「尊厳や基本的人権が蹂躙されている」― 出版大手『KADOKAWA』元会長による”人質司法国賠訴訟”始まる

会見をする原告の角川歴彦氏(東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日学生傍聴人が撮影)

東京五輪・パラリンピックを巡る汚職問題で、贈賄の罪に問われている出版大手『KADOKAWA』の角川歴彦(つぐひこ)元会長(81)は、「無罪主張を続けると勾留が長期化する『人質司法』は憲法違反である」などと主張して、国に対して2億2,000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。提訴は2024年6月27日付け。

提訴から約7か月後の今年1月10日、第1回口頭弁論が東京地裁(中島崇裁判長)で開かれた。角川氏は、意見陳述で「人質司法というのは、まさに、人間の尊厳を汚し、基本的人権を侵害するものなのです」と改めて問題性を強調した。

角川氏は贈賄の罪に問われて公判中

東京地方裁判所(2024年11月13日学生傍聴人が撮影)
東京地方裁判所/2024年11月13日、筆者撮影

さかのぼること、2022年9月。角川氏は、東京地検特捜部に贈賄の罪で逮捕された。

同年10月、東京地検特捜部は角川氏を起訴した。

起訴状などによると、角川氏は部下の元専務=有罪判決が確定=と元五輪担当室長=前同=と共謀して、東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事(逮捕当時78)=受託収賄罪で公判中=に、大会スポンサーとして『KADOKAWA』を選定することや、協賛金を3億8,000万円以内に抑えることなどを依頼。その謝礼として、2019年9月から翌年1月の間に9回にわたって、計約6,900万円の賄賂を元理事の知人が代表を務めるコンサル会社に送金したとされている。

2024年10月に東京地裁(中尾佳久裁判長)で開かれた刑事裁判の初公判で、角川氏は無罪を主張。現在公判中である。

訴状によると、角川氏は、2022年9月の逮捕当時から一貫して被疑事実を否認していたことで、起訴後も保釈が認められず、長期間にわたって東京拘置所で勾留されていたという。同年10月の起訴を受けて、刑事弁護人は東京地裁へ角川氏の保釈請求を行い、5回目の請求でようやく保釈保証金が2億円に設定され、保釈が認められた。2023年4月の保釈まで、計226日間の勾留が続いた。

角川氏は、否認したことで保釈請求が認められずに長期化し、検察官と裁判所による不当な運用によって精神的苦痛を受けたとして、国に対して2億2,000万円の損害賠償を求めている。

弁護団によると、刑事裁判が進行中の被告人が、司法手続の違憲性などを主張する民事裁判は稀といい、特に複数回にわたって保釈を許可しなかった裁判所を「人質司法」として訴える国賠訴訟は、日本の裁判史上初めてだという。

「人質司法」の実態

会見をする角川氏と弁護団(左から海原雄一弁護士、弘中惇一郎弁護士、原告の角川氏、村山浩昭弁護士、伊藤真弁護士)(東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日学生傍聴人が撮影)
会見をする角川氏と弁護団(左から海原雄一弁護士、弘中惇一郎弁護士、原告の角川氏、村山浩昭弁護士、伊藤真弁護士)/東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日、筆者撮影

さらに、訴状には「人質司法」の実態が詳述されていた。

検察官は角川氏に対して、逮捕日から起訴までの計21日間、1日も欠かさずに取り調べを行った。弁護団は、取り調べの合計時間は78時間29分にも及ぶとしている。

起訴後、刑事弁護人は角川氏が罪証隠滅や逃亡のおそれもなく、健康状態を懸念して、保釈の必要が極めて高いと主張して、東京地裁へ保釈請求を行った。

一方、検察官は保釈請求の却下を求め、東京地裁も「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」などとして保釈を認めなかった。刑事弁護人は、不服を申し立てるなどしたが検察官の強い反対もあって、裁判所は保釈を認めないまま、月日が過ぎていった。

角川氏が関与したとされる東京五輪汚職問題は、日本の「人質司法」を顕著に表していたといえる。

角川氏に対して、長期間の勾留が続く一方で、おおむね起訴内容を認めていた、角川氏らが賄賂を送ったとされる東京五輪・パラリンピック組織委員会の元理事の知人は勾留期間が45日と短い。また、角川氏と共謀したとされる『KADOKAWA』の元専務も、起訴内容をおおむね認めていたことから31日で身体拘束が解かれた。

だが、起訴内容を否認していた同組織員会の元理事は勾留延長が続き、132日もの長期間の身体拘束が余儀なくされた。

さらに、角川氏は十分な医療が受けられない拘置所の中で、生命の危機にもさらされたと主張する。第1回口頭弁論の意見陳述で、村山浩昭弁護士は角川氏の当時の様子をこう振り返った。

「当初、気丈に自己の主張を訴えていた角川さんがどんどん弱り、元気がなくなるのを目の当たりにしました。ついに、面会中に意識を失うといった状況に陥りました」

以前から角川氏は、心臓の病を抱えており、主治医から薬が処方されていた。だが、拘置所内では常用することができず、病は悪化していくばかり。226日にも及ぶ身柄拘束で、保釈されたころには逮捕時から約8キログラムも体重が減り、車いすに乗って拘置所を後にするのがやっとだった。

そして、勾留中の2023年2月、角川氏は拘置所内の医務室で、持病の悪化から「何とか拘置所を出られないものか」と言葉を漏らしたときに言われた、医師からの心ない一言が印象に残っているという。

「角川さん、あなたは生きている間にここから出れませんよ。死なないと出られないんです」

傍らにいた刑務官も無言で頷いていたようだ。

傍聴券の倍率2倍超の第1回口頭弁論期日

会見をする代理人の村山浩昭弁護士(中央)と伊藤真弁護士(奥)(東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日学生傍聴人が撮影
会見をする代理人の村山浩昭弁護士(中央)と伊藤真弁護士(奥)/東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日、筆者撮影

国賠訴訟の提訴から約7か月後の今年1月10日、第1回口頭弁論が東京地裁で開かれた。この裁判が社会に注目されていたこともあり、使用された法廷は約90席の東京地裁の中で最も広い大規模な法廷。記者席を除く、78席が一般傍聴人に用意された。

この日は、多数の傍聴希望者を予想し、東京地裁は抽選式の傍聴券に。東京地裁によると、78席の一般傍聴席に対して161人が並んだといい、倍率は2倍を超えた。

法廷に入ると、左側の原告席の前列の奥から2番目に角川氏が座っていた。真っ直ぐに前を向き、スーツ姿で緊張の面持ちだ。公判では、弁護団4名が意見を述べた後、最後に角川氏本人から意見陳述が行われた。

・村山浩昭弁護士
<今回の裁判で、我が国の「人質司法」と呼ばれる刑事司法の実態を明らかにし、それが、憲法や国際人権法に照らして、決して許されないものであることを立証して、刑事司法の改革・改善を進めることにあります。日本の現在の刑事司法の在り方を、人権の基本原理から問い直す公共訴訟なのです>

・弘中惇一郎弁護士
<検察官は、長期勾留をちらつかせて、起訴前の取り調べ段階で自白を促します。勾留という形での拘束状態を利用して、それを威嚇の手段として、検察官が刑事裁判を有利に進めようとするものであり、それに裁判官が適切な対応ができていないという現状があるのです>

・伊藤真弁護士
<人質司法は人間の尊厳を奪うものであり、近代国家において決して許されない人権侵害です。本件では、「人身の自由」(憲法34条)や「表現の自由」(同21条)などに対する極めて重大な人権侵害が行われました>

・海原雄一弁護士
<角川氏が自己が無実であるとマスコミのインタビューで答えたことを理由に逮捕勾留されており、自由権規約が定める「意見表現の自由の行使」に反します。勾留が継続したのは、自白しなかったことに対する報復です>

角川氏の意見陳述要旨-涙を浮かべた理由-

会見をする原告の角川歴彦氏(東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日学生傍聴人が撮影)
会見をする原告の角川歴彦氏/東京・霞が関の記者クラブで2025年1月10日、筆者撮影

最後に角川氏が、意見陳述をした。要旨は次のとおり。

<看守に対して、「家に置いてある薬を届けて欲しい」と頼みました。心臓大動脈瘤の大手術を受けたばかりで、10種類以上の薬を朝晩常用していました。しかし、看守は家の薬を届けることはできないと言い、結局それまで服用していた薬を全てそのまま服用することはかないませんでした>

<そんな中でも、裁判官だけは助けてくれるのではないかというかすかな望みがありました。しかし、勾留の更新が重なるにつれ、裁判官は本当に保釈を認めてくれないのだと滅入っていました>

<勾留中、コロナ感染し、このまま死んでしまうのではないかと、気持ちがだんだん深みに入り込んでいきます。そんな時に、心ない拘置所の医師からの言葉でした。私はこの言葉で、人としての尊厳や基本的人権がここでは蹂躙されているということに気づかされました>

<刑事裁判で無罪を主張していると、こんな仕打ちを受けなければならないというのは、法律にも条理にも反していると思います。裁判所と検察庁は答える責任があると思います>

角川氏の意見陳述が終わりに近づいたころ、突然に声が震えだし、涙を流しはじめた。「大川原化工機冤罪事件」で被疑者とされ、人質司法による長期間の身体拘束によって、治療が手遅れとなり亡くなられた相嶋静夫さん(当時72)のことについて話したときだ。

<同じ拘置所にいた私は全く他人事だと思えませんでした。私が相嶋さんのように死んでいたかもしれません。もう二度と同じような思いをする人が出ないようにしなければならないと思ったのです>

角川氏の意見陳述が終わり、裁判は閉廷した。閉廷後の記者会見で、村山浩昭弁護士は角川氏の涙の訴えに、「裁判官らも聞き入っていたようだった」と評価していた。

一方で、国側の代理人らは公判中、傍聴人にも分かるほどに、終始不敵な笑みを浮かべていた。「どうせ、請求が認められるわけがない」、そう思っていたのだろうか。

次回、4月25日午前11時から弁論期日が予定されている。

閉廷後、報告会を行った原告の角川氏と弁護団(東京・霞が関の弁護士会館で2025年1月10日学生傍聴人が撮影)
閉廷後、報告会を行った原告の角川氏と弁護団/東京・霞が関の弁護士会館で2025年1月10日、筆者撮影

学生傍聴人フリーライター(裁判・事件系)

投稿者プロフィール

傍聴歴6年、傍聴総数1000件超。 都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、有名事件から万引き事件など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。

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