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25年間も刑務所で過ごした男が歩むモノマネ芸人としての第二の人生。空白期間を支えた6万冊の読書と母の手紙

累積25年の獄中生活を経て、50代から新たな人生を歩み始めたヨッケちゃん。かつては反社会勢力の世界に身を置き、入出所を繰り返してきました。現在は建設の仕事に携わる一方、モノマネ芸人としてステージに立っています。獄中で失ったもの、そしてそこから見つけた新たな生き方とは何か。ヨッケちゃんの波乱に満ちた半生と再出発への歩みに迫ります。
<目次>
6万冊の読書と母からの手紙が糧となる

ヨッケちゃんはこれまで入出所を繰り返し、累積で約25年を刑務所で過ごしてきました。その中で大半の時間を費やしたのは読書です。これまでに読んだ本はおよそ6万冊。小説や歴史書、哲学書など幅広い本を手に取り、とくに中国の古典『菜根譚』は何度も読み返した1冊だといいます。また、入所中には母からの手紙も届きました。
「とにかく体を元気に、何をやるにも誰にも負けるな」
母親は女手ひとつで子どもたちを育てるため、美容院を営みながら夜は水商売の仕事も掛け持ちし、懸命に働いてきました。かつて彼が組織に身を投じる前、「あんたが好きでやるならやりなさい。てっぺんを取りなさい。会社員でも何でもいいけど、とにかく偉くなりなさい」と言われたといいます。
獄中生活について語る際、よく「自分を見つめ直す時間だった」という言葉が聞かれます。しかし、ヨッケちゃんは「刑務所で得るものなんてほとんどない」といいます。
「屋根のある場所で眠り、3食しっかり食事が取れて、生活に大きな不自由はない。だからこそ、日々をただやり過ごす感覚に近かった。ただ、溶接などの技術を身につけたり、食品衛生管理者の資格を取得したりと社会で役立つ技能を学べたことは数少ない前向きな経験だったかもしれない」

長い獄中生活のなかで失ったものは何か。その問いに対して、ヨッケちゃんの口から出た言葉は「信用」でした。服役すること自体は、当時身を置いていた世界では特別なことではありませんでした。しかし、その世界の外で築いてきた人間関係は別です。
ヨッケちゃんの逮捕を知った友人や知人が距離を取るようになり、関係が途切れてしまうことも少なくありませんでした。
「獄中にいる間は実感が薄くても、出所後に振り返ると、失われた時間とともに信用もまた確実に減っていったと感じる」
お金や物ではなく人との信頼関係こそが最も大きく失ったものだったのかもしれません。
獄中生活を経て驚いた社会の変化

累積25年の獄中生活を経て社会に戻ったとき、ヨッケちゃんが驚いたのは世の中の変化でした。入所した当時はまだスマートフォンもなく、公衆電話が主流の時代。ところが出所してみると街ではスマートフォンやキャッシュレス決済が当たり前となり、至るところに防犯カメラが設置されていました。かつて自由に歩き回っていた街の風景は大きく変わり、「まるで浦島太郎のようだった」と振り返ります。
長い空白の時間は想像以上の変化をもたらしていましたが、多くの出所者が感じるような社会の中での孤独感を覚えることはなかったといいます。出所のたびに迎えてくれる仲間や支えてくれる人との縁にヨッケちゃんは恵まれていたからです。

出所後、ヨッケちゃんは建設の仕事に就きました。すぐに仕事に就けたのは、刑務所に収容される前から知り合いの会社を手伝い、少しずつ仕事を覚えていたためです。
当時、仕事を教えてくれたのは、30年以上の付き合いになる建設会社の社長です。現場を手伝いながら、配管や土木の作業など、建設の基礎を身につけていきました。そうした経験があったからこそ、出所後もすぐに現場で働くことができたといいます。
社会復帰の際に仕事を得ることが難しい人も多い中で、過去の縁によって働く場所があったことは大きな支えでした。長年の関係があったからこそ、再び社会の中で生きる道を見つけることができたのです。
面白おかしい表現で和ませたい

50代で社会に戻り、建設現場で働き始めたヨッケちゃんが選んだのは、なんと「モノマネ芸人」の道でした。始めたきっかけは、出所して間もない頃の偶然の再会。かつて同じ世界にいた後輩がショーパブを経営しており、「歌も上手いし、頭の回転も速いんだからやってみてよ」とヨッケちゃんの背中を押します。
ヨッケちゃん自身も「できるかも」と特に深く考えることなく挑戦を決意。もともと負けん気が強く、思い立ったらすぐ行動する性格だったヨッケちゃん。また、子どもの頃から人前で学校の先生の真似などをして笑いを取るのが好きだったといいます。
いざステージに立つと、そこには想像以上の世界が待っていました。初めてショーパブのステージに立ったときは緊張もあったものの、観客の笑いが一気に広がる瞬間に強く引き込まれました。「ドーンとウケたあの感覚が忘れられない」と語るように、一度味わった高揚感が、その後のヨッケちゃんの活動の原動力になっています。
また、ステージ上では自身の壮絶な過去も隠すことなく笑いに変えていきます。流行していたピコ太郎の「PPAP」を、自身の罪名にもじってアレンジ。 テレビでは絶対に放送できない、過激なネタの連続です。それでも客席からは割れんばかりの爆笑が巻き起こるといいます。

ヨッケちゃんは、モノマネに対する独自のスタンスを持っています。
「あくまで偽物なんだから、真面目に見ないでほしいんです。ものまねを見るときの3原則 は、『真面目に見ない』『思ったことを口にしない』『評価しない』ことです。 刑務所の話もするけれど、全部ひっくるめて気軽に笑って楽しんでほしい」
本人と同じものを求めるのではなく、気軽に笑って楽しむものだという考え方です。実際、格式張った会場で過去を語れない状況では手応えを感じられず、「ただ歌って終わっただけだった」と振り返る場面もありました。

現在では格闘技イベントのリングアナウンサーとしても活躍し、荒々しいマイクパフォーマンスで会場を盛り上げる役割にも自然と馴染んでいきました。人前に立ち、空気を動かし、笑いを生み出す。その瞬間にこそ、自分の存在価値を見出しているのかもしれません。重く暗い経験すらも笑いに変えて届ける。それが、ヨッケちゃんなりの表現の形なのです。
元受刑者の自分だからできること

出所者の多くが直面するのは、住む場所や働く場所が見つからないという現実です。行き場がないまま生活に行き詰まり、再び罪を犯してしまう。そうした現実をヨッケちゃんはこれまで何度も目の当たりにしてきました。刑務所の中で出会った高齢の受刑者が「ここに戻ってこられてよかった」と語る姿に複雑な思いを抱いたこともあるといいます。
だからこそ、出所者が安心して働き、生活を立て直せる場所が必要ではないかと考えるようになりました。再び同じ道をたどらないための居場所づくりこそが今後取り組んでいきたいことのひとつだと語ります。
たとえば、自身の経験に基づいた講演活動です。薬物依存や非行に悩む若者などに向けて、自分の体験を伝える場があれば挑戦してみたいと考えています。ヨッケちゃんは「人はみんな塀の上を歩いているようなもの」と語ります。
「ふとした出来事や判断一つで、誰でも道を踏み外してしまう可能性がある。だからこそ若い世代には「思うままに生きるのではなく、ちゃんと考えて行動してほしい」
時には立ち止まり、自分に問いかけることの大切さを知ってほしい。ヨッケちゃんならではのユーモアも交えつつ、絶望の淵にいる人たちの心に届く言葉を届けていきたいと考えています。
<TEXT/小嶋麻莉恵>



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