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「働く喜びを知った」受刑者が語る。塀のない鹿児島刑務所の茶畑で芽生える更生への希望

塀のない刑務所「鹿児島刑務所農場区」。この開放的な環境で、受刑者たちは社会復帰を目指し、良質な茶葉の生産や、大型機械の操作技術習得といった専門的な職業訓練に励んでいます。刑務所のイメージから遠い、土にまみれ、汗を流す特殊な作業は、受刑者の心にどのような変化をもたらすのでしょうか。
「なぜ、塀がなくても逃走しないのか?」
「彼らが茶葉に込める『更生』への想いとは?」
「受刑者と刑務官の間に、どのような信頼関係が築かれているのか?」
そんな疑問に答えるべく、開放的処遇の現場を支える刑務官と、実際に茶畑や製茶工場で作業する受刑者、双方にお話を伺いました。
<目次>
鹿児島刑務所の農場区について

鹿児島刑務所の農場区は、受刑者の社会復帰を目的とした矯正施設です。全国的にも珍しく、施設の周囲に塀が設置されていない「開放的施設」として運営されており、選抜された受刑者が社会に近い環境で訓練に励んでいます。
農場区の敷地全体像

鹿児島刑務所の農場区の敷地は全体で112ヘクタール。東京ドーム約24個分に相当します。また、敷地内には高速道路が通っているという、全国的にも珍しい立地も特徴のひとつです。

その広大な土地の多くを占めるのが、60以上に区画分けされた茶畑です。ここでは農薬や除草剤を一切使わない、人手と手間をかけた茶の栽培が行われています。また、茶畑以外にもサツマイモやニンニクなどを栽培する畑、さらにはヒノキやクヌギが広がる山林もあり、豊かな自然環境が広がっています。そのため、敷地内では群れで行動する鹿や、イノシシなどの野生動物の姿も日常的に見られるとのこと。まさに大自然の中にある施設といえるでしょう。

農場区での職業訓練
この農場区の主な目的は、受刑者の社会復帰を支援するための職業訓練です。塀のない開放的な環境で、社会生活に近い規律と自主性を学びながら、専門的な技術を習得します。

訓練は大きく2つのコースに分かれています。1つは「農業園芸科」です。ここでは、農場区の主産業である茶の生産活動はもちろん、サツマイモやニンニク、椎茸などの栽培管理を通じて、実践的な農業技術を学びます。また、3級造園技能士の国家資格取得を目指した訓練も行われています。敷地内には受刑者によって制作された坪庭が飾られており、その技術力の高さがうかがえます。

もう1つは「建設土木コース」です。敷地内には自動車教習所よりも広い専用コースが整備されており、大型特殊自動車の運転訓練が行われています。ここで訓練を積んだ受刑者は、運転免許の試験に臨みますが、その合格率は非常に高く、昨年までの訓練生は全員が合格しているというから驚きです。その他、社会で即戦力となるショベルカーなどの建設機械の操作講習も行われており、出所後の就労に直結する訓練が展開されています。

農場区内の寮

農場区で作業する受刑者は、寝食もこの区内の寮で共にします。その生活は、厳格な管理下に置かれる一般的な刑務所のイメージとは異なり、自主性と信頼のうえに成り立っています。

寮の居室に鍵はなく、トイレも受刑者が自由に行き来できます。もともとは4人部屋の想定でしたが、収容人数が減少傾向にある現在は1人1部屋として広く使われています。

食堂や浴室といった基本的な設備のほか、図書室や集会室も完備されています。図書室には『ONE PIECE』などの人気漫画も揃っており、受刑者は楽しみながら読んでいるのだとか。集会室では、卓球をしたり、備え付けのゲーム機(Wii)でエクササイズをしたりと、思い思いの時間を過ごしています。

さらに特徴的なのは、受刑者による委員会活動です。体育委員が各種競技大会の選手選考を行ったり、図書委員が新刊の案内をしたりと、受刑者自身が主体となって活動を運営しています。このような自主的な取り組みが、社会復帰に不可欠な自律性を養うことにつながっているのです。
農場区に収容される受刑者の条件

塀のない開放的な施設と聞くと、「誰でも希望すれば入れるのだろうか?」という疑問が浮かびますが、決してそうではありません。農場区で生活するには、非常に厳しい条件をクリアする必要があります。
まず、過去に逃走した経歴がないこと、特定の犯罪歴がないことが求められます。さらに、精神疾患などがなく、屋外での危険を伴う作業に心身ともに支障がないことも、絶対条件となります。これらの基準に基づき、全国(お茶の生産作業に携わる農耕班は西日本)から厳しく選抜された受刑者だけが、この農場区で訓練を受けることを許されるのです。
もちろん、農場区に来てからも厳しい規律はあります。万が一、定められた決まりを破るなどの規律違反があった場合、その内容によっては訓練が中止されたり、再び塀のある刑務所に戻されたりすることもあるそうです。しかし実際のところ、そうした事例はほとんどなく、農場区で生活する受刑者のほとんどは真面目に規律を守って生活しているようです。

施設が開放的だからといって、管理が緩いわけではありません。受刑者はGPSを装着しており、職員はリアルタイムで彼らの位置を把握しています。しかし、最も重要なのは、GPSのような機械ではなく、受刑者との間で築く信頼関係だといいます。月に一度以上の面接や日々のコミュニケーションを通じて、受刑者のわずかな心情の変化も見逃さない。その地道な関わりこそが、塀のない刑務所を支える最大の基盤となっているのです。

鹿児島刑務所で農場区を担当する刑務官

塀のない刑務所という特殊な環境は、受刑者だけでなく、彼らを管理する刑務官にとっても特別な場所です。ここでは、農場区での勤務経験(茶畑や製茶工場の担当)が豊富な刑務官と、最近になって茶工場に配属された刑務官、双方の視点からお話を伺いました。
担当してからの心境の変化

農場区を担当する刑務官の多くが、最初にこの場所を目の当たりにした時、完全に塀のないその環境に「こんな世界もあるのか」と大きな衝撃を受けたと言います。しかし、それ以上に印象的だったのは、受刑者たちの「表情の変化」でした。塀のある厳格な施設から移ってきた受刑者たちの硬い表情が、ここでは驚くほど穏やかで明るいものに変わっていくのです。
特に、塀の中の工場でかつて見ていた受刑者が農場区に来てから、まるでアクが抜けたかのように生き生きと積極的に作業に取り組む姿に、新鮮な驚きを感じるといいます。環境が変わることで、人は内面から大きく変化する。その事実を、刑務官たちは現場で日々実感しています。
農場区の作業の良いところ

刑務官が感じるこの農場での作業の良さは、まず自然との関わりにあります。受刑者たちが土に触れ、泥だらけ、汗だくになりながらも真剣に働く姿。そのなかで、失いかけていた「働く意欲」が確かに芽生えています。
さらに、製茶工場での作業は、自分たちが作った製品が消費者の手に渡るという「社会との直接的なつながり」を実感できる貴重な機会です。製茶工場は生産作業における最後の工程を担う場所なので、「ここで失敗するわけにはいかない」という強い責任感を生み出します。食品を扱ううえでの衛生管理への配慮など、社会復帰後に不可欠な意識を育むための非常に有意義な訓練となっているのです。
農場区の作業の大変なところ

もちろん、良いことばかりではなく、農場区特有の難しさもあります。
1つは、受刑者の入れ替わりが激しいことです。農場区で作業する受刑者の刑期は比較的短く、1年から1年半ほどで出所していきます。そのため、毎年新しい受刑者にゼロから技術を教え直さなければなりません。特に、乗用型の茶刈り機は社会でも死亡事故が起きるほど危険な機械であり、その安全な操作方法を限られた時間で確実に習得させる指導の難しさには、常に頭を悩ませると言います。

もう1つは、自然が相手であることの厳しさです。塀のある工場勤務とは異なり、屋外での作業は天候に大きく左右されます。山間部特有の急な大雨や雷、時にはひょうが降ることもあり、そのたびに作業は中断を余儀なくされます。こうした天候の影響により、常に安定した収穫や作業計画を立てるのは難しく、これも農場区ならではの大変な点です。
心温まる声が支える鹿児島刑務所のお茶づくり

鹿児島刑務所のお茶はリピーターが多く、数年前には消費者から「毎年楽しみにしています。美味しいお茶をありがとう」という心温まる手紙が届いたこともあったのだとか。こうした声は、刑務所にとって何よりの励みになっています。
刑務官たちは、歴代の職員と受刑者たちが汗を流して築き上げてきたこの信頼と品質を、決して裏切るわけにはいかないと語ります。そして、自分たちの仕事が社会の誰かに感謝されているという事実を、受刑者たちに伝え続けること。それが、彼らが社会の一員として働くことの喜びを知り、更生への道を力強く歩むための大きな支えになるからです。
また、鹿児島刑務所のお茶は、ブレンドや火入れの具合によって驚くほど香りが変わる、非常に奥深い製品です。甘い香りがするもの、香ばしい香りがするもの。多くのバリエーションがあるので、ぜひ色々な種類を手に取って、その違いを楽しんでほしいと刑務官は語りました。
鹿児島刑務所の農場区で作業する受刑者
実際に農場区で作業する受刑者たちは、日々何を思い、何を感じているのでしょうか。今回は、鹿児島刑務所の農場区でお茶の生産に携わっている2人の受刑者に話を伺いました。
農場区に来るまでの経緯

彼らがこの農場区に来た理由は、それぞれ異なります。ある受刑者は、それまでの刑務所では炊事作業を担当することが多かったそうですが、未知の作業への好奇心から自ら希望しました。また別の受刑者は、幼い頃に祖父母の畑仕事を手伝った記憶があり、もう一度土に触れてみたいという思いから、農場区での作業を志願しました。
農場区での作業に伴う心境の変化

太陽の下で作業ができる開放的な環境は、閉じた心を少しずつ溶かしていったといいます。気持ちが前向きになり、物事をポジティブに捉えられるようになったその変化は、何よりも大きいものでした。
また、刑務官との関係性も大きく変わったそうです。塀の中では個人的な相談をすることなど考えられませんでしたが、ここでは日々の作業や生活の中で気軽にコミュニケーションを取ることができます。刑務官からのアドバイスによって、今まで考えもしなかった視点を得られるようになり、周囲の人々への「感謝の気持ち」が、以前とは比べ物にならないほど強くなったそうです。
農場区の作業の良いところ

この農場での作業は、彼らにとって多くの喜びとやりがいをもたらしています。一番のやりがいは、自分たちが作ったお茶の評判を耳にすることです。刑務官から「リピーターが多くて、よく売れている」と聞かされるたびに、自分たちの仕事が社会に認められていることを実感し、大きな達成感に包まれます。
また、1年を通して作物の成長を間近に感じられることも、農場区ならではの魅力です。春になり、1年間手入れしてきた茶の木から新芽が力強く芽吹くのを見ると、言葉にならない感動があると言います。
農場区の作業の大変なところ

もちろん肉体労働である分、作業は決して楽なものではありません。特に、夏の厳しい暑さと冬の凍えるような寒さのなかでの作業は、体力的に過酷です。匍匐前進のような低い姿勢で、延々と茶畑の雑草を取り除く作業は、忍耐力が試されます。ただ、体を動かすことが好きな者にとっては、こうした厳しさもまた、やりがいの一部となっているようです。「大変だと感じることはあまりない、むしろ楽しい」と語る者もいました。

また、乗用型の茶刈り機といった専門的な機械の操作も、大きな壁として立ちはだかります。うまく操作できない自分を周りの受刑者と比べて、落ち込んだことがあるという受刑者もいました。しかしその際、刑務官からは「気にしなくていい」「ちゃんとできてるから大丈夫」といった声がかかり、気持ちを持ち直すことができたそうです。こういった、壁を乗り越えたエピソードからも、受刑者・刑務官間の信頼関係が感じられます。
農場区での作業で意識していること

日々の作業の中で、受刑者が特に意識しているのは、「安全第一」です。機械を使うことが多いため、自分が怪我をしないことはもちろん、周囲の人にも怪我をさせないよう、常に細心の注意を払っています。また、茶葉に雑草が混じらないよう日々の草取りを徹底するなど、一つひとつの工程に妥協なく向き合っています。
収穫した茶葉を加工する製茶工場内では、意識は「衛生面」へと切り替わります。自分たちが作っているのは、人の口に入る食品であるというプロとしての自覚がそこにはありました。
一般の消費者に伝えたいこと

農場区で作業する受刑者は、受刑者という括りとは関係なく、1人の人間として、お客様に良い製品を届けたいという一心で働いているといいます。暑さ寒さの厳しい環境の中、汗水垂らして、決して手を抜くことなく作業に取り組んでいるその姿を、少しでも知ってもらえたら嬉しいと受刑者は語りました。
そして、自分たちが作っているのは、非常に手間のかかる「無農薬」のお茶であることも強調しました。多くの人の手が関わったこのお茶を、美味しいと飲んでもらえたなら、それだけで「この作業をやってきてよかった」と心から思えるといいます。日々作業に打ち込む受刑者たちの純粋な思いが、彼らの言葉の端々から伝わってきました。
<TEXT/小嶋麻莉恵>
鹿児島刑務所の歴史と矯正処遇についての所長インタビューもあります。
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