
「境界知能」という言葉をご存じでしょうか?境界知能とは、IQが平均である85〜110には届かず、知的障害とされるIQ70以下にも該当しない、IQ71〜84に位置している人を指します。学業や周囲への適応、発達に困難を抱え、若者の場合は自己肯定の低下や、ストレスに弱いとされています。決して「甘え」や「努力不足」ではなく、生まれ持った特性によるものです。
日本では約1,700万人の境界知能の人がいるとされており、人口の1割以上を占めています。なかには支援が必要な人もいますが、障害と認定されていないため、公的な支援が受けられず生きづらさを抱えている方も多くいます。こうした現状を少しでも多くの人に知ってもらおうと、YouTubeや各種メディアで発信している、なんばさんにお話を伺いました。
<目次>
発達障害とうつ病、そして境界知能の診断

ーはじめになんばさんご自身のこれまでのご経験や、現在取り組まれている活動についてお聞かせいただけますか?
1991年生まれで、生まれも育ちも千葉県です。公務員の専門学校を卒業した後、しばらくはコンビニでアルバイトをしながらフリーター生活をしていました。その後、太陽光の工事のお仕事に半年間従事し、それから異動になり、事務員を5年くらいしていました。退職後、開業してライターとして活動もしていました。あとは、就労継続支援A型事業所で軽作業をしたり、障害者雇用でライターをやっていた経験もあります。
退職を機に心療内科を受診したところ、うつ病と発達障害の傾向があると診断されました。28歳の時に知能検査(WAIS III)を受けた結果、IQが84で「境界知能」に該当し、うつ病と発達障害の傾向があることもわかりました。
現在は、YouTubeで境界知能の発信をしたり、本を出したりしています。自分の経験から「境界知能の僕が見つけた人生を楽しむコツ」という本を出版しました。また、Abemaや街録chなどのメディア出演、電話相談を受けたりなど幅広く活動しています。
電話相談では主に境界知能の当事者の方から寄せられる悩みを伺い、自分の経験からアドバイスをしています。仕事に関連することや生きづらさを抱えている方が多く、職場で自分の特性を言えなかったり、サポートを受けられなかったりするので、それに対して自分のこれまでの経験を話しています。
ー境界知能に関する情報発信を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
YouTube自体はずっとやりたいと考えていました。ですが僕には、「これが得意です」というものがありませんでした。最初は発達障害やうつ病などをメインに発信したいと考えていたのですが、境界知能の生きづらさを皆さんに知ってもらいたいという気持ちが強くなりました。YouTubeで境界知能を発信したことにより、反響がかなり多く、これは需要があるなと。自分自身も境界知能に対して知識を深めて、皆さんにお伝えできればと考えています。
YouTubeのコメントで「私も境界知能の傾向を持っているので、発信している姿に勇気や希望を持ちました」というコメントがとても嬉しかったのを覚えています。また、「自分の悩みの原因がなんばさんのYouTubeのお陰でわかりました。人生が良い方向に向かっています」というコメントも印象に残っています。
「できること」に目を向けてほしい。なんばさんが伝える関わり方のコツ

ー境界知能のある方と接する際に、周囲の人に求められる配慮や心がけにはどのようなものがありますか?また、具体的なサポート例があれば、なんばさんの視点で教えてください。
僕自身、中学校の頃から数学がとても苦手で、何度も赤点ギリギリの成績を取っていました。周囲の友人たちは順調に授業についていき、自分だけが明らかに点数が低かったのを覚えています。点数という「目に見える評価」で、自分の価値を決めていました。
その経験から、今でも文字式や複雑な公式を見るだけで、問題に取りかかる前に拒否反応が出てしまうことがあります。自分でもその劣等感が「トラウマのように根づいている」とわかっていても、完全に解消するのは簡単ではありません。
だからこそ、周囲の人には「なんでできないの?」と聞くのではなく、「どうしたら少しでもできるようになるか」を一緒に考えてもらえると嬉しいです。本人の自主性を促すような、前向きな関わり方をしてもらえるだけで、気持ちが大きく変わることもあると思います。
また、言語化することが苦手な方が多いので、いくつかパターンを用意してあげて提案してあげるといいのかなと。人によってさまざまですが、多くの境界知能の方に当てはまるのではないかと思います。
他にも僕は、干渉しすぎるのが苦手なところがあります。その人自身の性格を見ながら、サポートしてあげるといいと思います。たとえばですが、仕事だったら抽象的な質問は避けたり、頭の中がパニックになりやすい方だったら、ゆっくりと整理して解説したりすることですね。境界知能だからという風に見るのではなく、普段どおりに接して困ったときに助けてあげるのがいいのかもしれません。
ー私たち一人ひとりができる関わり方として、意識できるものがありましたら教えてください。
境界知能には「認知機能の弱さ」「身体面の不器用さ」「コミュニケーションの苦手さ」の3つの特性がよく見られます。これらは、程度の差こそあれ、多くの境界知能の方に共通する特徴ですが、必ずしも本人が自覚しているわけではありません。むしろ、自分の苦手さに気づいていない方も多くいます。
周囲の方が、できない部分を責めるのではなく、何を苦手としているかに気づく存在になれると良いのではないかと思います。たとえばですが、口頭でのやり取りは苦手だけど、文章ではスムーズにやりとりできるとか、対面だと緊張してうまく話せないけど、オンラインだと落ち着いて話せるなどですね。コミュニケーションが苦手とひとくくりにせずに、そのなかでも「どんな場面ならできるか」を細かく見てあげることが大切です。
「できること」にフォーカスしていく姿勢が、何より重要です。境界知能の方の多くは、幼いころから「できない自分」にばかり目を向けられ、自己肯定感が低くなってしまいがちだからです。周囲の人が理解をしてくれることは、本人にとっても大きな支えになると思います。
ー境界知能の方は障害者手帳の対象ではありませんが、もし取得できたらと思う場面はありますか?
それは、正直ありますね。障害者手帳を持っていれば、応募できる求人の幅が広がるなど、選択肢が増えるのは事実です。やるかやらないかは別として、「あった方が可能性が広がる」と思う場面は少なくありません。
ただ一方で、手帳を持っていることに対して引け目を感じる方もいると思います。実際に僕も、うつ病の診断を受けた際に精神障害者保健福祉手帳を取得したのですが、どこかで「自分は障害者なんだ」と線引きされたような感覚がありました。
手帳の取得が誰にとってもプラスになるとは限らないと思います。それでも、働き方の選択肢が増えたり、制度の支援が受けやすくなることによって、精神的に少し楽になる面もあります。だからこそ、「気持ちのうえで大丈夫そうだな」と思えるタイミングがあれば、持っておくのもひとつの選択肢だと思います。
ー今後、どのような形で活動を広げていきたいと考えていますか?また、皆さんに伝えたいことがあればお聞かせください。
今はYouTubeを伸ばして、多くの方に自分や境界知能のことを知ってもらいたいと考えています。大きな目標ではありますが、境界知能の理解が広まって、打ち明けても印象が悪くならないようにしていきたいです。また、2冊目の本も出したいですね。境界知能ということにも縛られすぎず、さまざまなことに挑戦したいと考えています。
僕自身もそうだったのですが、境界知能の方は自己肯定感を持っていない方も多いので、ネガティブにならずにポジティブな面に目を向けるのが大切だと思います。そしてこれからもっと多くの方に境界知能のことを知ってもらえるように、引き続き活動を頑張りたいです。