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- ある日うちの子が逮捕された!?少年事件の72時間戦争

とかく世間からバッシングを受けることも多い少年法。しかし、その少年法が適用される少年事件において、どのようなことが行われているか知っている人は少ない。
本記事では、個人情報に配慮して事案を抽象化させながら、特に子供が逮捕されたという、親から見ても危機度の高い場面の実態を、少年事件にかかわる弁護士目線で紹介したいと思う。
<目次>
それでもボクはやってない?社会に戻れるかの72時間

子供が逮捕されて、子供のために何かしたい、子供の様子が知りたいと思った親が取れるのは、弁護士に依頼するという手段だけだ。弁護士なら、時間制限なしに逮捕されている子供とも話せる。そして弁護士なら、子供を家に帰せるかもしれない。
少年と言えど、逮捕されてからの手続は、基本的に成人と同じだ。逮捕から72時間以内に勾留請求がされて、20日間の警察署での留置生活がはじまる。少年法43条3項は、「やむを得ない場合」にだけ勾留ができるとされている。
でも、刑事訴訟法の勾留だって、本来は例外的に10日だけまず認めるという条文になっているが、基本的に20日間、あっさり勾留は認められがちだ。少年だって、中学生に対して少し慎重さを感じることはあるものの、高校以上なら、基本的に勾留にそこまで躊躇はないのが実情だ。
20日間、自由に風呂も入れない生活になるだけでも大変だが、何よりも学校に20日間行かなければ、まず逮捕・勾留されていることも隠せないだろう。犯罪をやっていないという人でも、20日間警察署にいたら、世間ではあっという間に犯罪者扱いだ。だから、勾留されるかどうかは、まず大事なターニングポイントである。
逮捕直後に依頼を受けたら、勾留を争う手続こそ、弁護士の本領発揮だ。勾留は、書面上の裁判によって、裁判官が判断している。勾留が認められる確率は約96.2%だとかいった統計もあるが、これにはからくりがある。
そもそも、勾留の判断をするタイミングで、十分に弁護士が関与できていない事件が多いのだ。警察と検察官が作った資料だけを渡された裁判官は、勾留を認める判断になりがちでも当然である。
弁護士が、罪証隠滅のおそれがない・逃亡のおそれがない・勾留によってこれだけの不利益が生じてしまうという事実を、証拠で示すことによって初めて、勾留の裁判が本当に成立してくるのだ。接見に言って、当事者が自分はやっていないです、無実ですと言っているとき、弁護士は重要な判断を迫られる。現実として、罪を認めている方が釈放されやすい。
罪を争っている人ほど、争いのある事実に関して、この証拠とかを隠すかもしれない、この関係者に接触をはかるかもしれない、罪に問われたいから逃げるかもしれないと、勾留の判断において不利な立場にされる。戦略的に自白する人がいるのも、人質司法の動かざる現実だ。
嘘をつく子供の心理と、大人に求められる姿勢

私は少年事件において、子供に噓をつかせるということを、できればしたくない。自分がやってもいないことについて、無理やり認めらさせられて、周りが自分の話を聞いてくれなかったという経験をしたとき、それは大きな呪いとして、その子の他人への不信感や社会に対する卑屈な感情を、将来にわたって引き起こす可能性がある。
少年事件は、子供の将来のために行う手続であるはずなのに、いきなりそんな呪物を残してしまっては本末転倒だ。自分も、過去に、逮捕直後に罪を犯していないと語る少年と出会ったことがある。
もちろん、やっていないという言葉を、私は簡単に信じるわけではない。少年事件に熱い弁護士からは意外なセリフかもしれない、子供は嘘をつくものである。なんだったら、大人よりもささいな理由で嘘をつくことも多い。ちょっとした過ちですら、それを重くとらえてしまい、知られたら自分が怒られるかもしれないなどと必要以上に不安を覚えてしまう。
そして、目の前の大人が、自分を甘やかしてくれる相手なのかどうか、顔色を窺っていることも多い。大事なのは、大人として信用を得ることだ。簡単に騙せてしまう、甘やかしてくれる相手と思われると、大事な本音は聞き出せない。
一方で、正しい厳格で立派な大人という、自分とは違う人だと思われても、やはり本音をなかなかさらしてくれない。自分の横にいる、大人。そういう風に見てもらえないと、本音は聞けない。
ただ、自分の中で本当だろうなと思えた時、一番悩ましい。前記のとおり、学校といった通うべき先があり勾留を防いで釈放に導いてあげることは絶対的優先事項である一方、子供の心を考えると、思ってもいないことを話させるのも嫌だ。
君は嘘をつかなくていい、やってないと言っていい。それでも外に出せる戦いを今からする。そのように宣言した事件もあった。この場合、罪を否定していることで受けるマイナスを補うだけの取り組みが必要になる。それを、家族との連携プレーで実現するのだ。
釈放に必要な要素の具体化〜少年サイド〜

罪証隠滅のおそれがない・逃亡のおそれがない・勾留によってこれだけの不利益が生じてしまうという事実を、証拠で示す必要があるが、具体的にどんなこと考えられるか。
まず私は、きわどい事案ほど、捕まっている少年自らの字で書いた供述書を作るようにしている。警察や検察が作る調書は、犯罪の立証のために作成されている。逮捕直後の勾留請求前に、検察官が作る調書なんて、30分程度のやりとりだけで作っていることも多い。捜査機関に色々と話しても、裁判官の目に留まる証拠にはならないと思った方が良い。
だから、こちら側の言いたいことを、文にするのである。特に、勾留を意識する場合、どこに争いがないか、そして釈放されたら今後どのように生活できるかを、捕まっている少年自ら理解しているというのは、説得力が高い。だから、少年と一緒に議論して、どんなことができるかを一緒に決めていく。こうすれば裁判官から質問を受けたときも、同じように答えられる。
勾留でいつも障害となるのは、被害者を中心とした事件関係者との接触関係だ。その少年にとってはまだ被害者と決まっているわけでもないのだが、刑事手続はとにかく被害者を守ることが最優先で、暫定的に逮捕・勾留されている人間が被害者に悪さをするかもと決めつけて判断を行う。だから身の潔白を訴えても、とにかく物理的な距離を作って、接触しないようにするしかない。
たとえば、通学路が被害者の生活圏と被る場合。特に、事件現場と通学路が重なっている場合は、そこを避けて通う方法がないかを考える。電車の路線などがわかる道具を警察署にもっていき、少年と一緒に、どうやったら普段の学校に行けるかを考えるのは、ちょっとした子供向けのパズルのようだ。このように具体的に取り組むことが大事なのである。
少年から、学校の仕組みやスケジュールを聞いておくことも大事だ。勾留されるということは、今後、数日で起きる行事に参加できないということである。それによってどんな不利益が生じるか。この授業に出れないと留年するかもしれない、取り返しがつかない行事がある、そういった具体的なイベントを把握することである。
そして、それが少年自身にとって困る理由も説明できるようになってもらう。一緒に供述書で伝える内容を考え、自分で手書きすることによって、ちゃんと頭に残る。勾留決定の際、裁判官も真剣に確認してくれたことが何度もある。証拠で示されている事実は、裁判官も見てくれる。そこは間違いないから、とにかく材料を用意するのだ。
釈放に必要な要素の具体化〜家族〜

さきほど少年と一緒に決めた計画は、家族と連携がとれてないと実現できない。通学路を調整したり、行き帰りを監督したりを、家族も一緒に動けるようなら望ましい。家でも一人で行動できると、どこかに行って何かをできてしまうと疑われる。家にも、いつも誰かが一緒にいれた方が望ましい。
サポーターとなる親や親族との間で、どのような監督体制を作れるか、受け入れられるかも決めておくべきことだ。少年本人ができないような絵空事を並べても仕方がない。現代人はスマホを使うことが生活において必須だが、このスマホが、関係者との連絡手段や、カメラなどを用いて犯罪の道具その物になることも珍しくない。
学校の帰り、塾の帰りとかに寄り道をして、問題を起こしていると疑われている場合、残念ながら暫定的に犯罪者扱いを受ける側としては、とりあえずその問題が起きる可能性を除去して見せる必要がある。実際に家族が良く知っている位置情報共有アプリを使って行動を監督するというのは強力なやり方だ。
特定の施設を出たタイミングで必ず報告し、寄り道をしなければこれぐらいで帰ってこれるという時間管理をするのも、これなら誰でもできる方法だろう。行動を監督するためにもスマホは持っていた方が良いが、カメラ機能は使わない方が良い場合、カメラをガムテープで封鎖して、それを解除していないか毎回チェックするなんてことも行ったことがある。
ただ大人は仕事があり、それぞれのやるべきことがあり、24時間7日間、丸々時間を割けないことが多い。だから、家族のだれが、いつ、どのような形で貢献できるかを、一週間を埋めるパズルのように組み合わせる。
そうして作った監督計画を、上申書として作成する。アプリなどを使った監督措置なども、アプリの仕組みを家族側も理解して使えることを示さないといけない。時には、アプリの仕様書などを用意して、家族と一緒に確認し、その仕様書を裁判官に見せることもある。
学校関係についても、たとえば入学前に配られたオープンキャンパスの資料とか、入学時に配られた資料、授業の時間割などを用意してもらう。「この学校を卒業できるとこんな将来がありそう」「この授業に出れないと、学校の制度上、進学が難しい」など、見せられる資料があれば、証拠に基づいて勾留で受ける不利益を論証できるようになる。
運命の日。少年との再会かはたまた……

このように取りまとめた証拠資料をもとにして、勾留が刑事訴訟法で認められるべきでないことを論証する。ここは、裁判官に媚びて、お願い申し上げるものでなく、刑事訴訟法にあてはめたただのルールの帰結として、釈放しかありえないと論証する。そう言えるぐらいの資料を集めているべきだ。
ただし、最後は裁判官が結論を出す。裁判官は法服を来た、法手続における神である。そのため、裁判官の考える勾留の要件と評価に沿っているか、最後の調整はすべきだ。その手段として、裁判官との電話面談を実施するよう求める。裁判官が釈放に肯定的な評価を持っている場合、宿題などが出されることもある。その場合、直ちに関係者に確認をとるなどして、追加提出を行う。
そうして逮捕から72時間の終わりに、釈放が認められることがある。今回記載したような取り組みを徹底してやると、通常は捕まったままになるような事件でも、釈放が認められることもある。その場合、少年は家族と再会し、明日から学校にも通える。刑事手続は終わらないが、少なくとも日常生活は戻ってくる。これが理想だ。
ただ、そういかない場合もある。そうすると、勾留・そして鑑別所と、長い身柄拘束の戦いが続くことになる。それでも、次の釈放の機会、そして最後に受ける審判に向けた取り組みは、続いていく。今回は72時間で終わるひとつの場面を語ったので、次回は拘束が続いた場合の活動にスポットライトをあてたいと思う。




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