なぜ“塀のない刑務所”が成り立つのか。鹿児島刑務所の歴史と矯正処遇の今

鹿児島刑務所外観

霧島連山の麓に、鹿児島刑務所はその広大な敷地を構えています。しかし、多くの人が抱く灰色で高い壁に囲まれた「刑務所」のイメージとは、その姿は少し異なるかもしれません。
敷地面積は実に112ヘクタール、東京ドームおよそ24個分。そして何より大きな特徴は、一部の区画に受刑者を囲む「塀」が存在しないことです。

「なぜ“塀のない”刑務所が成り立つのか?」
「広大な土地で、受刑者は一体どんな作業をしているのか?」
「時代の流れとともに、受刑者との向き合い方や刑務官の役割に変化はあるのか?」

そんな疑問に答えるべく、鹿児島刑務所の所長にお話を伺いました。

<目次>

鹿児島刑務所の概要

鹿児島刑務所正門

鹿児島刑務所は、鹿児島県内の鹿児島拘置支所と大島拘置支所を管轄しています。さらに2026年度からは、宮崎拘置支所(廃庁が決定している現宮崎刑務所)と都城拘置支所が鹿児島刑務所の管轄下に入ることが決まっており、組織としての規模は今後さらに大きくなる見込みです。

鹿児島刑務所の歴史

当時の鹿児島刑務所(写真提供:鹿児島刑務所)
当時の鹿児島刑務所(写真提供:鹿児島刑務所)

鹿児島刑務所が最初に設けられたのは、現在の鹿児島市の中心部、鹿児島中央駅にもほど近い永吉町(現・西原商会アリーナがある場所)でした。 当時の刑務所は、受刑者の移送の利便性などから、街の中心部に建設されるのが一般的でした。鹿児島刑務所もその例に漏れず、市街地の真ん中にその施設を構えていたのです。

明治時代に撮影された鹿児島刑務所(写真提供:鹿児島刑務所)
明治時代に撮影された鹿児島刑務所(写真提供:鹿児島刑務所)

もともとの施設は、明治時代に建てられた歴史あるもので、近代化が特徴的な明治5大監獄のひとつでした。設計したのは、薩摩出身で司法省の技官だった山下啓次郎氏。彼の設計した監獄の中で、鹿児島刑務所は唯一の石造りでした。なお、世界的に有名なジャズピアニストの山下洋輔氏は、啓次郎氏の孫にあたります。

鹿児島刑務所が移設する際の報道(写真提供:鹿児島刑務所)
鹿児島刑務所が移設する際の報道(写真提供:鹿児島刑務所)

しかし、都市化の波は鹿児島にも訪れます。昭和後期になると、刑務所の周辺はすっかり住宅街となり、火災が発生したことなどもきっかけとなって、移転が本格化。 そして、昭和61年(1986年)、地元自治体からの誘致もあって、現在の湧水町へとその場所を移すことになりました。

今もなお、西原商会アリーナのそばには、旧鹿児島刑務所の正門がひっそりと佇み、施設がかつて街の中心にあった記憶を静かに伝えています。

旧鹿児島刑務所の正門(写真提供:鹿児島刑務所)
旧鹿児島刑務所の正門(写真提供:鹿児島刑務所)

鹿児島刑務所の収容人数や罪名

施設の収容定員は、老朽化した建物の解体が決定したことに伴い、678名から426名へと変更されました(2025年5月時点)。 取材を行った2025年6月時点での収容者数は365名で、定員のおよそ8割が埋まっている状況です。

受刑者の主な罪名は、窃盗と覚せい剤。50代が最も多く、50代以上で全体の半数以上を占めています。 最高齢は82歳、受刑者の平均入所回数は5回で、最も多い人では17回にも及ぶといいます。 この数字からは、受刑者の高齢化、そして罪を繰り返してしまう「再犯」という根深い課題が透けて見えます。

鹿児島刑務所での刑務作業

茶畑で作業する受刑者たち

受刑者が社会復帰を果たすうえで、規則正しい生活リズムを身につけ、就労への意欲を高める「刑務作業」は非常に大きな意味を持っています。鹿児島刑務所では、木工や洋裁といった一般的な作業に加え、その広大な土地を活かした、他では見られない特色ある作業が行われています。それは、施設の代名詞ともいえる「農場区」での活動です。

鹿児島刑務所の農場区について

鹿児島刑務所農場区の茶畑

鹿児島刑務所の特徴として、施設の大部分を占める「農場区」の存在にあります。この農場区があることによって、鹿児島刑務所の敷地面積はなんと東京ドームおよそ24個分にあたる112ヘクタールにものぼります。さらに、この農場区は受刑者を物理的に拘束する「塀」がない、開放的な環境で運営されています。

もちろん、逃走のリスクはゼロではありません。しかしそれ以上に、できるだけ社会に近い環境で処遇し、彼らとの信頼関係を築くことが、本当の意味での改善更生・再犯防止につながると刑務所においては考えられています。令和2年(2020年)には、法務省から正式に「開放施設」として指定されましたが、こうした開かれた処遇は、それ以前からこの場所の伝統として受け継がれてきました。

農場区でお茶の生産が盛んな理由

製茶工場の機械

鹿児島刑務所の広大な農場で行われている刑務作業の中心は、茶葉の栽培です。その背景には、かつて鹿児島刑務所の近くにあった般若寺というお寺が関係しています。般若寺は、鹿児島茶の発祥の地と呼ばれています。周辺一体は寒暖差が大きいため、美味しいお茶作りにはとても適した土地です。

昭和27年(1952年)頃から、さまざまな作物が試された末に、土地の風土に合ったお茶が主要な生産品として根付いていきました。農場区で収穫された茶葉は製品化され、一般消費者にも販売されています。

2024年4月に現職を拝命した所長は、鹿児島刑務所に来た際に見た施設の紹介動画に大変驚いたといいます。そこには、農作業に励む受刑者の「一生懸命でないと、いい花は咲かない。お茶畑が教えてくれた」という、素直な言葉が映し出されていました。

受刑者の口からこのような言葉が出るということは、言わば、刑務官たちの『心に種をまく』作業がしっかり届いた証。厳しく監視するだけではなく、心から向き合い、信頼という見えない鎖でつながる。それが、この塀のない農園を成り立たせる礎となっているのです。

刑務作業を行ううえでの自己分析

グループワークの様子(写真提供:鹿児島刑務所)
グループワークの様子(写真提供:鹿児島刑務所)

一方、塀の内側にある工場でも、単に作業をこなすだけではない、受刑者の内面に働きかけるためのユニークなプログラムが実施されています。それは、作業への動機づけや自己理解を促すための4つのセクションで構成された教育プログラムです。

受刑者一人ひとりが、なぜ自分がここにいるのか、社会にいた頃はどんな状況だったのかを振り返り、「自分の強み・弱み」「長続きしない理由」などを紙に書き出していきます。まずは、自分自身を客観的に見つめ直すことから始めるのです。

さらに、作業を通じて「社会とのつながり」を意識させることも重要です。たとえば、ケーブルを解体する作業では、ただばらすのではなく、そこで生まれた鉄やアルミが社会のどこで、どのように役立っているのかを理解してもらいます。

そして、単純作業の中でいかにモチベーションを維持していくか、物事の捉え方を変えるトレーニングも行われます。単調に感じる作業も、視点を変えれば「自分の成長」につながる。そうした考え方を学び、最終的に具体的な「目標設定」を行います。

たとえば、「1週間の解体量を平均7キロにする」といった数値目標のほか、「担当職員から注意を受けない」といった、ごく基本的な生活目標でも構いません。どんなに小さなことでも、目標を立て、達成するという成功体験を積み重ねることが、自信を取り戻すための第一歩になるのです。

矯正処遇のあり方について

農作業に取り組む受刑者
農作業に取り組む受刑者

受刑者数の減少や高齢化、そして「拘禁刑」の導入。刑務所を取り巻く環境は、今、大きな転換期を迎えています。時代が求める「矯正処遇」とはどのようなものなのか。そこには、守るべき伝統と、変えていくべき未来がありました。

刑務所の変わるべき点・変わってほしくない点

所長が強調するのは、受刑者の内面に深く寄り添うアプローチの重要性です。そのためには、刑務官1人ひとりが、決められた役割をこなすだけでなく、社会復帰をどう助けるか、再犯に繋がる心の問題をどう解決に導くか、職域を超えた知識や経験を総動員して考え抜くことが求められます。

一方で、どんなに時代が変わっても「決して変わってはいけない、受け継いでいくべきもの」もあるといいます。それは、刑務官の愚直なまでの真面目さ、そして真摯な姿勢です。言わば刑務官の仕事は、常に『ゼロ』を求められるもの。保安事故ゼロ、不祥事ゼロ。犯罪被害者をこれ以上増やさないという思いから、このゼロを愚直に続けることの難しさと重要性を、職員には改めて認識してほしいと所長は語りました。

安心・安全な施設運営という揺るぎない「ゼロ」の基盤があって初めて、受刑者の更生を促す教育的な指導、いわば「プラス」の働きかけが可能になる。この伝統的な基盤を守りつつ、新しい挑戦をしていく。その難しいバランスこそが、これからの刑務所運営の要になっていくようです。

拘禁刑導入による変化

歴史を感じる鹿児島刑務所に関する写真(写真提供:鹿児島刑務所)
歴史を感じる鹿児島刑務所に関する写真(写真提供:鹿児島刑務所)

矯正の世界における近年の大きな変化が、2025年6月から始まった「拘禁刑」の導入です。これは、従来の「懲役刑(刑務作業が義務)」と「禁錮刑(義務ではない)」を一本化し、受刑者の特性に応じて、刑務作業だけでなく、改善指導や教科指導などを柔軟に組み合わせることができるようにするものです。

とはいえ、現場の意識がすぐに切り替わるわけではありません。所長曰く、拘禁刑に対する職員の関心は高いものの、具体的な対応についてはまだ理解度に差があるのが実情なのだとか。しかし最近では、職員同士の雑談の中で「個別的な対応が重要」「自分たちも目線を変えないと」といった声が自然と聞こえるようになってきたといいます。

一部の意欲的な職員が牽引するだけでなく、施設全体で取り組む「全員野球」でなければ、この大きな変革は乗り越えられない。その意識をいかに共有していくか。成功体験を分かち合い、一体感を醸成していくことが、今後の大きな鍵となると所長は期待を寄せています。

矯正局のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)

鹿児島刑務所 山内所長
鹿児島刑務所 山内所長

矯正行政全体として、社会の中で果たすべき役割を示した「矯正局のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」。これを各施設がどう噛み砕き、自らの目標として落とし込んでいくのかも、刑務官が抱える大きなテーマのひとつです。

「正直に言うと、非常に難しい課題です」と所長は率直に打ち明けました。言葉として知っていても、それをどう日々の行動に移していくか、まだ模索している段階だといいます。幹部は研修などで学ぶ機会がありますが、日々の業務に追われる一般職員には、なかなか実感を伴って伝わりにくいのが現状のようです。(令和7年7月から対話型参観を実施しています。)

この課題を乗り越えるため、所長はユニークな試みを計画しています。それが「対話型参観」です。施設見学に来た一般人のグループに刑務官も入って、直接対話する機会を作れないかと考えています。

社会から刑務官がどう見られているのか、何を期待されているのか。職員がその声を知ることは、極めて重要です。自分たちの『存在意義』を外からの視点で再認識することができれば、それが自ずと施設の、そして職員1人ひとりの目標となり、仕事のやりがいや生きがいに繋がるかもしれないと、所長は希望を持って語りました。

<TEXT/小嶋麻莉恵>

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