マイナンバー制度のトラブルが問いかけるもの|デジタル行政は信頼を取り戻せるか

政府がデジタル行政の基盤として普及を推進してきたマイナンバーカードで、2023年に深刻な不具合が立て続けに発覚しました。

コンビニで住民票を取得しようとしたら別人のものが出てきた、公金受取口座として見知らぬ人の口座番号が登録されていた、健康保険証として使おうとしたら他人の医療情報が表示された、こうした事例が次々と報告され、制度への信頼が大きく揺らぎました。

岸田元首相は急遽謝罪に追い込まれ、進めていた健康保険証との一体化スケジュールにも見直しを迫られました。

便利さを追求するあまり、安全性への配慮が後手に回ったのではないかという批判は根強く、デジタル社会の土台となるはずの制度が抱える課題が浮き彫りになっています。

<目次>

2023年に相次いだ「誤登録」問題とは何だったのか

マイナンバーカードを巡る混乱の発端は、2023年3月に発覚したコンビニ交付サービスでのトラブルでした。

マイナンバーカードを使えば、住民票や印鑑証明といった各種証明書をコンビニのマルチコピー機で取得できるようになっています。ところが一部の自治体で、本人のものではない他人の証明書が印刷されてしまう事態が発生したのです。

「自分の住民票を取りに行ったはずなのに、まったく見ず知らずの人の個人情報が記載された書類が手元に出てきた」という報告が相次ぎました。

この問題はシステムのプログラムに起因するものでしたが、ほぼ同時期に別の深刻なトラブルも明らかになります。マイナポータルを通じて登録する「公金受取口座」に、本人ではない他者名義の銀行口座が紐付けられていたケースが大量に見つかったのです。

公金受取口座とは、給付金や還付金などを受け取るために国民が自ら登録する口座のことです。

登録時のログアウト忘れなど利用者側の操作ミスが主な原因とされましたが、それだけでは説明のつかない紐付けミスも1,167件ほど確認されています。

全体の割合としては約0.002%と極めて小さな数字ではあるものの、「自分のマイナンバーに他人の情報が結びついている」という事実は、制度の信頼性を根底から揺るがすものでした。

命に関わるリスク|医療情報の紐付けミスが招く深刻な事態

口座情報の誤登録も深刻でしたが、より危険性が高いとして問題視されたのが医療情報の紐付けミスです。

マイナンバーカードは健康保険証としても利用できるようになっており、医療機関の窓口でカードを読み取れば、過去の診療履歴や処方された薬の情報を確認できる仕組みになっています。

ところが、この医療情報が別人のものと取り違えて登録されていたケースが8,544件、割合にして約0.05%見つかりました。

なぜこのような致命的なミスが起きたのでしょうか。背景には、健康保険組合などの医療保険者が抱えた作業上の困難がありました。

マイナ保険証の機能を使うには、加入者のマイナンバーをあらかじめシステムに登録しておく必要がありますが、マイナンバーを届け出ていない加入者も少なくありませんでした。

そこで医療保険者は、マイナンバーを管理する地方公共団体情報システム機構を使い、該当者のマイナンバーを取得したうえで登録しました。

問題はその照合作業の精度でした。同姓同名や生年月日が近い別人を誤って本人と判断してしまうケースが生じ、結果として別人の医療情報が紐付けられる事態を招きました。大量の作業を限られた時間でこなす中で、確認が疎かになってしまったと考えられています。

医療情報の取り違えは、単なるプライバシーの問題にとどまりません。アレルギーのある薬を処方されたり、既往歴を見落としたまま治療方針が決まったりすれば、患者の命に関わる事態になりかねないのです。

健康保険証との一体化スケジュールへの影響

政府は当初、2024年秋をめどに従来の健康保険証を廃止し、マイナ保険証への完全移行を目指していました。紙やプラスチックの保険証をなくすことで、医療現場のデジタル化を一気に進めようという狙いがあったのです。

しかし相次ぐトラブルの発覚により、この計画は大きく揺らぎました。岸田元首相は2023年6月に記者会見を開いて陳謝し、政府内に「マイナンバー情報総点検本部」を設置。全件調査を実施して信頼回復に努めると表明しました。

それでも批判の声は収まりませんでした。野党からは保険証廃止の撤回を求める声が上がり、与党内からも拙速な進め方を疑問視する意見が出ました。

国民の間でも「便利になるのはありがたいが、こんな状態で大丈夫なのか」「個人情報が漏れないか心配」という不安が広がり、マイナンバーカードの返納を申し出る人も一時的に増加したと報じられています。

結局、政府は従来の保険証を当面の間は使い続けられる経過措置を設けることを決めました。完全廃止の時期は事実上先送りされ、スケジュールありきで進めてきた政策の見直しを余儀なくされたのです。

便利さの裏にある不安|高まる個人情報流出への懸念

マイナンバーカードには、銀行口座、医療情報、住民票、各種証明書など多岐にわたる個人情報が紐付けられる設計になっています。

1枚のカードでさまざまな手続きが完結するという利便性は確かに魅力的ですが、裏を返せば、一度情報が流出した場合の被害は計り知れないということでもあります。

これまでのトラブルを通じて、多くの国民がこのリスクを改めて意識するようになりました。「便利さと引き換えに、あまりにも多くの情報を一箇所に集めすぎではないか」という声は根強くあります。

カードを紛失したり、暗証番号を盗まれたりした場合のリスクを考えると、積極的に使う気になれないという人も少なくありません。

制度そのものの複雑さも、不信感を助長している一因でしょう。マイナンバーカードには4種類のパスワードが設定されており、それぞれ用途が異なります。

高齢者を中心に「何がどう紐付いているのか分からない」「うっかり操作を間違えたら大変なことになりそうで怖い」という声が聞かれます。実印に相当する機能を持つと説明されれば、慎重になるのは当然のことです。

諸外国では、番号制度の導入がインターネット普及以前から進められてきた歴史があります。一方、日本でマイナンバー制度が本格的に動き出したのは2016年のことです。

遅れを一気に取り戻そうとするあまり、国民の理解を十分に得ないまま機能を詰め込みすぎたのではないかという指摘があがっています。

まとめ

マイナンバーカードを巡る一連のトラブルは、行政のデジタル化を進める上での教訓を多く残しました。

スピードを優先するあまり、安全性の確保や国民への丁寧な説明が後回しになっていなかったか。利便性を高めることばかりに目が向き、万が一の際のリスク管理が甘くなっていなかったか。こうした問いかけに対し、政府は真摯に向き合う必要があります。

デジタル化そのものを否定する必要はありません。行政手続きの効率化や、医療・福祉サービスの質の向上など、マイナンバー制度がもたらしうるメリットは確かに存在します。

しかし、その恩恵を享受するためには国民がこの制度を信頼し、安心して使えることが大前提です。

複雑さを取り除き、誰もが安心して利用できる制度に磨き上げていくこと。それこそが、デジタル社会への信頼を取り戻す唯一の道ではないでしょうか。

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