
秋田県で起きているがん手術の「2か月待ち」という事態は、日本の医療提供体制が根本的な転換点を迎えていることを示す警告信号です。全国トップの高齢化率40.3%を背景に、秋田大学医学部附属病院では肝臓がんやすい臓がんの手術が著しく遅延しています。この深刻な状況は、単なる地方の医療危機ではなく、今後全国で起こりうる現象を先取りしているのです。
秋田県の人口88万1992人のうち65歳以上が35万5292人を占め、高齢化率は40.3%と全国最高水準にあります。高齢患者の増加に伴い手術件数は増加する一方で、県内の外科手術を担える医療機関は急速に減少しています。秋田大学の有田淳一教授によると、「市内一極集中」により周辺地域から患者が大学病院に集中し、対応しきれない状況が生じているとのことです。これは単なる人手不足ではなく、地域全体の医療提供体制そのものの歪みを表しています。
特に注目すべきは、すい臓がんの予後の厳しさです。厚生労働省が初めて2026年1月に公表した全国の「がん患者の5年生存率」では、すい臓がんは11.8%という極めて低い数値を記録しています。これに対し、前立腺がんは92.1%、乳がんは88.0%と高い生存率を示しており、進行の速さが生死を大きく分ける診断名であることが明確です。手術待機期間中に病状が進行してしまうリスクが、患者の予後に直結しうる危険性を孕んでいるのです。
医療ジャーナリストの森まどか氏は、秋田のほか青森、岩手、新潟といった東北・北陸地域全体で同様の医師不足が深刻化していると指摘しています。これらの地域に共通するのは、いずれも高齢化が進む過疎地域であり、若い世代が都市部に流出しているという構造的問題です。高齢化によって医療需要は急増する一方で、医師は都市部の大規模病院に集中する傾向が続いており、この相反する現象が地方医療の崩壊を招いているのです。
日本消化器外科学会のデータによると、全国で年間12万件以上の高度消化器外科手術が行われており、その多くを60代の消化器外科医が担っています。20年後には消化器外科医が現在の半数の約8000人まで減少し、さらに2040年には約5000人の医師不足が予測されています。この数字は抽象的な統計値ではなく、今後の日本でがん患者が手術を受けたくても受けられない時代が来ることを意味しており、極めて深刻な事態といえます。
若手医師が外科を敬遠する傾向は顕著です。秋田大学医学部で外科を志望する研修医は、2024年度は45人中2人、2025年度は47人中4人という極めて低い割合に留まっています。有田教授は「激務で待遇が良くなく、長時間労働にリスクの高い手術という条件では、ワークライフバランスを重視する若手には選ばれない」と述べており、医学部教育の段階から外科離れが進んでいる状況が浮かび上がります。外科専門医取得には多数の症例経験が求められるため、若手は多忙な現場で経験を積まざるを得ず、負のスパイラルが形成されているのです。
地域医療システムの再構築が急務
森氏は、従来の「各病院が同じ機能を持つ」という医療提供体制では対応不可能だと指摘しており、「高度な手術は一部の病院に集約し、後方支援病院と連携する仕組み」の構築を提唱しています。特に重要なのは、高齢患者の術後リハビリテーションや在宅医療への移行をスムーズにすることで、急性期病院のベッド回転率を高め、より多くの患者を受け入れられる体制を作ることです。これまでのように各地域の病院が独立して同じ医療機能を持つ時代は終わり、限られた医療資源を戦略的に配置する「医療の集約化」への転換が不可避となっているのです。
厚生労働省は外科医の負担軽減に向けたタスクシフト・タスクシェアや高難度手術の集約化を検討しており、秋田県も「医師確保計画」を策定して医療提供体制の再構築に着手しています。しかし、こうした対応は当面の緩和策に過ぎず、根本的な解決には医学教育の見直しや医師の働き方改革、さらには国民の医療に対する価値観の転換が求められます。今後、患者側にも「かかりつけ医による早期発見」や「越境受診の準備」といった主体的な対応が不可欠となる時代に突入しているのです。がん手術の「2か月待ち」は、日本の医療システムが深刻な転機を迎えていることを象徴する現象であり、この危機に対して社会全体で対策を講じることが急務となっています。












-300x169.jpg)