【現地レポート】未来をつなぐ木の輪──建築家・藤本壮介が語る大阪・関西万博「大屋根リング」の思想と構造美

2025年大阪・関西万博の会場を象徴する「大屋根リング」。その設計を手がけたのは、日本を代表する建築家・藤本壮介氏だ。世界最大級の木造建築でありながら、そこに込められたのは「空」「森」「循環」「共生」といった、私たちがこれからの時代に問い直すべきキーワードだった。藤本氏のガイドで現地を巡り、その思想の核心に触れた。
<目次>
「ひとつの空」のもとに集う世界

「空そのものを、万博のシンボルにできないだろうかと思ったんです」
大阪・関西万博の会場設計を手がけた建築家・藤本壮介氏は、取材陣を前に静かに語り始めた。
「最初に夢洲に立ったとき、何もない埋立地の空が本当に大きく、美しかった。どんな建築をしても、この空の力にはかなわないと思ったんです」と藤本氏。
その思いが、大屋根リングの設計へとつながった。リングの外縁を持ち上げ、中央の空を切り取ることで、来場者が「ひとつの空」を共有できる体験を創り出す。芝生の斜面に寝転び、頭上の空を仰ぐ。そこに浮かぶ雲も、沈む夕日も、世界のどこから見上げてもつながっている「同じ空」なのだという体感。
多様な文化の人々が、この空を見上げ、つながりを感じてくれたら──藤本氏は、そんな願いを大屋根リングに込めている。
大屋根リングに込められた「循環」と「再生」

「このリングは、単なる通路ではありません」と藤本氏は強調する。 2キロにもおよぶ大屋根リングは、木造建築として世界最大規模。その構造には、日本が誇る伝統と、未来を見据えた技術が融合している。
「木材は、育つ間にCO₂を吸収し、建材として使うために木を切った後も植林すれば、また再生される。つまり、自然の循環のなかから建築を生み出しているわけです」
日本の伝統的な木組み工法を踏襲しながら、現代の建築基準をクリアするために金属ジョイントを活用。何度もの試験を経て完成したこの技術は、「過去と未来をつなぐ架け橋のような存在」と、藤本氏は表現する。
使用木材の約70%は国産材。残りは欧州からの輸入材だが、「この万博がきっかけとなり、いずれは100%国産材の木造建築が当たり前になる日が来る」と、未来への展望を語った。
「静けさの森」と共に未来を想う

「会場の中央に、人工物ではなく“森”を置くと決めた時、それは未来に対する意思表示でした」
藤本氏がそう語る「静けさの森」は、万博会場の中心に配置されたリアルな森林空間だ。都市に現れたこの森は、単なる癒しの空間ではない。この森は、「自然とともに生きる社会」を体現する場であり、これからの価値観を象徴する存在として設計された。
中央の森を囲むように設けられた木造リングは、木の建築から生まれた「自然の輪」。この「森」と「木の建築」という自然素材が重なり合うことで、会場全体に一貫した思想が流れている。
「ここで受けた衝撃が、50年後、100年後の日本を作る原動力になる」と藤本氏は語り、その可能性に大きな期待を寄せている。
万博の歴史を変える「木と空のリング」

「今回の万博では、世界のパビリオンの多くが自然素材を使っています」と語る藤本氏は、会場の光景を指差しながら、その変化を実感している。
実際、木材や竹を用いた建築が随所に見られる。アイルランドの木造パビリオン、マレーシアの竹の構造、フィリピンの伝統的な籠など、それぞれの国独自の文化と、環境への意識をかたちにしている。
「これまでの万博では見られなかった潮流の変化が起きています。ドバイでは少数だった木造パビリオンが、今回は主流になっているんです」と、藤本氏は建築の価値観が大きく転換しつつあると指摘する。
「このリングは“縁(えん)”です。ただ閉じた環ではなく、人と人、国と国を迎え入れる、開かれた“縁”。これが未来の社会を象徴するのだと思っています」
その言葉の先には、国境を越えて人と人がつながり、多様な価値が共に生きる社会の輪郭が見えている。