AIは「黒字リストラ」を正当化するゲームチェンジャーになるか

AIは 黒字リストラを正当化する ゲームチェンジャーになるか

社会のあらゆる機能に進出しているAIですが、皆さんの周囲で、特に仕事面での変化はあるでしょうか?経営においても「AI取締役」どころか「AI社長」まで取りざたされる今、AIの進化によってリストラも始まったようです。

今以上に進歩することはあっても、その使途の拡大が止まるとはおよそ想像できないAIの経営への影響。私たち自身の存在をも左右しかねない実態が起き始めています。私はAI技術の専門家ではありませんが、人事や組織運営の専門家として、それを受け入れる土壌側、企業組織の側を考えたいと思います。

<目次>

先生はつらいよ。瞬時に回答をくれるAIとの対峙

学生のAI使用を認めている大学教授

私は大学教員でもあるため授業でレポートを課しますが、無料で使える生成AIに設問を入れれば、その場で立派な回答案が容易に得られるのが現代です。しかし私は自分の授業レポートで、生成AIの使用を認めています。

私が担当しているのはいわゆる教養科目や科学ではなく、キャリア科目(今はほとんどの大学で必修化されている)であり、「正解」のある学問ではありません。私は課題指示において、「生成AIでもWebサイトでも本でも、何を参照してもOK。ただし、私の授業で述べた考え方をどこまで理解しているかで評価します。世間一般の考えを書いても、授業理解ができていなければ大幅減点すると宣言しています。

「正解」がある問いや知識量を問うことに関して、もはや人力とAIでは勝負になりません。レポートなど、一瞬でそれらしい内容のある文章をAIは作ってくれます。私自身は、とても便利なツールとして、自分の業務ではそこそこ活用させてもらっている程度です。記憶量で勝負するような勉強であれば、もはやAIに人間はびた一文も敵わないでしょう。そうした科目担当教員はつらいでしょうね。

会社は誰のものなのか

「会社が誰のものか」を考える会社役員たち

組織のあり方としてリストラを考えるため、昔からある「会社は誰のものか」議論をしたいと思います。ただし、この議論は立場によってとらえ方や価値観が大きく異なるため、結論の無い哲学論争のようでもあります。

そこで経営学的な価値観に基づいて判断するならば、株式会社における最終的な意思決定権は、組織の頂点に位置する者、すなわち株主にあるといえます。それが会社の持ち主であると考えます。一般的には、筆頭株主が一番エラいという図式です。

とはいえ通常は、全株式の過半数を所有する創業オーナーでもなければ、一人ですべて何でも決められることはありません。アクティビストファンドなど短期の利回りを求めがちな株主もいれば、中長期的な成長を目指し、組織の安定や従業員の心理的安全保障を重視する創業家一族のような立場もあるでしょう。

「リストラはしない」「従業員第一」といった理念を掲げる企業もあります。こうした方針を実現できるかどうかは、企業の成り立ちに大きく左右されます。

終身雇用と年功序列に代表されるかつての日本的経営では、きわめて重要な組織運営方針でした。しかし、いわゆる「失われた30年」を経て、現在では従業員からの信用を得るのは容易ではなくなっています。

「従業員は家族である」とした創業者を持つシンボル的存在であるパナソニックでさえ大規模なリストラを実施しました。こうした大企業すら組織を維持するにはリストラが避けられないということは、「もっと小さい自分の会社なんておよそ信用できない」と考えるのが自然です。日本における経営環境の変化によって心理的な安心感が失われ、雇用の安全保障そのものが失われつつあると思います。

成長企業ダイニーの「事業AI化」によるリストラ

事業のAI化を進めるビジネスマン

AIによる組織再構築とは、AIが従業員を選別してリストラを行うことを意味するわけではありません。技術的にはそれも可能と考えられますが、本質的な目的は別にあります。

たとえば、飲食店特化型情報サービスを提供するダイニーは、在籍社員約200人の社員のうち、営業部門を除いた30~40人(およそ2割)に退職勧奨を実施したと報道されました。これは業績不振によるものではなく、生成AI導入によって業務効率性が飛躍的に向上したことで、「AIで代替できる業務」が明確になり、人員構成の歪みが顕在化したためということです。

AIが直接リストラを行うのではなく、AIの導入によって業務プロセスが再構築され、その結果として人員配置、すなわち組織体制そのものが変化するという流れが生まれています。

会社の意思決定者である大株主にとって、もはや不採算事業を存続するという判断は限りなく難しいでしょう。まして資金調達の結果として投資をしているファンドであれば、回収見込みが遠のく事業に否定的なことは当然と思われます。


ダイニー社もスタートアップ企業ゆえに、ファンドなどの株主から強いプレッシャーがあったことは想像に難くありません。経営者も人間ですから、仲間を切るというのは経営において最も過酷な決断であり試練です。

私はコンサルタントとして、これまで多数のクライアント企業におけるリストラの支援に携わってきました。リストラされる側はもちろんですが、する側も消耗し、なかには自ら退職してしまった担当者もいます。しかしダイニーはそれを決断し、実行に移しました。AIの導入によってもたらされた経営環境の変化に対する、ひとつの実践的な事例といえるでしょう。


労働者側の抵抗

リストラについて話し合う労働者と役員

「成長のための事業再構築」は、これまでもリストラの理由として語られてきました。一方で、「従業員は家族」といったメンタリティを発信していた経営者もおり、労使間にはある程度、終身雇用に対するコンセンサスはあったはずです。そんな中では、黒字経営でもバッサリとリストラを行う外資系企業などは、これまで特別な存在として受け止められてきたのではないかと思います。

当然ながら労働者側からは受け入れがたいものでしょうし、実際に外資系企業でも法廷闘争まで及ぶ例もありました。また日本では強烈な解雇規制がありますから、外国ほどドラスティックな解雇はできません。

「経営合理化のために、会社は黒字だがリストラする」と説明されたとしても、おいそれと納得できる社員はまずいないでしょう。「限りなく退職勧奨に近いリストラ」と呼ばれるのは、この厳しい解雇規制が背景にあるためです。

なお、解雇規制については政治家からも言及がありました。2024年の自民党総裁選において、小泉進次郎氏が規制緩和に言及した発言は大きな注目を集めましたが、批判的な反応が多く、その後徐々にトーンダウンしたように思います。

もうひとつの大きな壁となるのが、新卒採用です。少子化の影響を受け、現在の新卒採用市場は「超売り手市場」の状態が数年にわたり続いています。私はまさにそのど真ん中で学生支援をしていますが、明らかに学生優位な就職状況であることは、20年近いキャリア指導経験からも明らかです。

この超売り手市場の傾向は、初任給の水準にもはっきりと表れています。さまざまな調査で初任給金額は報道されていますが、なかには40万円を超える企業も現れました。そうした中で、新卒学生は「企業の安定性」に対して非常に敏感です。

先見性のある学生であれば、過去にリストラの実績があるかどうかを必ずチェックしていることでしょう。リストラは、既存社員にとっても新入社員にとっても、当然ながら受け入れがたいものとして認識されています。

働きアリの法則とゲームチェンジャー

AIをゲームチェンジャーとして活用して結果を出しているビジネスマン

生物学において、働きアリのコロニーは、その全体の2割が優秀。6割は普通。残りの2割は役立たず(作業せずさぼっている)と分類されるという法則性があります。その役立たず2割を排除したところ、残されたアリの集団の中から再び約2割が作業を行わなくなり、同様の割合に落ち着くといわれています。

AIによるものであれ、業績不振によるものであれ、生産性の低い社員を排除できたとしても、組織には深い傷が残ります。結果として、組織の存続期間が多少延びるだけで、リストラの実施は信頼感の崩壊を招く要因となってきました。しかし、ダイニー社のように、AIへの投資が功を奏し、経営改善に成功した場合はどうなるでしょうか。


生産性の低い2割を排除したとしても、本当に組織が円滑に機能し続けるのでしょうか。そしてAIが労働力をどこまで代替できるか、現時点ではまだ未知数です。ただし、この数年の劇的なAIの進化は、むしろAIができないことを探すのが難しくなるほど、大きな可能性を秘めています。これまでの常識や慣例を覆すような革新的な変化を、AIが実現する可能性は確かにありそうです。

AIというゲームチェンジャーの登場により、強烈な解雇規制や心理的抵抗、組織ロイヤリティ低下といった、従来のネガティブ要因すら打ち破る可能性が見え始めているのではないでしょうか。


どんな組織であっても、すべての業務が効率化されているとは限りません。「ブルシットジョブ」や「マックジョブ」と呼ばれる、意味や価値が乏しい、あるいは誰でも代替可能とされる業務に対して、AIが代替化できるなら、これまでできなかったからといって、この先も変わらないとは言い切れない気がします。

ではわれわれ、特に私のような中高年はもはやお先真っ暗なのでしょうか?


今回、ダイニー社ではリストラの対象外とされた職種がありました。それが営業職です。AIによる効率経営においても、営業という職務はすぐには省力化が難しいと、AI自らが“認めた”とも捉えられるのではないでしょうか。

もしかするとこの事実は、これからのキャリアを考えるうえでのヒントになるかもしれません。AIの進化は、すべての人に関わる問題であり、経営者であっても例外ではありません。むしろ「AI社長」にその座を奪われる可能性は、今後ますます高まっていくと想像されます。

増沢隆太東北大学特任教授

投稿者プロフィール

人事コンサルタント。産業カウンセラー。Yahooニュース公式コメンテーター。
危機管理コミュニケーション専門家として、企業不祥事やトラブルだけでなく、芸能人や政治家など著名人の問題でもさまざまなメディアでコメント発信をしている。「謝罪のプロ」と呼ばれ、NHKドキュメント20min. にも出演。

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