“ネット私刑”はどこまで許されるのか?言論の自由市場の1担い手としての考察

ネット私刑を目的にSNSに書き込みを行うためにキーボードを打つ手

ネット私刑は本当に悪いのか?

キャンセルカルチャーという言葉がある。問題を起こした人について、社会が批判を加え、そのことによって仕事の機会が失われる状態を、批判的な文脈で示す言葉だ。著名人が芸能界から追放された時に、「法律によらずに権利が奪われるなんておかしい」といった意見が見られる。法律によって違法と判断されて初めて制裁を受けるべきだという思考が背景にある。

実は、このような考えはかなり新しいものである。少なくとも伝統的な表現の自由を含めた個々人の自由についての考え方からすれば、法律によらずに一定の応報まで生じているからこそ、自由の領域が守られていると考える。理由をもう少し詳しく解説しよう。

ネット私刑を目的にSNSに書き込みを行うためにスマートフォンを持つ手

言論の自由市場という考え方

表現の自由は、この言論の自由市場を守るために存在する装置だとされている。ある意見に対して、別の意見が返され、相互作用によって多様な言論に触れられる状態を是とする。もちろん、完全な自由放任状態を是としているわけではなく、たとえば名誉毀損であるとか、暴力行為が伴うような表現については、保護対象から外してきた。

しかし、基本的には、情報や表現は、多く出されて多く交わされる方が望ましいとされ、一方で、そのような言論によらず、法律という強制力を手にした政府などの公権力(ここには司法を担う裁判所も含む)が、一方的に是非を結論付けてしまうことは、価値観の多様性に反し、言論の機会を委縮させ望ましくないと考えられてきた。

だから、たとえば女性に対して問題を起こした芸能人について、世間の批判が集まり、結果その人の価値の源泉であった人気が落ちて、仕事が失われるというのも、自由が保たれた人間たちの健全な言論活動の結果であると、伝統的には考えられてきたのである。法律に寄らずに社会が機能しているから、むしろ望ましいのだ、と。

ネット私刑を目的に情報を書きこむためにキーボードを打つ手

発信者・拡散者の拡大

もちろん、私も上記のような考え方を、憲法学説がこうであるから正しいのだと当り前に思っているわけではない。このような考え方は、とかく情報発信の手段というものが一部に寡占されやすく、政府のような公権力が情報発信の手段を塞いで権力維持につとめており、私人側には情報を発信する手段も得る手段も枯渇しがちだった前時代を前提に、育まれたものである。

現在の情報社会は、様相が異なる。誰もが発信者になり、あるいは誰もが特定の情報を広める力を持っている。もちろん、正確に述べるなら、情報の発信力・拡散力に関する格差は、今も存在している。

テレビメディアの影響力は、インターネットが一定以上の力をもって相対的に減少したとしても、今でもチャンピオンであることに変わりはない。ただ、公権力や大手メディアとも決して劣らない、少なくとも1人の人生を破壊できるだけの発信力・拡散力が、インターネットユーザーにも生まれている。

言論の自由市場なんて理想的なものではなく、万人の万人に対する闘争が、今の言論空間を表現するのに適切な言葉ではないかと感じずにはいられない。そういう中で、情報は多く広まればより良いのだと能天気に言っていて良いのかというと、私は躊躇を覚える。

スマートフォンとパソコンのキーボード

おそろしいのは、事実に反しているリスクである

情報の発信力・拡散力があがって、より影響が大きくなったからと言って、それだけで問題というわけではない。正しい情報がより広く、多方面から発信されるのであれば、問題はないどころか、望ましいことである。ただ、実際には発信や拡散の手段が増えるにつれ、虚偽の情報が出回るリスクも大きくなった。

やはり正確を期すと、ここでオールドメディアは正しい、ネットはジャンクと言いたいわけではない。昔から、大手メディアの事件報道というものもいい加減なものである。警察が発表する情報は手放しに検証なく是とし、一方で逮捕された側の主張は歯牙にもかけない。

そのようないい加減な情報評価に甘んじてきたのは、過去には袴田事件から、直近でも大川原化工機事件で露呈している事実だ。大川原化工機事件の際には、弁護人が各メディアに反論文を送付しているのにもかかわらず、無視されたこともわかっている。

つまり、大手だろうが一般人だろうが、古来より人は情報を取り扱うのがへたくそなのである。何が正しく、何が誤っているのか、相対的に検討し評価する能力に不足している。そのことに、より一層自覚的になる必要があるのが、情報量の増えた現代で必要な心構えである。

「ちゃんと自分で調査する必要がある」などというお題目も危険だ。今どきの調査は、自身のインターネット検索傾向などにあわせて、勝手に忖度した情報を出してきてしまう。グーグルで調べると、検索結果より上にAIがまとめた情報が出てきて、しかも専門家の専門分野ではしばしば誤りとされるような情報から、時系列のようなシンプルな事実が間違っているものまで出てきてしまう。

調べようが、関わる限り誤るリスクがある。そのリスクを踏まえてでも関わっていくべき話題かを選んでいくのが、必要なことだと私は考えている。

フェイクニュースを表示しているパソコンのモニター

原則的な距離感と例外的に肩入れすべき場合

これまでの記載からもおわかりいただけるように、私は刑事事件の報道等に対しては極めて冷淡である。警察がそういう情報を出したのね、でもこれから起訴されて捜査機関としての見解がどう固まるのかもわからないし、ましてや裁判で違う話が出てくるかもしれないね。そして、メディアは基本的に、無罪という結果が出ない限り、反対の可能性に関する情報は流さないねと思っている(そして、残念ながら現状の事実だ)

反論をする被告人を反省していないなどと糾弾するのも反対だ。加害者なのか争っているのだから、加害者であることを前提にした言及をすべきじゃない。

ただ、いつも冷淡でいるべきでないとも思っている。たとえば、捜査期間が通常の捜査すらしない場合などだ。伊藤詩織氏と山口敬之氏の事件などは典型であろう。本来の事実認定と制裁のシステムが作動しない場面においては、社会側で声を出さないと被害が見過ごされるリスクがある。

このように、既にどれだけの力が事案解明に注がれているかから、情報発信・拡散に加担するかどうかを考えるようにしている。情報のただの受け手ではなく、自ら発信する力も持った現代の市民では、このように情報の自由市場における1プレイヤーとしての思考をもって臨むべきではないかと、提案したい。

そして、意見は多様であれど、発する情報は少なくとも事実に基づくべきであるという、フェアプレイの精神だけは忘れないように心がけるべきである。

スマートフォンと世界地図

杉山大介弁護士

投稿者プロフィール

ベルギー育ち。
漫画『家栽の人』とドラマ『ビギナー』をきっかけに弁護士を志す。
好きな分野・得意な分野は刑事弁護、特に少年事件。
「法律は統治のためのルールであり、正しさを教えてくれない」がモットー。

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