懲役刑と禁固刑が廃止に。118年ぶり導入の「拘禁刑」で変わる受刑者への処遇とは

2025年6月、明治時代から続いてきた「懲役刑」と「禁固刑」が廃止され、新たに「拘禁刑」が導入されました。100年以上続いてきた制度の変更は、刑罰のあり方や受刑者の処遇にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

本記事では、元検事で現在は弁護士として活動する工藤啓介氏にお話を伺い、制度の背景や今後の課題、市民として注目すべき点を聞きました。

<目次>

「受刑者の社会復帰」を重視した法改正

鉄の柵

―懲役刑と禁固刑はどのような刑罰だったのでしょうか。

懲役刑は「刑務作業を義務付ける刑罰」、禁錮刑は「身柄を拘束する刑罰」です。刑務所に入った受刑者のほとんどが「懲役刑」判決を下されており、2023年の割合は99.6%を占めます。一方で、禁固刑はごく一部の政治犯や交通事故における過失犯などに限られていました。禁固刑を言い渡された受刑者の割合は2023年において0.3%と非常に低かったのが現状です。

禁固刑は「社会的な制裁は必要だが、刑務作業に服させるのは妥当ではない」というケースで選択されます。 政治犯や、過失による交通事故の加害者といった方々が対象であり、身近なトラブルである交通事故の加害者が多いですね。

刑務作業を強制されることはありませんが、「刑務作業をしなくてもよい」という扱いは刑務所ではかえって特殊で、刑務作業をしない受刑者は独居に近い状態になることも多く、むしろ孤立感や精神的な負担を強めることも懸念されていました。

近年では、矯正教育や再犯防止教育に重点が置かれた刑務所もあります。たとえば、禁固刑を言い渡された交通事故の加害者を収監する「交通刑務所」がその代表例です。

収監されている人は刑務作業を免除されていますが、再び社会に戻ったときに事故を繰り返さないための教育が施されています。つまり、刑務作業を免除するよりも教育プログラムに参加させた方が矯正的に望ましいと考えられているわけですね。

高齢化に対応する処遇制度も整備

刑法の本

ーなぜ懲役刑と禁固刑は1本化されたのでしょうか。

禁固刑を下される人は非常に少ないですが、その中にも刑務作業を行う受刑者もいます。懲役刑との差異がなくなりつつあったため、刑を2つに分ける意味が薄れていました。つまり、刑務所内の実態にあわせた法改正と言えるでしょう。

拘禁刑は、基本的に懲役刑の枠組みを引き継いでおり、刑期の幅は従来と同じく1ヶ月以上20年以下とされています。そのため大きな変化はありません。

一方で、刑罰への考え方は大きく変わりました。1907年に制定された「懲役刑」と「禁固刑」の背景には「罪を犯した人に罰を与えて、再犯を防止する」という考え方がありました。

しかし、改正された刑法12条には「拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な刑務作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる」と新たに記載されました。これは受刑者を社会に戻すための教育的機能を、国が責任を持って提供するという方向へシフトしたことを意味します。

ー具体的に導入する制度などはあるのでしょうか。

たとえば、受刑者の特性に合わせた処遇を効果的・効率的に実現するために、「矯正処遇過程」が導入されます。「矯正処遇過程」では、刑務官による評価だけではなく、それ以外の職員や心理職の専門家を含めて多角的に受刑者を評定します。

法務省が公開している資料では高齢福祉過程の導入も書かれており、高齢社会を突き進む日本の刑務所の実状も反映していると思われます。再犯防止の観点からも拘禁刑に寄せられる期待はそれなりに大きいと言えるでしょう。

必要なのは「市民と報道機関による監視」

複数の警察官

―拘禁刑の開始は、検察や警察へどのような影響があると考えていますか。

拘禁刑の導入による直接的な影響は少ないでしょうね。検察官にとって重要なのは、犯罪事実を立証し適正な量刑を裁判所に求めることです。刑名が変わったとしても、求刑に大きな変動はありません。警察の取調べも同様です。供述を得る手法や証拠収集に制度改正が影響することは基本的にないと考えられます。

―拘禁刑の導入について、我々はどのように認識するとよいのでしょうか。

刑務所や刑罰のあり方に目を向け続けることが重要です。刑務所内はどうしても「ブラックボックス化」する側面があります。刑務所に収容される受刑者には、暴力団関係者もいれば、出所後に成年後見制度が必要な障がい者もいます。色んな背景を抱える人たちが集っていますから、所内でトラブルがまったく起きていないとは考えにくいです。

発生しているトラブルに対し、刑務所内でどのように検証が行われ、改善や対策を行っているか、逐一報道されたりはしません。私たち弁護士もその全容を知ることはできません。拘禁刑の施行による教育的処遇や更生プログラムの運用については、ブラックボックスにならないように市民が関心を持つ必要があるでしょう。

だからこそ、市民自身が監視を続けることにこそ意味があります。刑罰は社会のあり方を映す鏡です。どのように人を処遇するかは、私たちがどんな社会を目指すかと直結しています。

拘禁刑が単なる「名称の変更」に終わるのか、それとも受刑者の社会復帰を後押しする制度として根付くのか。その方向性を決めるのは、運用を見つめる報道と市民による監視でしょう。私たち市民1人ひとりと報道機関が責任をもって注目していくべきだと思います。

工藤啓介

工藤啓介弁護士

埼玉弁護士会・工藤啓介法律事務所の代表。検事を11年経験した後、弁護士へと転向。検事のキャリアを持つ弁護士として、100件以上の刑事事件を担当した経験を持つ。公職選挙法に関する難解な事件も取り扱っている。

岩田いく実ライター・インタビュアー

投稿者プロフィール

法テラス、法律事務所勤務後、法人事業としてライター業を展開。年間60人を超える弁護士・税理士を取材。2冊出版中:第一法規「弁護士のメンタルヘルスケアの心得」、自主出版「ルポ豊田商事」

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