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- 録音・録画しているのになぜ?冤罪になる「人権無視の取調べ」の実態と課題

逮捕から58年後に無罪が確定した袴田事件などの冤罪事件。無罪は確定していないものの、再審請求を行っている事件も決して少なくありません。司法への信頼が揺らぐなかで、2025年2月に当時の法務大臣だった鈴木馨祐氏は70年以上ぶりとなる「再審制度」の見直しを明言しました。
なぜ、冤罪事件が繰り返されてしまうのか。その原因の1つに、被疑者へ警察や検察が行う「取調べ」に問題があると考えられています。
そこで、実際の警察の取調べ音源が公開され、大きな話題となった「三重県鳥羽署事件」を起点に、取調べの問題点を、刑事弁護に精通する弁護士の小坂井 久氏に聞きました。
<目次>
7時間以上の取調べが行われた冤罪事件・三重県鳥羽署事件

ー三重県鳥羽署事件とは、どのような事件だったのでしょうか。
ある飲食店で、売上金を本店に運ぶ際に現金の一部が抜き取られた可能性があるとして、パート従業員の女性が疑われた冤罪事件です。彼女は一貫して「やっていない」と否認していましたが、警察は彼女を被疑者として捜査を進めました。
事件の約1年後、身柄を拘束しない在宅事件としてパート従業員への取調べが行われました。その内容は壮絶なものです。取調べ時間は7時間21分にもおよび、証拠などないにもかかわらず犯人と決めつけるような暴言も飛び交いました。
なお、彼女は取調べを受ける前に弁護士へ相談し、「取調べを録音するように」とアドバイスされており、その言葉を受け入れています。
本事件は不起訴となりましたが、女性は違法な取調べで精神的な苦痛を受けたことに対する損害賠償を三重県に求めました。その結果、津地裁は黙秘権制度の趣旨に反し人格権を侵害する違法性があったと認めています。
ーなぜこのような取調べが横行しているのでしょうか。
冤罪事件の警察や検察の取調べの音声を分析すると、非常に高圧的で驚かざるを得ない言葉が溢れています。その理由はやはり「自白させよう」とする強い信念と彼らなりの正義感を持っているからでしょう。
実際に三重県鳥羽署事件では、取調べ中に警察側が「幾らでも勝負したる、俺が正しいから。」と発言しています。取調べを自分と悪の勝負だと思っているから、このような言葉が出てくるのだと思います。
取調べの「録音・録画」の義務化から見えてきた「新たな課題」

ー取調べに対する現在の状況について教えてください。
裁判員裁判の対象となる事件や検察官が独自に捜査を進める事件において、身体拘束下の被疑者の取調べにおける「全過程の録音・録画」を義務付ける法律が2016年にでき、2019年から施行されました。このことにより、身体拘束下において検察の取調べでは全体の約90%以上、裁判員裁判の対象となる事件では約99%が録音・録画されるようになりました。
一方で、対象外事件や警察による逮捕されていない被疑者や参考人の取調べは録音・録画が義務付けられていません。三重県鳥羽署事件のような違法な取調べがあっても、可視化されてなければ表に出てこないのが現状です。
また、警察は裁判員裁判の対象事件でも暴力団事件などを、自動的に「例外事由がある」として録音・録画を外すため、実施率が95%レベルで頭打ちになっており、取調べが「ブラックボックス」化している状況は残り続けています。
―取調べについて弁護士側から見える課題を教えてください。
現時点での最大の課題は、「取調べの可視化がまだ部分的にしか進んでいない」点に尽きます。身体拘束を伴う事件については、検察では全過程の録音・録画が実施されるようになってきましたが、任意の取調べや拘束に至らない初期段階の聴取などの場面では、録音・録画が義務づけられていません。
また、録音・録画が行われていたとしても、人権を無視するような取調べも発生しています。たとえば、学校法人の土地取引を巡る業務上横領事件として会社の元社長が疑われたプレサンス事件では、取調べを行った検察が机を激しくたたいたり、「検察なめんなよ」などの発言が繰り広げられました。
このような強い心理的圧力をかける取調べは、対象者を委縮させます。自白の強要や虚偽の証言は起こり得ますので、弁護士立会い制度は不可欠です。また、取調べ前の早期の弁護人接見を確実にする仕組みなどを整えることも早急に進めるべき課題です。
冤罪事件の要因のひとつはストーリーありきの調書主義

―警察や検察のOBに取材をすると、取調べには具体的なマニュアルがないとよく聞きます。こうした点も取調べの違法性を誘引していると感じますが、どのようにお考えですか。
警察や検察の取調べは職人気質なところがあります。ただ、マニュアルが存在しないわけではありません。たとえば、2012年には「取調教本基礎編」というマニュアルが作られており、警察庁のWebサイトでも公開されました。
しかし、この教本は現場ではほとんど浸透しませんでした。応用編も作られるはずでしたが、更新されていません。このことから先輩の方法を踏襲する形になっているため、マニュアルが形骸化していると推測できます。
また、警察や検察による供述調書の作り方もアップデートされていません。150年以上にわたり「調書主義」と呼ばれる仕組みが続いており、被疑者の供述を物語のように再構成する伝統が残っています。これは江戸時代の口書き文化の名残でもあり、警察や検察が求める供述が作られやすい一因となっています。
もちろん物語があらかじめ完成しているからこそ、裁判もスムーズですし弁護活動も成り立っていることも事実です。しかし、実際には供述していない内容が「調書」に残りやすくなっており、それが裁判で強い証拠力を持つことが冤罪を生む原因となっています。弁護人が被疑者に黙秘を貫かせることも広く知られていますが、調書を作らせないという意図もあるからです。
日弁連が弁護士立会い制度を求めている理由は、ただ警察や検察による取調べ時の罵声を止めたいだけではありません。冤罪の原因となる調書を正しく作成させることにもつながるからこそ、立会い制度は必要だと考えています。
―最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
三重県鳥羽署事件もそうですが、冤罪事件に巻き込まれた方々は「普通の人」です。この記事を読んでいただいている読者も、その家族も、誰もが巻き込まれてしまう可能性があります。
取調べの現場では、いまだに自白を取ることが目的化してしまうことが少なくありません。供述の一部が都合よく切り取られたり、意に反して「調書」として作文されたりすることもあります。冤罪は特別な人にだけ起きるものではなく、誰の身にも起こりうる「身近な問題」です。
だからこそ、私たちは取調べの可視化や弁護人の立ち会いなど、透明性を高める仕組みを広げていく必要があります。そして、もし自分や身近な人が捜査の対象になったときには、「黙秘する権利」や「弁護士を呼ぶ権利」をためらわずに行使してほしいと思います。
司法の公正さは、私たち1人ひとりの意識によって支えられています。どうか「自分は関係ない」と思わずに、この問題を自分ごととして考えてみてください。
小坂井 久

小坂井久法律事務所。日本弁護士連合会取調べの可視化実現本部本部長代行など、取調べの可視化に向けた日弁連の運動を牽引すると同時に、法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会幹事なども歴任して立法化に向けた議論にも関与。「ミスター可視化」と呼ばれる。 著作に『取調べ可視化論の現在』(現代人文社、2009年)、『取調べ可視化論の展開』(現代人文社、2013年)、『弁護人立会権-取調べの可視化から立会いへ』(共編、日本評論社、2022年)など。











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