
自民党の菅義偉元首相(77歳)は17日、横浜市内で次期衆院選に立候補しないことを正式に発表しました。菅氏は記者団に「喜寿を迎え、後進に道を譲ることを真剣に考えた」と述べ、長年の政治活動に区切りをつけることになります。菅氏は衆院神奈川2区から1996年の衆院選で初当選し、10期目を迎えるベテラン議員です。
発表に先立ち、菅氏は市内に集まった支援者たちの前で不出馬の意向を伝えました。記者団に対しては、「70代に入ってから、政治家としての時間の大切さを痛感している」と語り、人生の新たな段階を迎えることへの思いを示しました。菅氏はさらに、「国民のための政治を常に心がけてきた。何をするのか、万が一できなければ理由を明確に説明する。とにかく形にして見てもらうのが政治家の役割だ」と強調し、自らの政治姿勢を改めて述べました。
菅氏の政界での活動は、1996年の衆院初当選から30年間にわたっています。出身地の秋田県での経験を含め、地方の視点から政策を立案する姿勢を貫いてきたとされています。記者団との質疑の中で、菅氏は新型コロナウイルス対応について言及し、「1日100万回のワクチン接種を約束した際の決断が政治家としての最も印象に残っている出来事である」と述べました。
2006年には第1次安倍晋三内閣の総務大臣に就任し、「ふるさと納税」の創設を主導したことで知られています。その後、2012年12月の第2次安倍内閣での官房長官就任は、政治家としての転機となりました。在任期間は約7年8ヶ月で、歴代官房長官の中で最長記録を保有しています。この間、安倍前首相を支え、多くの政策決定に関わってきました。
2019年4月には、新しい元号「令和」を発表する役目を務め、その際の落ち着いた対応から「令和おじさん」として国民に親しまれるようになりました。この名称は、菅氏の政治家としてのイメージを大きく形成し、一般国民にも広く認識されるきっかけとなったのです。
首相就任から引退まで 世代交代の転機へ
2020年9月、安倍首相の辞任を受けて総裁選に出馬し首相に就任した菅氏は、新型コロナウイルスの感染拡大への対応という重要な課題に直面しました。菅首相は感染拡大防止と経済活性化のバランスをとることに尽力しましたが、1年で退任することになったのです。
その後、菅氏は党の重要な役職を務めながら、後進の育成に力を注ぎました。2024年と2025年の自民党総裁選では、小泉進次郎防衛相を支援し、後見人的な存在として活動していました。菅氏の政界引退表明は、こうした世代交代の流れを象徴するものとなっています。
政界からの卒業を前に、菅氏は「形にして見せること」を政治家の役割として位置付け、自らの足跡が実績として国民に認識されることへの思いを示しました。自民党の神奈川県連は、菅氏の後任選定を急いでおり、新たな候補者の擁立を検討中とされています。








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