37年続いた「検察との蜜月関係」、トヨタが解消した理由

検察庁

昨年来、検察に関するネガティブな話題が相次いだ。たとえば、被疑者の取調べ中に「検察なめんなよ」と怒鳴るなどした大阪地検特捜部(当時)の田渕大輔検事が特別公務員暴行陵虐罪で審判に付されることが決定。畝本直美検事総長が再審で無罪確定した袴田巌さんを犯人扱いしたような表現を含む談話を出し、袴田さん側から国家賠償請求訴訟を起こされる事態を招いたりもした。

そんな中、トヨタ自動車が37年にわたって続いた検察との蜜月関係を解消していたことは意外と話題になっていない。その背景を調べたところ、(1)無実の男性が死刑執行された疑いが指摘される「飯塚事件」、(2)元東京地検特捜部長がトヨタのレクサスで起こした死亡事故、(3)電通グループの社外取締役を務める元福岡高検検事長の弁護士の利益相反行為疑惑――の3点との関連性が浮上した。

以下、詳しくお伝えしたい

(ノンフィクションライター・片岡健)

<目次>

40代の新聞社編集委員の女性が社外監査役に抜擢された一方で…

国内最大手の自動車メーカー、トヨタの2024年4月1日付けの役員人事はちょっとした注目を集めた。同社と同じく愛知県を拠点とする中日新聞社で同年3月まで編集委員を務めていた女性、長田弘己氏が48歳の若さで社外監査役に就任したためだ。

大企業の社外監査役は一般的に、弁護士や公認会計士といった専門職や、元官僚、他企業の元取締役が務めるポスト。その多くは高齢の男性だ。長田氏のようなメディアの40代の現役女性社員が会社を辞め、転職するように就任するのは極めて異例だ。

そのため、一部メディアは、長田氏が新聞記者時代からトヨタの豊田章男会長のお気に入りだったと指摘するなど「やっかみ交じり」のような報じ方をした。

そんな中、この人事をめぐって見過ごされたことがある。それは、長田氏が就いた社外監査役のポストは元々、検事総長経験者の弁護士の「指定席」だったことだ。

検事総長経験者の天下り受け入れをやめたトヨタ

トヨタのビル

中央省庁で栄達を果たした官僚は退職後、大企業に好待遇で天下るのが一般的だ。法務省及びその特別機関である検察庁の最高位である検事総長たちも例外ではない。元々は司法試験合格者である彼らは退職後、弁護士登録したうえで複数の大企業に役員として迎えられるのが慣例だ。

そんな中、トヨタは従前、三井物産や小松製作所(コマツ)、イオンなどと共に検事総長経験者の天下りの受け入れ先になってきた。同社がホームページで公開している「歴代役員任期一覧(2012年6月時点)」と複数の有価証券報告書によると、同社は以下のように4人の検事総長経験者の弁護士を社外監査役に就かせた実績がある。

・安原美穂氏(在任期間1986年9月~1997年3月)

・岡村泰孝氏(在任期間1997年6月~2007年6月)

・松尾邦弘氏(在任期間2007年6月~2015年6月)

・小津博司氏(在任期間2015年6月~2023年6月)

この4氏の在任期間に着目すると、トヨタは1986年9月に安原氏を社外監査役として迎えて以来、2023年6月に小津氏が退任するまで実に約37年にわたり、継続的に検事総長経験者の弁護士に社外監査役を任せていたことがわかる。トヨタと検察が蜜月関係にあったと言われるゆえんだ。

もっとも、小津氏が退任後、3人体制だったトヨタの社外監査役の弁護士枠を任された酒井竜児氏は、司法試験合格後に一貫して弁護士だった人物。この酒井氏が就任から2年も経たない2024年6月で退任し、その後任で社外監査役に就いたのが前出の長田氏だったのだ。

外形的には、トヨタは約37年も検事総長経験者に与えてきた社外監査役の「指定席」をはく奪し、中継ぎ人事をしたうえで、新聞社の編集委員だった40代の女性を社外監査役にすえるという斬新な人事に踏み切ったような印象だ。

トヨタと検察の関係を変えた事情と考えられる3つの出来事

ではなぜ、トヨタは小津氏を最後に、検事総長経験者の弁護士を社外監査役に選任しなくなったのか。同社に質したところ、次のような回答だった。

「役員体制については、その時々の状況を踏まえ、性別や出自に関係なく適材適所の考えで決定しております」

「小津氏退任は任期満了となっております」

この回答では、正味のところはわからない。そこで、同社が検察との蜜月関係を解消した事情を独自に調べたところ、同社と検察の関係を変えた可能性があると思える3つの出来事が浮上した。

1つ目の出来事は、「飯塚事件」に関することだ。

1992年2月、福岡県飯塚市で小1の女の子2人が失踪し、他殺体となって見つかったこの事件では、久間三千年氏という男性が犯人とされて2008年に死刑執行されたが、この久間氏が実際は冤罪だった疑いを伝える報道が年々増えている。2022年には、ついにNHKも久間氏が冤罪だったと示唆する『正義の行方』という特別番組を放送して話題になった。

この飯塚事件で久間氏の死刑執行を決裁した法務官僚の1人が、当時は法務事務次官だった前出の小津氏なのだ。加えて、小津氏以後に検事総長に就いた大野恒太郎氏、稲田伸夫氏、甲斐行夫氏の3人も久間氏の死刑執行時は法務省でそれぞれ刑事局長(大野氏)、官房長(稲田氏)、刑事局総務課長(甲斐氏)という要職に就いており、小津氏と共に死刑執行を決裁している(後掲の「死刑事件審査結果(執行相当)」という文書を参照)。

世界で死刑廃止国が増える中、日本を代表する国際的な企業であるトヨタにとって、この事実は検事総長経験者の天下り受け入れをやめる理由になりえると思われる。

2つ目は、東京地検特捜部長や福岡高検検事長、名古屋高検検事長を歴任した弁護士の石川達紘氏が起こした死亡事故とその後の同氏の言動だ。

石川氏は78歳だった2018年2月、東京都港区の都道でトヨタのレクサスを運転中に暴走させ、歩道にいた37歳の男性をはねて死なせたうえ、金物屋の店舗に激突して大破させた。さらに過失運転致死などの罪に問われた裁判で、「事故原因はレクサスの不具合だ」と主張して無罪判決を求め、このことは報道もされた。

結果、この裁判では検察の主張通り、事故原因は石川氏が誤ってアクセルを踏んだことだと認定され、石川氏は禁固3年・執行猶予5年の判決が確定し、弁護士資格を失った。トヨタとしては、裁判の結果自体に不満はないだろうが、この石川氏の死亡事故や裁判での主張により検察に悪印象を抱いていたとしてもおかしくない。

3つ目は、この石川氏の弁護人を務めた松井厳弁護士の存在だ。松井氏は、元福岡高検検事長で、国内広告最大手の電通グループで社外取締役を務める人物だ。

電通グループはトヨタを主要な広告主としており、トヨタと共同出資してマーケティング会社のトヨタ・コニック・プロを設立したほどトヨタとの関係は深い。その社外取締役である松井氏が上記の石川氏の裁判で「事故原因はレクサスの不具合だ」と主張する弁護活動を行ったうえ、これらの事実は報道もされている。トヨタが検察への心証を悪くする要因になっても不思議はない。

そもそも、電通グループの社外取締役を務める松井氏が、同社の主要広告主であるトヨタの車の不具合が死亡事故の原因だと主張する被告人の弁護人を務めることは、弁護士法や弁護士職務基本規定で禁止された利益相反行為にあたるのではないか。

トヨタと検事総長経験者、電通グループにも取材した

トヨタと検事総長経験者、電通グループに取材した記者

筆者は以上3つの出来事をふまえ、改めてトヨタに取材を申し入れた。そして、この3つの出来事が小津氏を最後に、検事総長経験者の弁護士を社外監査役に選任しなくなった理由にあたる可能性があるのではないかと質した。同社の回答は以下の通り。

「役員体制については、その時々の状況を踏まえ、性別や出自に関係なく適材適所の考えで決定しております」

「小津氏退任は任期満了となっております」

このように同社の回答は、最初の回答と変わらなかった。上記3つの出来事が検事総長経験者の弁護士を社外監査役に選任しなくなった理由であることを否定しなかったとも受け取れる。

そこで今度は小津氏と松井氏、電通グループにも取材を申し入れた。小津氏に対しては、上記の1つ目の出来事について、松井氏と電通グループに対しては、上記の2つ目と3つ目の出来事について、トヨタが検事総長経験者の弁護士を監査役に選任しなくなった理由である可能性があるのではないかと質した。

また、松井氏と電通グループに対しては、石川氏の弁護人を務めた松井氏の弁護活動は利益相反行為にあたる可能性があるのではないかとも質した。

結果、いずれからも回答期限までに回答はなかった。つまり、筆者の見方を否定しなかった。

いずれにせよ、ネガティブな話題が相次いだ検察の威信は低下している。検察と蜜月関係にある他の有力企業がトヨタの後を追うように検察との関係を見直す例が今後新たに見られるのではないかと筆者は予想している。

片岡健ノンフィクションライター

投稿者プロフィール

1971年生まれ。新旧様々な事件を取材し、冤罪や見過ごされた事実を発掘している。ひとり出版社「リミアンドテッド」を運営。漫画原作も手がける。

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