子どもへの「暴言」は「叩く」以上の影響 マルトリートメントとは

「子どもへの「暴言」は「叩く」以上の影響  マルトリートメントとは」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)

どのように子育てすればいいのか。これは親にとって永遠の課題ですよね。

「子どもを甘やかすとどんどん助長して手が付けられなくなるのではないか」
「周りの目のことを考えると、子どもに好き勝手させるわけにはいかない」

などの理由から、ふとした瞬間に「厳しい言葉」を使ってしまいますよね。

ついつい使ってしまう子供に対する厳しい態度は、子どもにとって「しつけ」になりうるのでしょうか。
最新の研究から子どもへの厳しい言葉の影響について考えてみましょう。

ことばの暴力も「マルトリートメント」の1種

みなさんは、「マルトリートメント」を知っていますか?

「マルトリートメント」とは、「大人の子どもへの不適切な関わり」を意味しており、児童虐待の意味を広く捉えた概念です。不適切な養育を指します。

この中には、身体的虐待だけでなく、性的虐待、心理的虐待、ネグレクトも含まれます。

実は、全国児童相談所でマルトリートメント、略して「マルトリ」の対応件数が年々増えています。

1990年ではたった1,101件であったのが、2020年には186倍の20万5,029件にまで上っているのです。

そして、さまざまな大人から子どもへの行為が「マルトリ」に該当しますが、「ことばの暴力」もマルトリに該当します。

2011年の暴言虐待での論文では、「𠮟りつけ、はやし立て、侮辱、非難、恐怖を与える言葉や卑しめる言葉、あざ笑う態度、過小評価」も暴言の1種として言われています。

そう考えると、親としては「厳しい言葉」と考えていても子どもにとっては「マルトリ」と考えられても不思議ではありません。

では、こうした親の発言を繰り返すと子どもはどうなるのか。実は子どもの脳の発達に影響を及ぼしてしまうのです。

暴言によって変わってしまう子どもの脳

子ども時代への暴言虐待によって脳が一部変形することがいわれています。なんとも恐ろしい話ですね。

実際、小児期に言葉の暴力を受けたことのある21人の被験者(18歳~25歳)と同程度の年齢の精神学的に健康な対象者の脳の構造をMRI検査で比較した論文があります。

その論文によると、言葉による暴力を受けたことのある被験者は、脳の中の「左上側頭回」と呼ばれる部分が14.1%も大きくなっていることがわかりました。
さらに、他の研究でも言語を司るウェルニッケ領域と前頭領域をつなぐ「弓状筋束」という部分が萎縮してしまうこともわかってきました。

ここから分かることは、暴言によって異常に聴覚の部分が発達し、聴覚の情報が過剰に受け取られてしまっていることです。
そして、前頭前野という理性的な部分で処理する能力が低下してきている事が示唆されるわけです。

このように「身体的な暴力さえしなければ虐待にならない」というわけではありません。
子どもにストレスを与える言葉もまた、子どもの脳を変形させるほどの力を持つということです。
ここでは虐待に関する影響を記載しました。

身体的影響
外傷のほか、栄養障害や体重増加不良、低身長などがみられます。愛情不足により成長ホルモンが抑えられた結果、成長不全を呈することがあります。

知的発達面への影響
安心できない環境で生活することや、学校への登校もままならない場合があり、そのために、もともとの能力に比しても知的な発達が十分得られないことがあります。

心理的影響
他人を信頼し愛着関係を形成することが困難となるなど対人関係における問題が生じることや、自己肯定感が持てない状態となったり、攻撃的・衝動的な行動をとったり、多動などの症状が表れたりすることがあります。

「厳しい言葉」は子どもの精神状態や行動にも影響がある

さらに、アメリカでの976人の両親を持つ家族と子供たちを対象とした研究では、「厳しい言葉でのしつけ」と問題行動の関連性が示唆されています。

13歳で母親と父親の厳しい言葉のしつけのレベルが高いほど、13歳から14歳までの思春期の行動の問題が増加することがわかったのです。

つまり、「しつけのために厳しい言葉をいう」とかえって「子どもの問題行動に発展させる」というわけですね。
さらに、厳しい言葉でのしつけは子どもの抑うつ症状を悪化させることも同論文でわかっています。

また、(ある意味当然ですが)思春期に問題行動を起こすと、親の厳しい言葉でのしつけも増えてくることも論文では報告されています。

ここからわかることは、厳しいしつけを中心に子どもをコントロールしようとすると、かえって抑うつ症状や問題行動を起こしやすくし、それがかえって厳しいしつけを助長する…といった負の連鎖になりやすいということです。

この負の連鎖から脱却するには、親から子どもへの接し方を見直す必要があるでしょう。
しかし、養育者側の要因として子育てが孤立する社会背景もあることも子育てを難しくさせていることが考えられます。
これらを表にまとめました。
少子化・核家族化・地域のつながりの希薄化など、養育環境が変化する中で、子育てが孤立化し閉塞感が増加しているのかもしれません。

2002年2014年
子育ての悩みを相談できる人がいる73.8%43.8%
子どもを預けられる人がいる57.1%27.8%
子どもを叱ってくれる人がいる46.6%20.2%
表1.養育者の育児の孤立化

厳しい言葉が「マルトリートメント」にならないために

どの親も「子どもが問題行動を起こしてもらうように」厳しい言葉を投げかけたりしません。
子どもが今後社会に困らないようにするため、正しい道を歩んでほしい。その愛情の裏返しですよね。

しかし、もしかしたら「自分が子どもに迷惑をかけられたから」「周りに迷惑をかけて自分が恥ずかしい思いをしたから」など、自分が理由で子どもについつい暴言をかけてしまうケースもあるかもしれません。

そんな時は、「厳しい言葉」を使う前に一度目をつぶって深呼吸してみましょう。
誰のために「厳しい言葉」をつかうのか。
子どものためなのか。子どものため…といいつつ、自分のためなのか。

冷静になって、一度よく考えてみましょう。
すると、正しい親子の言葉への投げかけ方が見つかるかもしれません。

参考文献:
1.福井大学.マルトリートメント(マルトリ)が脳に与える影響
2.厚生労働省. 体罰等によらない子育てのために ~ みんなで育児を支える社会に ~
3.友田明美.脳画像に見るマルトリートメント. ‐予防とケアによる回復へのアプローチ-
4.文部科学省. 学校・教育委員会等向け虐待対応の手引き
5.Akemi Tomoda,Yi-Shin Sheu,Keren Rabi,et.al.Exposure to parental verbal abuse is associated with increased gray matter volume in superior temporal gyrus. Neuroimage. 2011 Jan;54 Suppl 1:S280-6
6.Ming-Te Wang,Sarah Kenny. Longitudinal Links between Fathers’ and Mothers’ Harsh Verbal Discipline and Adolescents’ Conduct Problems and Depressive Symptoms. Child Dev. 2014 May; 85(3): 908–923

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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