地域との絆を深めた電気自動車の祭典――2025年フォーミュラE「Tokyo E-Prix」現地レポート

電気自動車(EV)の最高峰レース、ABB FIAフォーミュラE世界選手権の第8・9戦「Tokyo E-Prix」が、5月17日(土)・18日(日)に東京・有明で開催された。昨年の初開催に続く今回は、第8・9戦のダブルヘッダーとして実施され、単なるモータースポーツイベントを超えた地域交流の場として大きな成功を収めた。
特に注目すべきは、レース本番以上に地域住民や若者との交流プログラムが充実し、EVと持続可能な未来への理解を深める貴重な機会となったことである。都市を舞台に繰り広げられたこのレースには、モータースポーツを超えた社会的なメッセージが込められていた。
<目次>
進化する「電気自動車のF1」フォーミュラEとは

フォーミュラEは、国際自動車連盟(FIA)が管轄する世界初の電気自動車レースの世界選手権だ。2014年に始まり、今シーズンで11年目を迎える。エンジン音や排ガスがないというEVの特性を活かし、世界各国の市街地でレースを開催する「電気自動車のF1」とも評される。カーボンニュートラルが認証されたモータースポーツとしても知られている。
今シーズン(2024-25年)は、ブラジル・サンパウロ、メキシコシティ、サウジアラビア・ジェッダ、アメリカ・マイアミ、モナコなどを経て、東京に到着。大会後は上海、ベルリン、ロンドンへと続く、全16戦のワールドツアーとなっている。
参戦するのは、ジャガー、マクラーレン、ポルシェ、マセラティなど自動車メーカーを含む11チーム、22名のドライバーたち。日本からは日産に加え、今シーズンから英国のローラ・カーズとタッグを組んだヤマハが「ローラ・ヤマハABTフォーミュラEチーム」として参戦している。
舞台となったのは、東京ビッグサイト(国際展示場)周辺の公道を活用した「東京ストリートサーキット」。全長2.582km、18のコーナーを持つテクニカルなコースは、前半に連続するコーナーが続き、後半は高速走行が求められるレイアウトだ。

今シーズン、フォーミュラE車両は大きな進化を遂げた。使用されるのは『GEN3 EVO』と呼ばれる電動フォーミュラカーで、昨年までの『GEN3』から大幅に改良されている。最大の特徴は4輪駆動走行が可能となったことと、エネルギー回生効率の向上だ。
フォーミュラEのレースは、予選と決勝を同日に行う”ワンデイ方式”が特徴だ。フリープラクティス後、ユニークな予選方式でグリッドを決定する。ドライバーたちがポイントランキングに基づき2つのグループに分かれてタイムアタックをする”グループステージ”と、上位8位グリッドを決めるトーナメント形式の“デュエルステージ”でタイムを競う。
2,000人が参加した地域住民との特別な交流
今回の東京大会で特筆すべきは、地域住民参加型プログラム「Inspiration Hour」の充実ぶりだった。このプログラムには2,000人以上の地元住民や地域団体が参加し、普段は見ることのできないパドックの舞台裏を見学した。
参加者たちは、フォーミュラEや持続可能なモータースポーツの世界に触れるきっかけを得られたほか、映画『ワイルド・スピード』シリーズで知られる俳優サン・カン氏の講演も楽しんだ。

他にも、12歳から25歳の女性を対象とした「FIA Girls on Track Tokyo」プログラムが実施された。このプログラムには最大120名が参加し、ワークショップやeスポーツ体験、キャリアに関するトークセッションなどを通じて、モータースポーツや工学分野における教育とエンパワーメントの促進を図った。
プログラムに参加した女子大学生は、「ゴーカート体験が楽しかったです。車のことはあまり興味なかったけど、とても興奮しました。来年もあればまた参加したいです」と笑顔で語った。
フォーミュラEのジェフ・ドッズCEOは、昨年だけでGirls on Trackプログラムに2,400名の女性が参加したと明かしており、STEM分野における男女比率の格差解消への取り組みが着実に成果を上げていることを示した。

日系アメリカ人レーシングドライバー兼コンテンツクリエイターのハナ・バートンや、XCRスプリントカップ北海道などで活躍するラリードライバーの織戸茉彩も登壇し、参加者たちにとって貴重なロールモデルとの出会いの場となった。
とハナ・バートン(右)-1024x576.jpg)
東京ビッグサイト東展示棟を中心に展開された「ファンビレッジ」は、入場無料という画期的な取り組みによって、多くの新規ファンを獲得した。観戦チケットがなくとも参加可能なこのエリアでは、GEN3 Evoマシンの挙動をリアルに再現したレーシングシミュレーターや、VRゴーグルを使ったスロットカーレース、キッズ向けのEVゴーカートなど、最新技術を活用した体験型コンテンツが展開された。

実際にレースで使用されるコースを歩くことができる「トラックウォーク」や、「ピットレーンウォーク」では、多くの家族連れで賑わっていた。作業中のピット、間近で見る最新EVマシン。普段は入れない裏側に触れた子どもたちが歓声をあげながら楽しむ姿があった。

江東区在住の4人家族の母親は、「地元のイベントを探していたとき、夫がこの情報を見つけてくれました。まったく知らない世界でしたが、実際に体験してみて、EVカーをより身近に感じられました」と語った。下のお子さんも「楽しかった!車がかっこくて乗ってみたかった!!」と目を輝かせながら話していたのが印象的だった。
スタッフが丁寧に解説してくれる場面もあり、フォーミュラEが単なるスポーツイベントにとどまらず、次世代への教育機会としても機能していることがうかがえる。
日本開催の意義と技術革新の発信
昨年の初開催時に2万人が来場した「Tokyo E-Prix」は、今年のダブルヘッダー開催によってさらなる拡大を遂げた。日本からは日産に加え、今シーズンから英国のローラ・カーズとタッグを組んだヤマハが「ローラ・ヤマハABTフォーミュラEチーム」として参戦し、日本の技術力を世界に示す場ともなった。

今シーズンから導入された新型車両「GEN3 Evo」は、F1の加速スピードを上回る性能を実現している。また、4輪駆動走行が可能となり、レース中に必要なエネルギーの約50%を回生できるようになった革新的な技術は、日本の自動車産業にとっても重要な技術的ベンチマークとなっている。

雨天に見舞われた第8戦は、マセラティMSGレーシングのストフェル・バンドーンが巧みなタイミングで制覇を飾った。しかし、今回の東京大会で最も印象に残ったのは、レース結果以上に地域社会との深いつながりが築かれたことだろう。

2月のPR イベントで、東京都のグリーントランスフォーメーション(GX)推進との連携を強調した東京都知事の小池百合子氏は、第9戦で優勝したオリバー・ローランドにトロフィーを渡す大役を務めた。

フォーミュラEは単なるエンターテイメントを超え、持続可能な技術への理解促進、次世代の人材育成、地域社会への貢献という多面的な価値を提供することに成功した。特に、さまざまな年齢層や背景を持つ人々がEV技術に触れ、環境問題について考えるきっかけを得たことは、2年連続で東京開催を実現した大きな意義といえる。
2026年まで継続される予定の東京開催は、今後さらなる地域との結びつきを深めながら、持続可能な未来への架け橋としての役割を果たしていくことが期待される。来年の開催に向けては、観客席を約2倍に増やし、より多くの人々にこの特別な体験を提供することが検討されている。
有明という街が、1年に一度だけ“サーキット”になる。その非日常空間は、ただのイベントではなく、「レースを通じて社会が変わる可能性」を示している。環境負荷の少ないEV、再生可能エネルギーによる電力供給、音と振動を抑えた街中でのレース。都市がレースを受け入れ、人々がそこに自然と集まり、何かを持ち帰る──その循環こそ、フォーミュラEが目指す社会の形なのかもしれない。