提出する方針を示していますが、これは戸籍上の夫婦別姓を認めるものではなく、事実婚カップルが直面する法的問題の根本的解決にはなりません。

今回の大阪高裁判決は、現行制度における事実婚カップルの法的保護の不十分さを改めて示すものとなりました。30年間連れ添った夫婦であっても、婚姻届を提出していなければ相続権が認められず、また有効な遺言書がなければ財産を受け取ることができないという厳しい現実が浮き彫りになりました。夫側は最高裁に上告する方針であり、最高裁がこの問題にどのような判断を示すか注目されます。同時に、夫婦別姓を希望する人々が法律婚を選択できるよう、選択的夫婦別姓制度の早期実現が求められています。

関連記事

コメントは利用できません。

最近のおすすめ記事

  1. 韓国・尹錫悦前大統領に死刑求刑 非常戒厳めぐる内乱首謀罪で
    韓国で2024年12月に「非常戒厳」を宣言した尹錫悦前大統領に対し、特別検察官が死刑を求刑。内乱首謀…
  2. 【医師の論文解説】帯状疱疹後神経痛 発症しやすい人の特徴
    「帯状疱疹(たいじょうほうしん)」のピリピリとした痛みを伴う発疹が治った後も痛みが続いてしまう「帯状…
  3. 米グーグルとアップル、スマホ開発ベトナム・インドに移管 中国依存脱却
    米グーグルが2026年からベトナムでスマートフォンの新製品開発と生産を開始することが分かりました。グ…

おすすめ記事

  1. 網走刑務所で刑務作業を行う受刑者

    2025-7-21

    網走刑務所とはどんな場所?現役職員に聞いた歴史と受刑者の今

    強固な警備体制や凶悪事件の受刑者が収容されるイメージもある網走刑務所。映画やドラマなどの影響で、怖い…
  2. 2023年11月4日(土)に第51回横浜矯正展が開催された横浜刑務所の入り口

    2023-12-29

    『横浜刑務所で作ったパスタ』で大行列!刑務所見学もできる横浜矯正展とは?

    横浜矯正展は、横浜刑務所、横浜少年鑑別所、公益財団法人矯正協会刑務作業協力事業部主催で2023年11…
  3. 2025-8-25

    FC2創業者の高橋理洋被告に執行猶予判決 弁護側は「日米の価値観の違い」主張し控訴へ

    動画投稿サイト「FC2」でわいせつ動画を配信した罪に問われていたFC2創業者の高橋理洋被告(51)に…

2025年度矯正展まとめ

2024年に開催された全国矯正展の様子

【結果】コンテスト

【結果発表】ライティングコンテスト企画2025年9-10月(大阪・関西万博 第4回)

アーカイブ

ページ上部へ戻る