
2025年12月10日、スウェーデンの首都ストックホルムにあるコンサートホールでノーベル賞の授賞式が開催され、日本人研究者2人が栄誉を受けました。生理学・医学賞を受賞した大阪大学の坂口志文特別栄誉教授(74)と、化学賞を受賞した京都大学の北川進特別教授(74)は、スウェーデンのカール16世グスタフ国王からメダルと賞状を授与されました。日本人が2人同時に自然科学系のノーベル賞を受賞するのは、2015年の大村智氏と梶田隆章氏以来10年ぶりの快挙となります。
授賞式には家族や共同研究者を含めて1500人以上が出席し、2人が国王から受け取る瞬間を見守りました。坂口氏は免疫の過剰反応を抑制する「制御性T細胞」を発見した功績が評価され、この発見は自己免疫疾患やがん治療に新たな道を開きました。一方、北川氏は微細な孔を無数に持つ新素材「金属有機構造体(MOF)」を開発し、ガスの吸着や分離などへの応用が期待されています。
授賞式後、2人はストックホルム市庁舎で開かれた晩餐会に出席し、約1300人が一堂に会しました。晩餐会は4時間に及び、オーケストラの演奏や受賞者によるスピーチが行われるなど、終始和やかな雰囲気に包まれました。坂口氏は式典後に「メダルは結構重たい。人生で特別な日になると思います」と感想を述べました。北川氏は「一人ずつメダルを受けたんですが、ノーベル賞をもらったんだなという実感がわきました」と語りました。
授賞式から一夜明けた12月11日、2人は日本大使館で記者会見を開き、次世代の研究者への思いを語りました。北川氏は「今研究している人たちが本当にノーベル賞の候補になるのか。そのためにはやはり、息の長い支援。しっかりサポートしていく必要がある」と強調しました。基礎研究の成果が社会に実装されるまでには25年ほどかかると指摘し、長期的な研究資金の支援を訴えました。
坂口氏も「親方日の丸で自動的に政府が資金を出してくれるのが当たり前と思うんじゃなくて、自分の仕事をアピールして研究資金を得ていく、そういうポジティブな態度もやはり必要」と述べ、研究者自身が積極的に研究の意義を発信することの重要性を訴えました。また坂口氏は子どもたちに向けて「人の成長というのは、自分で一番やりたいことをやって。しかも、ちょっと続けてみると、やはり、何か新しい発見がある」とメッセージを送りました。
命がけの脱出劇でノーベル平和賞授賞式へ マチャド氏の決意
一方、ノルウェーのオスロで同日開催されたノーベル平和賞の授賞式は、異例の展開となりました。受賞者であるベネズエラの野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏(58)は授賞式に間に合わず、長女のアナ・コリナ・ソサ氏が代理で出席してメダルを受け取りました。マチャド氏は独裁的なマドゥロ政権と20年以上にわたって闘い続け、民主化への努力が評価されて平和賞を受賞しました。
マチャド氏は海外渡航禁止令が出ている中、命がけの脱出を敢行しました。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、マチャド氏は12月8日午後、かつらをかぶって変装し、1年以上潜伏していた首都カラカスの郊外を出発しました。10時間かけて漁村へ向かう途中、マチャド氏と2人の同行者は軍の検問所10カ所を通過しなければなりませんでしたが、いずれも拘束を回避することに成功しました。
翌9日の早朝、マチャド氏は木造の漁船に乗り込み、カリブ海を10時間かけてオランダ自治領のキュラソー島へ向かいました。そこでトランプ政権が派遣した救出専門業者と合流し、プライベートジェットでオスロへ向かいました。マチャド氏は授賞式には間に合わなかったものの、12月11日未明にオスロに到着し、滞在先のホテルのバルコニーから支持者たちに笑顔で手を振りました。
授賞式の直前に公開された音声メッセージで、マチャド氏は「命をかけて協力してくれたみなさんのおかげで、きょう私はここに来ることができました。いつか話せる日が来ると思いますが、今は、彼らを危険にさらしたくありません」と述べました。代理で演説を読み上げた長女は「母は自由なベネズエラで生きる決意で、決して諦めることはない」と語り、母親の強い意志を伝えました。その後、マチャド氏は記者会見で「もちろんベネズエラに戻る」と明言しましたが、帰国すれば拘束されるリスクがあり、今後の展開は不透明な状況です。












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