40代前半から10年余り、私は彷徨い続けていた。日本大学商学部から私自身7つ目となる学位を取得した後もさらにロンドン大学神学部に進学し勉学は続けていたものの、仕事は一切していなかったのだから貯金はだんだん減ってはきていた。

でもそれでも仕事をする気にはなれなかった。自分の最大の持ち味である「出版翻訳」ができなくなり、それ以上にやりたいと思う仕事が見つからなかったからである。

私はただ「自分の持ち味が発揮でき、かつ、世の中に貢献できるもの」を探し求めている風変わりな中年男性だった。一般の女性が私を形容したら“気持ち悪いの最上級”かもしれない。

ロンドン大学神学部2年目のときのことである。重度の花粉症患者である私は3月に避花粉のため札幌に滞在し、毎日図書館に籠ってロンドン大学神学部の最終試験に向けて勉強に励んでいた。

そんな札幌滞在中のある日、ロンドン大学指定のキリスト教倫理学の本を一心不乱に読んでいると、その英文の荘厳さも圧倒された。豊富な語彙が使われたその美しくも荘厳な英文を読んでいると、まるで女神にでも出会ったのかのような不思議な感覚に襲われたのだ。

全身に歓喜の電流が走り、ある強烈な映像が脳裏に焼き付けられた。それは私が主催する語学コンテストに大勢の参加者が殺到し、教室がいっぱいになっている映像だった。まさに語学イベントの「フィールド・オブ・ドリームズ」である。

じつはその瞬間まで、私は英語の語彙力に関しては誰にも負けないと自負していた。中学1年で英語を学び始めて以来、高校、大学でも英語の成績は常にトップクラス。ロンドン大学哲学部とシェフィールド大学大学院言語学研究科もそこそこの成績で卒業できた。さらに翻訳書も30冊近く出している。そんな私であるから私が自分の語彙力に自惚れるのも無理はなかった。

しかしロンドン大学指定のテキストの中には、私が見たことも聞いたこともない単語が次から次へと出てきていた。数ページ読み進めると1個、さらに数ページ読み進めると1個…。1日読み進めると10個以上の知らない単語が出て来ていた。しかもそれは神学の専門用語ではなく一般の言葉であったのだから私が衝撃を受けないわけはなかった。

(ロンドン大学神学部の学生って、こんなに難しい本読んでいるの? スピーキングは逆立ちしてもネイティブにはかなわないけど、読解力や語彙力はネイティブと互角だと思っていたのに、ロンドン大学指定のテキストにこんなに知らない単語が出てきているということは、私の語彙力ってたいしたことなかったってことじゃないか。逆にいえば、ロンドン大学で学ぶイギリス人の学生に引けを取らない語彙力を身に付けるようと思えば、まだまだ努力が必要だということじゃないか。うぬぼれている暇なんかなかったってことじゃないか)

そう自戒しながら読み進めたが、内容が至極素晴らしい。こんなに素晴らしい本、読まない方が人生の損失だ。では私が翻訳して出版するか? しない。出版社は売れる本しか興味がないからだ。

こんな神学の専門書はまず売れはしない。だから私がいくら「素晴らしい内容だ、これを読めば人生がガラリと変わる、女神に出会うような感激が味わえる」といって売り込んでも、耳を傾けてくれる出版社が見つかるとは思えない。かといって自費出版するかといえば、そこまでする気にはならない。そう思った瞬間に閃いた。

(そうか、高度な内容の英書を読もうと思えば、とことん語彙力を磨かなければならないのだな。英検1級にやっと合格したくらいのレベルでは、高度な内容の英書を読むのに十分な語彙があるとは言えないのだな。この本の中に私が知らない単語が次々に出て来たのだから、私自身がそのよい例だ。しかしせっかくある程度英語ができるようになった人が、こんなに素晴らしい本が読めないとなると、それまた勿体ない話だ。彼らにもっと語彙力を磨くモチベーションを作ってあげたら、きっと喜んでくれるだろう。そうだ、私は語彙を覚える並外れた才能を持っているのだ。私の持ち味である語彙力を生かせる仕事をしよう。それがボキャブラリーコンテストであり、ボキャブラリー検定だ。私ならユニークな出題ができる。難易度の高い単語も含めた出題ができる。今までになかった試験問題が作れる。きっと多くの人に喜んでもらえるだろう。これこそ私にとっての使命なのだ。儲かるか儲からないかは大した問題ではない。なぜならそれができるのは今の日本に私一人しかいないからだ。私がやらなければいったい誰がやる。やれるのは私一人しかいない。なぜならそれは「語学の神」が私に命じていることだからだ。これは必ず実現する!)

私は図書館を飛び出し、銀雪に輝く札幌の山々に向かって雄叫びを上げた。「語学の神」が降りてきた瞬間だった。

その日以降、10年以上が経つが英語以外にもドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、中国語、ロシア語、韓国語と1日も休まず外国語学習を続け、ボキャブラリーコンテストも大勢の参加者に楽しんでいただいた。しかも副産物として、多言語学習の講演の依頼が来たり、著書執筆やコラムの連載の依頼も来たりしている。私は今、これを自分の使命として日々喜んで取り組んでいる。

よく、「夢がない」という人を見かける。私見にすぎないが、夢は何の努力もしていない人に、神が「ほら、あなたはこれをやりなさい」と与えてくれるものではない。

一心不乱に努力している人にのみ、与えられるものだ。私の場合も、一心不乱な勉強が自分の使命に目覚めさせてくれたものだと確信している。夢を見つかるのに10年以上も遠回りをしたが、遠回りしただけ強烈な夢が見つかった。私はそう思っている。

ライター名:宮崎伸治

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