ライティングコンテスト佳作

「西田と松本、福岡の新店舗に転勤ね」

エリア長が、同僚の西田と私に向かって言った。当時私が働いていたのは、九州内に二十店舗ほどを出店している家電量販店。

(ついにきた!)

働き出して二年目、当時二十歳だった私は二つ返事で承諾した。「地元を出て一人暮らしをする」という期待に胸を膨らませて。

新店舗へ出勤して早々、私は後悔していた。同僚、上司、いろんな人から「西田と付き合ってるの?」と聞かれるからだ。同じ店舗から転勤して来て同じアパートに住んでいるのだから、そう思われても仕方がない。

「付き合ってないです」と三回目に答えたあたりから、やっぱりあの時違うところにしておけばよかった、と憂鬱になった。

事態は転勤前にさかのぼる。私は西田とともに、転勤先での住まいを見に行くことになった。部屋はあらかじめ会社が何件か候補をピックアップしてくれるので、その中から選ぶことになっている。

内見当日、自慢の愛車『クラウン』で現れた西田。助手席には三歳児くらいの大きさのスヌーピー。彼が運転席の窓を開けて私に言う。

「まつもっちゃん、後ろに乗って。俺、助手席には彼女しか乗せない主義なんよ」

そんな主義は初めて聞いた私だが、ここ長崎の田舎から福岡の田舎まで片道三時間はかかる。私はお言葉に甘えて乗せてもらうことにした。持ち主に長く彼女がいないことを匂わせる、くたびれたスヌーピーの後ろに。

現地で不動産会社の担当さんと落ち合い、三人で部屋を見て回る。私は三部屋目に決めた。新築のアパートで、職場もスーパーも近かったから。私がその旨を担当さんと話していると、後ろから「俺もここにしようかなぁ」と西田。えぇ、さすがに一緒はちょっと。そう思う私をよそに、担当さん「まだまだお部屋は空いていますから大丈夫ですよ」なんて言う。いやいや、考え直そう西田!そんな私の念もむなしく、西田も同じアパートに住むことを決めたのだった。

そうして新生活早々憂鬱を抱えていた数日後、衝撃の事実が判明する。なんと各店舗から転勤してきた大半が、私たちと同じアパートを選んでいたのだ。

ここは田舎。そもそも会社側がピックアップしてくれた部屋は三、四部屋ほどしかなかった。家賃の大半は会社持ちだし、そりゃあ誰でも新築に住みたいだろう。妙に納得すると同時に、西田とふたりきりでないことにちょっと安心もした。なにせ大勢が同じアパートに住んでいるのだから、もう疑われることもなかろうと。こうして私の『憧れの一人暮らし』は、『社員寮暮らし』に取って代わったのだった。

はてさて私たちが住む『社員寮』には、敷地内にアパートが三棟建っていた。ファミリー向きで部屋数が多いA、B棟と、シングル向きワンルームのC棟。駐車場は敷地内に約三十台分。

私と西田と可愛い山本さんと穏やかな木田さんが、手前にあるシングル向きのC棟。ファミリーで住む上司の山田さんと松野さん、副店長が真ん中のB棟。一人暮らしだけど広い部屋がいいとのことで、ファミリー向きの部屋に住む榎田さんが一番奥のA棟。全部で二十部屋あるうちの八部屋が、職場の人間で埋まったことになる。

そうとわかればさぁ大変。スッピンだと別人になる私はゴミ出しする時「誰にも会いませんように」と願いながら小走りで行かねばならなかったし、休みの前日に大量の漫画をレンタルしてきたところを見られるのはなかなか恥ずかしかった。

上司の山田さんの部屋からは度々白熱した夫婦喧嘩(ほぼ奥さんの声だけど)が聞こえてくるし、穏やかな木田さん(男)とギャルが部屋から出てくるのに鉢合わせしたりする。気まずい。いろいろと気まずい。職場のみんなのプライベートが見え過ぎる。やっぱり違うところにしておけば……ひしひしと後悔した。

そうこう言いつつも、同じく転勤してきて知り合いのいない者同士。新店舗の立ち上げは激務で、朝早くから夜遅くまで一緒にいる生活。みんなおおむね同世代なこともあり、仲良くなるまでに時間は掛からなかった。

仕事帰り一緒に飲みに行ったり、休日が同じ者同士で遊びに行ったり、なんだかんだ楽しく過ごしていた。しだいに新店舗で採用された人と付き合い始める者、転勤者同士で付き合い始める者がちらほら出始め、いつのまにか西田のスヌーピーも姿を消した。

私はというと、榎田さんのことを好きになってしまった。榎田さん。一人暮らしなのに、広い部屋がいいからとファミリー向きの部屋に住むあの榎田さん。榎田さんには、前の店舗に付き合っている彼女がいた。知っているけど、好きになってしまった。

ほどなくして、榎田さんが駐車場を二台分借りていることを知る。一台は自分のぶん。もう一台は彼女のぶん。彼女がいつ来てもいいように、ということらしい。私は出勤時や帰宅時、彼女用の駐車場に車があるかないか確認するようになってしまった。車がとまっていないとホっとして、とまっていると胸がぎゅっとする。どちらだろうと、私の車がその駐車場にとまることはないのに。見たくないのに、見えてしまう。この時ばかりは本気で落ち込んだ。

次は『社員寮暮らし』じゃなくて『一人暮らし』をしよう。職場の人が住んでいないところにしよう。そう心に誓った経験だった。

その後紆余曲折あって私は榎田さんと恋人同士になるのだが、それはまた別のお話。その頃の私はまだ何も知らない。

ライター名:西森 有

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