
刑務所と聞いて、多くの人は高い塀や厳重な警備を思い浮かべるのではないでしょうか。島根県浜田市にある「島根あさひ社会復帰促進センター」は、その常識とは異なります。施設の外観は、一般的な行政施設に近く、周囲を囲むのは高いコンクリート塀ではなく高度なセキュリティフェンスが設置されています。
2006年に官民協働の事業契約が締結し、2008年10月に開所。2026年で20年を迎えます。開所にあたってどのような苦労、背景があったのか。そして地域は、その存在をどう受け止めてきたのか。施設関係者と地元行政への取材から、その実態を追いました。
<目次>
官民協働で運営される「開かれた刑務所」

島根あさひ社会復帰促進センターは、運営の一部を民間企業が担う官民協働の矯正施設です。建設地は、かつて工業団地として造成されたものの活用が進んでいなかった場所でした。地域振興も視野に入れ、施設誘致が進められた経緯があります。
建物には民間企業のノウハウが活かされており、吹き抜けの中央の広場や4階建ての収容棟を9つ配置するなど、収容棟内部を効率的に監視できるよう工夫されています。敷地面積は約33ヘクタール。職員宿舎など地域に開放された地域交流エリアと、受刑者の刑事施設エリアに分かれています。
地域交流エリアでは職員の宿舎や盲導犬パピーの育成に取り組む「日本盲導犬協会訓練センター」や「認定こども園あさひこども園」などの施設が入っており、地域コミュニティの場としても活用されています。
収容定員は、犯罪傾向の進んでいない男子受刑者約2,000人です。ここでは「受刑者」という呼び方ではなく、「訓練生」と呼んでいます。処罰の場ではなく、社会復帰に向けた訓練の場であるという考え方を徹底するためです。

高度なセキュリティとは言え「コンクリート塀ではなくフェンス」と聞くと、逃走の危険を心配する声は少なくありません。実際、建設当初の住民説明会でも「本当に逃げ出さないのか」「脱走したらどうするのか」といった不安の声も挙がっていました。当時のことを浜田市旭支所の官澤氏は振り返ります。
「地域住民にとっては、まったく想像ができない状況です。”逃げたらどうするのか”という懸念は多くの人が抱えていました」
まず、逃げることはないという説明からはじめ、慎重に伝えることを意識していたそうです。そして、職員が新たに増えることで地域の活動が増えること、経済的な効果も期待できること、安全性の話などを伝えていきました。開設後には新たな居酒屋がオープンし、地域住民の食事処として賑わうようになったそうです。
施設では、訓練生・職員ともにICタグがついており、行動は常に中央監視室で監視されています。このことで訓練生の自主性と責任感を養いながら、職員の負担も軽減することができました。
若年者の社会復帰を支える運営体制

島根あさひ社会復帰促進センターでは、矯正作業を行なう場所を「工場」ではなく「訓練室」と呼んでいます。これは、単なる作業の場ではなく、訓練と教育を行う場所であるという意識を持ってもらうために名称を変更したものです。
取材に応じてくださった職員は、以前の配属先では訓練室での指導や夜間の監督なども担当していたとのこと。2006年に刑務官として採用され、当施設の開所に合わせて2008年9月に着任しました。「現在は収容環境が安定しており、訓練生に対して1対1で指導できる体制が整っています」と話してくれました。
施設内での教育プログラムでは、最初に「社会復帰に向けた土台作り」のプログラムが実施されます。これは、「なぜ罪を犯したのか」を訓練生自身が考えることで、段階的に行動の矯正を図る内容です。入所当初、ネガティブな感情を誰にも相談できず、ひとりで抱え込んでいた訓練生も、プログラムを通じて意識や行動に変化が見られるようになります。
島根あさひ社会復帰促進センターでは、地域とのつながりを大切にした活動も展開しています。地域イベント「旭ふる里まつり」では矯正展を開催するほか、施設で育てているバラやトマトの栽培方法について職員が地元小学生への指導も行っています。
地元の小中学校へ出前授業や、給食に訓練生が製造したコッペパンの提供を行い、児童・生徒からはお礼のメッセージが届けられることもあります。そのほか、畑の草刈りや石見神楽の小道具づくりなどを通じて、地域と積極的に関わっています。
現在、訓練生は草刈りや、閉校となった校舎の清掃などをボランティアで担当しており、地域住民からは感謝の声も寄せられています。
地域と密接に関わりながら運営している島根あさひ社会復帰促進センター。矯正施設の建設で地域を活気づけたいという想いがあったことから、現在も旭支所の市民福祉課ではなく産業建設課で担当しています。
神楽や棚田など、地域に広がる交流の輪

地域と施設との関わりは、年間行事として定期的に計画・実施されています。島根県独自の施策として、石見神楽の道具を訓練生と関係者が一緒に作成し、交流を深めるイベントも行われました。「見る・見せる」だけではなく、実際に触れて体験できる機会があるのは、一般的な刑務所との違いと言えます。
そのほかにも、施設玄関を出てすぐの場所に石積みの棚田が整備され、訓練生が土をおこし、地域住民が彼岸花を植えています。地域の小学校に通う児童が作業を行うことで、子どもたちとの交流も生まれています。
今後の課題として、地域との関わり方の選択肢を増やすことを挙げられました。「安全面の確保はもちろん、つながりの輪が広がっているからこそ、地域住民と施設職員とのさらなる連携と、訓練生と地域住民が地域課題の解決に向けた取り組みを伴走していきたい」と官澤氏は話します。
地域との関わりが増えることで訓練生の社会復帰にも役立つほか、施設で働く職員にとっても地域に馴染む良いきっかけになると考えられています。
島根あさひ社会復帰促進センターは、2026年10月に開所から20年の節目を迎えます。かつて「脱走の不安」を抱えていた地域住民にとって、今や施設は「共に歩むパートナー」へと変わりました。民間企業のノウハウと行政の仕組みを掛け合わせたこのモデルは、刑務所のあり方に新しい選択肢を示しました。
「社会から隔離する場所」ではなく、「社会へ戻る準備をする場所」として、地域と手を取り合う挑戦は、これからも続いていきます。














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