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- 【後編】心の傷、罪の跡。2人の証言が描く性暴力の真実

「性的な興奮という手段を使って支配欲を満たした」加害者の償いと罪の跡
前編では、性暴力被害者が混乱と自己嫌悪の中で強いられる「沈黙」について取り上げました。被害者が自らを責め、口を閉ざすその裏側で、加害者は一体何を考えているのかー。
「あの子どもが声を上げなければ、私はいつか、人を殺していたかもしれない」
そう語るのは、かつて13人の子どもに対し性加害を繰り返した加藤孝さん(60代)。30代で自首するまで、なぜ彼は自らを止めることができなかったのか。その告白からは、性犯罪特有のメカニズムが浮かびあがります。
<目次>
「相手も楽しんでいる」という支配の論理

加藤さんは1962年、千葉県の比較的裕福な家庭に生まれました。しかし、3歳の頃から、母親の激しい心理的虐待が始まり、小・中学校ではいじめに遭い、高校から不登校になりました。
加藤さんが最初の加害に及んだのは未成年の頃。その後、家庭教師という「信頼される立場」を利用し、言葉巧みに子どもたちを誘い出すなどして犯行を繰り返しました。一見すると社会に溶け込んだ「普通の人」である彼ですが、その認知は大きく歪んでいました。
「相手も喜んでいる。たいしたことではないと思い込んでいました」
子どもに性的な興奮を覚えることを自覚したのは、偶然本屋で見つけた1冊の漫画。成人男性が少年に性虐待を行う内容で、以降、児童の性的な行為が描かれたポルノコミックやビデオにのめり込んでいったと語ります。
圧倒的な力関係のなかで、子どもが恐怖でフリーズして生まれる沈黙を、彼は「同意」や「肯定」と都合よく解釈していたのです。そこにあるのは、純粋な性欲だけではありません。相手を意のままにコントロールすることに快感を覚える「支配欲」でした。
ジェンダー観の偏りや性教育の欠如が、この独りよがりな正当化を補強し、罪悪感を麻痺させていきます。「誰も傷ついていない」という大きな虚構のうえで、加害は常習化していきます。
国立大学に進学したものの、学業も友人関係もうまくいかず、ひきこもりがちな日々を送っていたそうです。結局、大学は8年で中退。積極的に子どもへの性加害を行うようになるのはこの頃からだったと振り返ります。
アルバイトの家庭教師先では、男子中学生の性器を触って射精させたり、偶然通りがかった小学生男児に痴漢行為をはたらいたりもしました。さらに、子ども買春のために海外旅行に出かけることもあったと言います。30代のころには、ボランティアで介助をしていた知的障害のある男子高校生に対して犯行に及んだことさえもありました。
「当時は追い詰められると、もう何もかも投げ出したくなっていました性的な興奮という手段を使って支配欲を満たし、 そのことによって自分の安全安心を確保するという流れだったと思います」
子どもへの性加害は、加藤さんにとって思うようにいかない人生に対する「発散」のひとつであり、仕事や人間関係でつまずいた時に自暴自棄になって加害に至ることが多かったそうです。
贖罪と、終わりのない「管理」

加藤さんの加害行為は徐々にエスカレートし、やがてカッターナイフとロープ、ガムテープを携え、下校中の児童の後をつけるようになりました。
その日も、いつものように「手伝ってほしい」と男児に声をかけ、公衆トイレへ連れ込んだといいます。口を塞ごうとした瞬間、「やめて!」という男児のはっきりとした拒絶の叫びが、加藤さんの脳内にあった「歪んだ正当化」を打ち砕きました。
目の前にいたのは「楽しんでいる相手」ではなく、「怯える一人の人間」だったと気づき、その事実に戦慄が走ったと、加藤さんは語ります。
「このままでは、口封じのために子どもを殺してしまうかもしれない…」
自身の内に潜む衝動が、性暴力にとどまらず、殺人にまで手を染めかねないという恐怖。加藤さんはその足で交番へ向かい、自首しました。逮捕後、下されたのは執行猶予付きの判決と、「小児性愛(ペドフィリア)」という診断でした。
「取り返しのつかない傷を、相手の人生に刻んでしまった」
現在、加藤さんは実名・顔出しで取材に応じ、自身の加害体験を語っています。それは決して過去を誇るようなものではなく、「二度と加害者を生み出さないために」自分にできることを引き受ける、加藤さんなりの贖罪でもあります。
「僕は昔からSNS上で顔を出し、プライバシーを晒してオープンにしていました。 でも 自分の闇の部分を隠して、言えることだけ言うのはフェアじゃないと感じたのです。それから自分を構成する非常に重要な事実である、“性加害の経験者”ということをメディアでカミングアウトすることに決めたのです」
加藤さんの日々は、自身の衝動との闘いでもあります。学生の通学路を避ける、子どもの姿を見たら目を閉じる、テレビのチャンネルを変える。専門的な治療プログラムを受けながら、トリガーとなる刺激を徹底的に遮断し続ける生活です。
「再犯防止」とは、刑務所を出れば終わるものではなく、一生涯、自分の認知や衝動を監視し続ける「心の管理」こそが、更生の正体なのかもしれません。
「沈黙の連鎖」を断ち切るために

加害行為を繰り返す背景にあると指摘されているのが、単なる性癖ではなく、精神疾患「小児性愛障害」とされる精神疾患の可能性です。子どもを性の対象とする空想や性的衝動が、少なくとも6か月以上にわたり持続する状態などが要件として挙げられています。
加藤さんの事例は、性犯罪が決して「一部の異常者」だけの問題ではないことを示唆します。「男らしさ」の履き違えや、「相手の気持ちを推し量る」教育の欠如。社会の至る所にある小さな歪みが、加害のハードルを下げてしまう可能性があります。
現在、日本版DBS(子どもと接する職業からの性犯罪歴確認制度)の導入など、法整備も進んでいます。しかし、加藤さんは「監視」や「厳罰化」だけでは不十分だと語ります。
「加害者が自身の『認知の歪み』に早期に気づき、治療に繋がれる仕組み。そして何より、加害の芽を摘むための包括的な性教育が不可欠だと思います」
一方、前編で特集した性被害者の柳谷さんとの交流を続ける加藤さん。その理由を尋ねると、次のように語りました。
「子ども性被害経験者の方の存在や言葉というのが、 僕の再犯の強い抑止力になります。 明確に自分が人を傷つけてきたんだと、 はっきり認識させられるからです。 正直メディアでカミングアウトしてから、被害経験者の方が僕の行動をどう受け止めるのかが怖かった…非難されるんじゃないかと思っていました。 ところが柳谷さんの受け取り方はまったく逆で、 僕の行動を、勇気あるものとして受け止めてくださり、それが励みになりました」
被害者が被害を語り、加害者が加害の構造を語る。それぞれの立場から「沈黙」を破り、対話を重ねること。それこそが、次の被害者も、そして次の加害者も生まない社会への第一歩となるはずです。







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