
南米ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカ氏が5月13日、89歳で亡くなりました。「ペペ」の愛称で親しまれ、「世界一貧しい大統領」として国際的に知られた政治家の死に、現職のヤマンドゥ・オルシ大統領は「国民への深い愛情に感謝する」と追悼の言葉を捧げました。
ホセ・ムヒカ氏は波乱に満ちた人生を歩みました。1960年代に左翼ゲリラ組織「トゥパマロス国民解放運動」に参加し、4度の拘束と2回の脱獄を経験。
1973年のクーデター後は14年にわたり投獄され、拷問や厳しい隔離状態を経験しました。彼はこの獄中体験を「狂気の直接体験」と表現し、釈放された日を「大統領になったことなど取るに足らない」最も幸せな日と語っていました。
1985年の民主化後に政界入りし、2010年に74歳で大統領に就任しています。在任中はモンテビデオ郊外の質素な農場に住み続け、1987年製のフォルクスワーゲン「ビートル」を愛用。
給与の大部分を寄付する一方、同性婚の承認、人工中絶の合法化、嗜好用大麻の国家規制といった先進的な社会改革を実現しました。
ムヒカ政権下のウルグアイ経済は年平均5.4%成長を記録し、支持率70%という高い人気を維持しました。一方で、公的支出の拡大や教育問題の改善が進まなかったという批判も受けています。
2020年に政界を引退したホセ・ムヒカ氏は、自身の質素なライフスタイルについて「それが驚きだというなら、この世界はおかしい。それは本来、普通のことだからだ」と述べていました。
ホセ・ムヒカ元大統領の政策と人物像
ホセ・ムヒカ元大統領は、南米ウルグアイでエネルギー政策改革を推進した先進的な指導者でした。
彼の政権下でウルグアイは、電力の約9割をクリーンエネルギーで賄う世界有数のエネルギー先進国へと変貌。欧州経済の低迷期を逆手にとって自然エネルギーへの転換を実現しました。
社会政策では、同性婚の合法化、妊娠初期の人工中絶の容認、嗜好用大麻の国家管理という進歩的な改革を実現しています。これらの政策は宗教的に保守的なラテンアメリカでは極めて革新的でした。
経済面では貧困率の低下と高い雇用創出を実現しており、地域農業支援と自給自足型の経済モデル構築にも尽力しました。
原子力政策については明確な反対姿勢を示し、「日本には優れた人材と技術力があるのに原子力に頼るエネルギー政策を続け、代替エネルギー開発に消極的な事実に驚く」と発言。特に被爆国である日本が経済的要素を優先し、国民の思いを軽視していると批判していました。