
ここ数年、世界中で定着しつつある言葉「シチュエーションシップ」をご存知だろうか。1995年以降生まれのZ世代を中心にネットを通じて広がりつつあり、様々な層にその考え方が共感され、新しい時代のパートナーシップのあり方として認識され始めている。
ポップカルチャーとZ世代
夫婦や恋人、あるいは同棲相手や婚約相手のようなきちんとした関係性いわゆる「リレーションシップ(relationship)」の対比語として用いられるのに対し、「シチュエーションシップ(situationship )」は「戦略的曖昧さ」が特徴だ。「友達以上恋人未満」より親密だが、恋人ではない。もっとファジーで、二人の間には厳密なルール、真剣な話し合いや覚悟がない。ときめきやドキドキ具合、その時々により適度にくっついたり離れたりを繰り返すから、何股にわたることもある。一人と深く向き合うことはしないし、したくない。楽しくて美しいことだけを共有したい。だから結婚を前提とした付き合いのような約束はそもそも存在しない。ゆるくて都合の良い利害関係だ。
このような関係性が流行った背景には恋愛リアリティー番組の存在が大きい。番組内でカップルが成立したとしても、すぐに別れたり、実生活では別のパートナーがすでにいたりする。不安や嫉妬を掻き立てるような出来事により、ストーリーの展開が早い。シナリオのある男女の恋愛模様はあくまで軽くてオシャレだし、後腐れもない。演者さんは芸能事務所に所属するタレントやモデルたち。映画のような爽やかなストーリー展開は、いかにもリアルであるかのような印象操作がされている。
マッチングアプリやインスタグラムの登場も非常に大きいだろう。私たちの距離的・心理的境界線を取り除いてくれた結果、誰かの身辺調査をしたり、気軽に出会ったりする事にとっつきやすくなった。アプリの世界では容易にアイデンティティを偽り、あまり良く知らない相手とその日だけの関係を持つこともできる。わたしという人間を容易に曝け出すことに抵抗がなくなり、あらゆることが平等で、タブーが少なくなった。もっと良い人、もっといい何かを常に求めてもいい。コロナによって人生の中で予期せぬ悪いことが起こりうることを身をもって知ったから、そのような流動的で自由な考え方をする人が増えたのだと思う。元々限られた人生でしかないのなら、絶対的に良いものだけを手に入れたい。自分一人で得られることは多くないし、自分を自身で満たすことも難しい。それならば当然、他人に抱く期待値は大きくなる。自分の仕事や生活スタイル、考え方に合わせた「賛同者」をアプリで見つけることはゲームを攻略するみたいで楽しい。新しい関係性のモデルを考えたり、自分たちで試したりすることに寛容な人がいい。ただそんな新しい価値観はポップではあるが、時に寂しい一面も見せる。

オーバー・セクシズムの世の中で
マッチングアプリ市場に関して言えば世界中で拡大、愛とか人生、男女のあり方そのものまでも変えつつある。最もダウンロード数の多いBadoo(Badoo.com)には世界中から4億人もの登録者がいるし、女性専用のBumble(Bumble.com)やLGBTQ専用のアプリGrindrも人気だ。ただし皮肉なことに、これら出会い系アプリのヘビー・ユーザーほどオンリー・ワンを見つけられず、何年もずっとアプリで探し続けるという現象がある。
セックスを目的としてアプリを使用する人も多いが、ここにも奇妙なデータがある。ノルウェーの研究によると、アプリを使用したからと言って使わない人よりも必ずしもお盛んなわけではないことがわかった(ARTE https://www.youtube.com/watch?v=vS4tPQ9fhEE)。決まったパートナーのいるドイツ人の夜の行為の平均は月9回であるとわかっているが、パートナーのいないシングルは月3回だ。夫婦関係でのセックス生活は年々少なくなっているにせよ、それでもシングルよりは多い。つまり信頼できる誰かを心の底から求めているのに、関係性に縛られることを極端に嫌う。けれどそんな「縛られた関係性」の中でしか本当に得たいものを得られないジレンマがある。
事実、セックスと恋愛は同意語でなくなった感がある。アプリを使えば一人にならずに済むが、距離を極端にディープに詰めることそのものに抵抗が増えた。シングル化が進み、パートナーとの行為よりも「ソロ活」の方が圧倒的に増えてきたのもそんな理由からだろう。行為そのものが嫌というよりも、自分の生活スタイルに応じて性生活も色々とアレンジさせる必要があるということだ。アダルト動画サイトが増えていることも大きな遠因の一つとして挙げられるが、それ以外にも様々な理由がある。セックス暴力のスキャンダルが増えたこと、仕事や環境の変化でストレスが増えたこと。経済的な理由もあれば、食生活の多様化によるホルモンバランスの変化も考えられる。面倒臭くなりそうな要因を全て省いた結果、シチュエーションシップという一番シンプルな形にたどり着いた。
日本にも「隠れシチュエーションシップ」があるのかも?
性生活を語る時、男性のドメインであることが多い。ジャパンセックスサーベイの言葉を借りるならば、日本では「求めるのは男性、応じるのは女性という固定的なセックス観が定着している(https://www.jex-sh.jp/column/japan_research/)」からだ。しかし女性の認知の変化にも選択的シチュエーションシップは関係している。ある調査によれば、女性のおよそ三分の一がパートナーとの行為がつまらないと回答(男性は12−15%.ARTE https://www.youtube.com/watch?v=vS4tPQ9fhEE)。婚姻関係の中で、子供を作るためだけの行為だったものが、現在では関係外でのセックスが可能だ。行為そのものを楽しむ事と、子供を作るための目的を自分の意思ではっきりと分けられる。
事実女性のマッチングアプリ使用率は日本でも高く、その理由としては女性のみ会員費が無料というところが非常に多い。恋活や婚活を目的とした女性にとっては非常に魅力的であり、このようなサービスは世界でも類を見ない(マイナビニュース調べ https://news.mynavi.jp/matchingapps/articles/10)。日本ではシチュエーションシップという言葉はまだ主流ではないが、このようなアプリによって、恋愛のあり方も世界標準へと推移しそうだ。

日本のZ世代を調査したサイトSHIBUYA LAB (https://shibuya109lab.jp/article/230124.html) の調査によると、Z世代の57,5%が、恋人の存在が自分の人生にとって必ずしも必要でないと回答。5人に1人の恋人探しは手軽にインスタグラムで済ますとし、全体の3割は将来子供がいらないと言う。キャリアや自分らしい幸せが最優先だ。親の世代から続いてきた古い価値観を見てきた世代だから、高学歴が必ずしも高収入に直結しない世の中だったり、体を壊してまで仕事して心を病んでしまうことに不道理を感じるようになった。世の中の不条理・不平等には屈したくない。幸せの選択権は、あくまで自分の手中にある。
シチュエーションシップの具体例、ドイツの場合
シチュエーションシップを意識して選択する女性の多くは過去、非常に辛い経験やトラウマを負ったことがわかっている。ドイツ国営放送のテレビ番組“37Grad“ (https://www.youtube.com/watch?v=qYSRX6AUKBk)では、とある女性の恋の記録を放映している。女優を目指している彼女は広告モデルでもあり、出会いがとにかく多い。いつかは結婚して子供が欲しいけど、でも今じゃないと感じている。相手にも事情があることをわかっているし、両者が対等に幸せならば、それでいいという。
今まで付き合った男性たちはひどく有害で、関係がまるで対等でなかった
by シェリル・アン(番組出演者、30歳)
つまり恋愛における価値観の変化は環境要因が大きいが、心理的要素も大きい。人をそう簡単に信じられない世の中になってしまった。いろんな異性と付き合った過去の経験がポジティブなものでなかった場合、人間関係全般において恐怖になる。人は何かを得ることよりも、何かを失うことの方にトラウマを抱くからだ。ただこのような注意深い恋愛観そのものが良かれと思っても、実はより自己を傷つけている。ルールの無い自由すぎる「愛情」は不安をより増長させ、精神を虐待しているようなものだ。パーソナリティ障害の世界的権威であるラマニ博士曰く、シチュエーションシップは危険なものであり、「座席のない車に座っている、あるいはシートベルトの無い車に乗っているようなものだ(https://www.youtube.com/watch?v=2ZGPWhW8xrU)」という。
恋愛より大事なものってなんだろう
社会学者のウィリアム・サイモンによると、「社会構造には脚本があり、その脚本に私たちのセックスライフは大きな影響を受けている(The Sexual Self: The Construction of Sexual Scripts. https://www.jstor.org/stable/j.ctv1675bd1)」という。恋愛の脚本も当然、常にアップデートされていく。人付き合いが悪い世の中になったもんだと、必ずしも一概には言えない。ただ単に、恋愛とかセックス以上に人生には大事な何かがあるということに、皆がようやく気づき始めただけなのだ。